北海道に移住し、高校教員として働く傍ら、野生動物の写真を撮り続けている柳楽航平さん。世界的な写真コンテストに入賞を果たすも、「写真はあくまで趣味」だと言う。
誰もが撮れる動物の、誰も撮れない瞬間を写す
雄大な自然が残る北海道の東部で、本業は高校教員でありながら野生動物の姿を写真に収める柳楽航平さん。彼が撮った(※1)エゾシカの写真は、今年3月、世界最高峰ともいわれる野生動物写真コンテスト「(※2)ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」の一般投票部門で、6万点超の応募の中から上位5作品に入賞。日本人初の快挙となった。そんな柳楽さんの写真に引かれ、個展にも足を運んでいるのが作家(※3)こだまさん。北海道と縁もゆかりもなかった柳楽さんを突き動かしているものは何か。こだまさんがその素顔に迫る。――このたびは入賞おめでとうございます。一報を受けた時の率直な心境を聞かせてください。
柳楽:あまり実感が湧かなかったです。部活の大会と重なって、授賞式に出られなかったこともあり、余計に。
――入賞した「亡きがらをツノに絡ませたエゾシカ」の写真はどこで撮られたんですか?
柳楽:野付(のつけ)半島で出合いました。
柳楽:シカは毎年4月ぐらいにツノが抜け落ちるんですが、その頃に見た時も丸々太っていたので無事だったんでしょう。受賞作のシカは苦しそうでもなくて、普通に明るい何げない表情。僕らはこういう生き物を見ると「かわいそう、助けてあげたい」とか衝撃的なドラマを想像しちゃうんですけど、彼らにとっては別になんてことないのかもしれない。普通に生きてますよ、みたいなあっけらかんとしてるところを撮りたかったんです。
――タイトル「Never-ending Struggle(終わらぬ戦い)」に込めた思いはなんですか?
柳楽:5年前にネットでバズった際には「勝者だ」とか書かれていたんですけど、僕には孤独に見えました。群れから追い出され、草木も食べにくそうで、勝者とは言い難い。まだまだ戦っていて、ツノに相手の亡霊がいるような感じ。戦いは終わってないんだな、と。
――昨年10月には、「ツノが光り輝くエゾシカの写真」がアメリカの自然写真コンテストで上位入賞を果たしましたね。
旅人の言葉に導かれて、北海道東部へ移住
――’17年に愛媛の大学を卒業後、北海道に移住したそうですね。もともと教員志望でしたか?柳楽:教員免許を取れるコースだったので選択肢にはありましたが、普通に就活してました。出身地の島根の企業などを受けていて、会社員として働く予定でいたんですけど。
――ガラッと変わりましたね。
柳楽:大学3年生の終わりに旅した屋久島で、日本一周した2人と同じ宿になりまして。2人とも北海道の東側がめっちゃ良かったって言うんです。いろいろ調べたら、ネット掲示板に「北海道の先生になったら東のほうの海沿いとか島に飛ばされて最悪」みたいなスレを見まして。教員免許あるし、これ、応募したら喜んで採用してもらえるんじゃないかって(笑)。
柳楽:面接試験で「赴任地は選べないですけど希望とかありますか?」って聞かれて、「東の海沿いとか島がいいですね」って言ったら、面接官3人がめちゃくちゃ笑ってて。
――その一言で決まりましたね。
柳楽:嬉しそうな顔でしたね。
――カメラを本格的に始めたのは移住後ですか?
柳楽:そうですね。引っ越してすぐ野付半島に行ったんです。エゾシカがたくさんいて感動して、もう単純に「撮りたい!」と思いました。
――初めからエゾシカが撮影の中心だったんですか?
柳楽:最初は摩周湖とか屈斜路湖、知床、美瑛のお花畑、青い池などの自然を撮りに行きました。きっかけはコロナで、いろんなところへ行きづらくなったこと。近くにめちゃくちゃ素晴らしい自然があるし、シカもいる。それを撮ればいいって。あと、反骨精神もありました。地元のカメラマンに「あんなのどこにでもいて、誰でも撮れる」みたいに言われたので、エゾシカで誰にも撮れないような、誰もがかっこいいねって言うような作品を撮ってみよう、と。
柳楽:ありがとうございます。(※4)シマエナガやヒグマは対象物としての強さがあり、撮れただけですごい。でも、価値がないように見えるエゾシカも、いざ目の前に出てきたら、みんな写真を撮るでしょう。北海道では害獣で、嫌われ者ですけど、革に使われるし、肉もおいしい。飲食店に行くとツノが置いてあったり。なんだかんだみんな、嫌いだけどちょっと好きみたいな。僕の好きな写真家さんに(※5)井上浩輝さんという、キタキツネを撮る方がいらっしゃるんですけど、キタキツネもエゾシカと同じようにちょっと嫌われてるんです。どこにでもいて、誰でも出合える。だからこそいろんな景色と一緒に撮れてバリエーションが豊富になる。そういうのをエゾシカでやりたいなと思いました。
湿地にハマって抜け出せず、思わずカメラを投げました
――撮影中に大変な思いをされたことってありますか?柳楽:あまりないんですよね。湿地にハマって抜け出せなくなったとか、それくらい。ズブズブズブッと腰の下くらいまで埋まりました。這い上がれなくなって、泥だらけになりながらカメラを投げました。
――さらっと怖いことを。釧路湿原には深い穴があって、沈んじゃうんですよね。
柳楽:「(※6)谷地眼」ですね。
――それです。湿原の落とし穴。
柳楽:あと、めちゃくちゃ近くにヒグマが来たこともあるんですけど、何もしなければ別に襲われることもないです。それよりも森の中で人に会った時のほうがびっくりする。怖いですね。
写真で伝えたいのは、地域の魅力と社会問題
――現在の高校では何を教えていらっしゃるんですか?柳楽:社会科ですね。
――教員しながら撮影時間を捻出するの大変じゃないですか?
柳楽:今は釧路市に住んでいて、高校まで車で50分ぐらいかかるんですけど、釧路湿原をバーッてかすめながら走るので、途中でタンチョウとかがいるんです。天気のいい日はちょっと車を止めて30分くらい撮って、帰りも同じように30分ブラブラする。昔は日の出前に家を出て、始業前まで撮影していたけど、今はそこまでしていません。日常生活を犠牲にしてまでやることじゃないっていうか、世間一般の感覚を失ったら良くないと思って。視野が狭くなりそうなので、教員を辞めて写真だけをやるっていう考えにはならないです。
――写真を通して生徒や地域の人に何を伝えたいですか?
柳楽:こんなに素晴らしいものの価値に気づいてないのはもったいないなという気持ちになります。田舎はどこもそうかもしれませんが、「うちには何もない」ってよく言うんです。外に出て初めて気づくみたいに言われるんですけど、やっぱり一番多感な時期に地域の魅力に気づいてほしいですね。生徒が札幌や東京に出る進路選択をしても、その先で「うちの街最高だよ」って言ってもらいたいし、どこかで繋がりは持っておいてほしい。その子たちが外から地域を応援してくれたりUターンで戻ってきてくれたりしたら嬉しいです。
――地元の方からはどんな写真が人気ですか?
柳楽:釧路の方には市内の繁華街で撮ったキタキツネの写真がすごく反応いいです。
柳楽:何回か飲みに行ってる時に見かけました。ゴミとか漁っちゃうんですよね。(※7)ロードキルや餌づけの問題って北海道で結構叫ばれていて、そういう作品を撮りたいなとは思っていました。でも、暗い話題になると写真を見てもらえない。街中のキラキラしたところにキタキツネがいる写真だったら自然に興味のない人も見てくれるかも、と。
――他校から依頼を受けて出張授業をすることもあると聞きました。この写真も使ったり?
柳楽:そうですね。「CGみたい、めっちゃきれい」という感想から、問題を考え、だんだん静かになっていきますね。写真を通して地域の問題を発信するようになったのは、世界遺産・知床にある「知床自然センター」の存在が大きいです。ヒグマと人間の距離の問題を積極的に発信しているんです。ヒグマを見る人たちの車で渋滞が発生したり、餌づけされて人間に近づきすぎて最終的に駆除されるヒグマがいる現実を伝えています。なので僕も、ただきれい、かっこいいだけで終わらせない写真を撮っていきたいです。
1994年、島根県生まれ。’17年、大学を卒業後、高校教員として採用され、北海道に移住。その後、独学でカメラを学ぶ。’25年に「ネイチャーズ・ベスト・フォトグラフィー」、’26年に「ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」で入賞を果たす
(※1)エゾシカ
ニホンジカの亜種で北海道にのみ生息。本州のシカよりも体格が大きいのが特徴。一時期は乱獲で絶滅寸前となったが、保護政策により増加し、農林業への被害が深刻化している
(※2)ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー
イギリスの「ロンドン自然史博物館」が主催する写真コンテスト。歴史も古く、世界最高峰ともいわれる。柳楽さんの写真は同コンテストの「一般投票部門」で上位5作品に選ばれた
(※3)こだま
柳楽さんの写真のファンであると公言し、個展にも足を運ぶ作家。元教員という共通項もある。著書に『夫のちんぽが入らない』『けんちゃん』などがある
(※4)シマエナガ
エナガの亜種で、北海道にのみ生息。冬は白いふわふわの羽毛を生やし、その愛らしい見た目から“雪の妖精”とも呼ばれている。小さくてすばしっこいため、撮影が難しい
(※5)井上浩輝
札幌市出身の写真家で、キタキツネを中心に北海道の風景や動物を撮り続けている。代表作は「Fox Chase」
(※6)谷地眼(やちまなこ)
自然にできたつぼ形の水たまり。深いものでは3mを超える。湿原に眼が開いているように見えることから「やちまなこ」という。かつては馬の命を奪う存在として「馬殺し」とも呼ばれた
(※7)ロードキルや餌づけの問題
野生動物が道路で車に衝突して命を落とす「ロードキル」、人間と野生動物との適切な距離感を壊す「餌づけ」の問題が全国で深刻化している
取材・文/こだま 撮影/杉原洋平 構成/高石智一(本誌)
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―
【こだま】
作家。私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作はNetflix・FODでドラマ化されるなど大きな反響を呼んだ。また、エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞を受賞した。その他著書に『いまだ、おしまいの地』『ずっと、おしまいの地』『縁もゆかりもあったのだ』(太田出版)がある。『けんちゃん』が著者初の創作小説となる。
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