第38回の今回は、昨年11月に新刊『ゆみに町ガイドブック』(河出書房新社/刊)を刊行した西崎憲さんです。
西崎さんは日本ファンタジーノベル大賞でデビューして以降、精力的に小説作品を創り続けている作家であると同時に、ヴァージニア・ウルフやへミングウェイの翻訳でも知られています。
『ゆみに町ガイドブック』は架空の町「ゆみに町」を舞台に、リアリスティックな世界とファンタスティックな世界が入り混じり、読者に独特の浮遊感を与える長編。
第二回の今回は、この作品の執筆時のエピソードを伺いました。
■翻訳をしていなかったら、自分の作品は今のようにならなかった。
―執筆時に悩んだ箇所はありますか?
西崎「複雑は複雑なので、細かい部分の整合性で悩んだところはありますね。完全に整合するというのは現実でもあまりないことだと思うので、完璧に整合させようとは思っていなかったのですが。それでも、たとえば主人公が橋まで行く時間はどれくらいかかって、その間にどれくらいのものが盛り込めるか、とかそういう小説の細かい作法のところでは考えました」
―展開などはいかがでしたか?
西崎「書き始めた時点で結末は頭にあったので、始まりと結末の間にどんなものが挟まれるのがふさわしいか、どんなことが起こるかという風に考えていきました。だから最終的にどうなるか、ということで悩むことはなかったですけど、途中どんなことが起こるかということで詰まるのはありましたね。ただ、二、三日放り出していれば新たなアイディアがどこかしらからやってくるので、そんなにすごい苦労はしなかったです」
―西崎さんは小説以外にも翻訳や音楽活動もされていますが、そういった小説以外の活動が小説のアイデアとして生きることはありますか?
西崎「ありますね。翻訳ってすごく深い読書で、20行の文章を訳すのに半日かかったりします。その間ずっと、この文はどういう意味か、作者はどういうことを考えているのかと考えます。そういうところで、翻訳は作者と一体化するためにものすごく深く、時間をかけて行う読書という側面があって、その行為から影響を受けたり、自分なりの発想へと誘われるところはあります。すごくプラスになっていると思いますし、翻訳をしていなかったら、自分の作品は今のようにはならなかったでしょう」
―逆に、小説の執筆が翻訳に活きることもありますか?
西崎「翻訳は作者があることですからね。
ディケンズを10人が訳したら、10人のディケンズができてしまうはずなんですけど、建前として十人十色ではまずい。でも、訳者それぞれ解釈力も感覚もさまざまだし、時代も古いので英語自体も文化的にも完全な解釈というのは多分できない。小説の読み方もそれぞればらばらですしね。
翻訳の場合は、作家の文体に合わせて訳し分けるように心がけています。個人の限界として、深いレベルでの文体の書き分けって二つか三つだと思うんですけど、僕もそれくらいはできるようにとは思っています」
―先ほどおっしゃっていた、この作品の“ファンタジックな”部分として描かれているディスティニーランドには白の国と、黒の国がありますが、それぞれ何を象徴しているのでしょうか?
西崎「夜と昼っていうのはあるのかなと思います。でも、実はあまり二元論にはしたくなかったんです。黒と白だけでなく青や緑のディスティニーランドがあってもいいと思っていた。要するにトワイライトがあるわけで、中間があるわけですから。ただ、その形でバリエーションを増やしても、書く方も読む方も煩雑になるだけかなと思って、象徴的に“光と影”にしたところはありますね」
―最後まではっきりとわからずに終わるのが「雲マニア」です。あのようなキャラクターを登場させるのにはどのような意図があったのでしょうか。
西崎「『雲マニア』についても、説明しようと思えばできるかもしれないです。ただ、人でも物でも、全体を知ることってできないと思うんですよ。一部分を見て、これは何かと想像することしか、実は私たちはできない。親でも友達でも兄弟でも“こういう一面があったのか”っていう新しい発見が何年付き合っても出てきますよね。それを考えると、自分の受けた印象で作っている全体像って、それほど確かなものではないんだろうなと思うんです。
僕は日本人ですけど、アメリカやイギリスの文学や音楽とか文化に触れているから、日本人的じゃないところもある。青森生まれだけどりんごがすごく好きかというとそうでもないし(笑) 与えられた枠組みから何かしら外れてしまって規定できないのだったら、要素から、つまり見えているところから少しずつ描写して、あとは自由に想像して読んでもらうほうがいいのかなと思いました。ゆみに町で何が起こったか、雲マニアとは何をしようとしていたのか、というのは、端々に見える断片的な描写で想像してほしいですね」
■第3回 自分なりの『白鯨』を書きたい。 につづく
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