「あおり運転」という言葉が定着して、ずいぶん経ちました。ニュースで映像を目にするたび、「なぜ、そこまで感情的になれるのか」と首を傾げる一方で、いざ自分が当事者になれば体が固まって動けない――そんな人がほとんどではないでしょうか。

交差点で“あおり運転”された女性。恐怖で動けなくなっていたら...の画像はこちら >>
警察庁の統計を見ると、令和2年に新設された「妨害運転罪」の検挙は、令和6年で146件。前年から44件増え、決して減っている数字ではありません。しかもこの146件は、刑事事件として立件されたものに限った数字。車間を詰める、執拗にクラクションを鳴らす、無理に追い越す――そうした“一歩手前”の危険な運転は、今日もどこかの道路で、静かに繰り返されています。

今回は、過去に大きな反響を呼んだ実録エピソードから、そんな日常の風景に潜む“危険な瞬間”を体験した2人の事例をご紹介します。交差点で執拗にクラクションを鳴らされた30代女性を救った、対向車線からの思わぬ“ひと声”。そして、狭い市道を慎重に走っていた40代女性を爆音とともに追い越していった軽自動車が、そのすぐ先で迎えた“結末”――。

記事の後半では、あおり運転の“入り口”となる違反の反則金や、「制限速度を守っていれば安全」とは言い切れない、日本の道路交通法の“ある一条”についても、そっと触れていきます。

*  *  *

【エピソード1】交差点に鳴り響いたクラクション

 信号は青に変わっていたが、前方の車が詰まっており、このまま進むと交差点の中央で立ち往生してしまう状況だった。

 そのため、吉岡真由さん(仮名・30代)は、車を動かさずに停止線の手前で待っていたという。

「進んでも意味がないと思ったんです」

 しかし、次の瞬間……背後からクラクションが鳴り響いた。よく見ると、繰り返されるクラクションは吉岡さんの車の真後ろからだったそうだ。

交差点で“あおり運転”された女性。恐怖で動けなくなっていたら…救ってくれたトラック運転手の“一喝”/実は「制限速度=安全」ではない、道交法のちょっとした落とし穴
※画像は生成AIによるイメージです
「ミラーを見たら、後ろの車がすごく近かったんです。
ライトが眩しくて、明らかにあおられていました」

 背後のドライバーは、強くクラクションを鳴らし続けた。

注意したのは…通りすがりのトラック運転手だった


「怖かったです。ニュースで見た“あおり運転”の映像が頭に浮かびました。逃げ場もなくて、ただドアロックを確認するしかできませんでした」

 そのとき、対向車線を走っていたトラックがゆっくりと止まり、運転席の男性が窓を開けた。

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※画像は生成AIによるイメージです
「怒鳴り声のようなものが聞こえました。何を言っていたのかはわかりませんでしたけど、後ろの車に向かって注意してくれていたんです」

 その一声で、クラクションはピタリと止んだという。

「ほんの一瞬でしたけど、助けられた気がしました。誰かが見てくれていた……そう思うだけで心強かったです」

【エピソード2】凍った道で迫るエンジン音


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※画像は生成AIによるイメージです
 冬になると雪が積もる地方都市。高田里香さん(仮名・40代)は、もともと雪道の運転が苦手だという。

「制限速度の40キロでも滑りそうで怖いんです。いつも20キロくらいでゆっくり走っています」

 その日も同じように、市道を慎重に進んでいた。

「すると、後ろからものすごいエンジン音が近づいてきたんです。ミラーを見たら、軽自動車がピッタリ後ろについていました」

 ライトが眩しいほどの距離で、車体を震わせるようなエンジン音だったようだ。

「怖かったです。
道が狭くて避ける場所もなくて、緊張で手が冷たくなりました」

 やがて、軽自動車は爆音を上げながら無理やり追い越していった。

側溝に落ちて自走不能に


「すごいスピードでしたね。地元の人なら、あんな運転は危険なので絶対にしません」

 その車が見えなくなった数分後……。

「カーブが曲がった先で、軽自動車が側溝に落ちていました。車体が斜めに傾いていて、動けない状態でした」

交差点で“あおり運転”された女性。恐怖で動けなくなっていたら…救ってくれたトラック運転手の“一喝”/実は「制限速度=安全」ではない、道交法のちょっとした落とし穴
※画像は生成AIによるイメージです
 高田さんは、その横を静かに通り過ぎたという。

「同情はしました。でも、危ない運転をしたらこうなると思いました。雪道はとくに、スピードよりも慎重さの方が大事なんです」

<取材・文/chimi86>

*  *  *

■「入り口」の車間距離不保持、反則金6,000円が意味するもの

エピソード1で吉岡さんの背後から鳴らされ続けたクラクション。そしてエピソード2で高田さんの車に張りついてきた軽自動車の異常接近。こうした行為は、認定されれば「妨害運転罪」という重い罪に問われますが、その入り口にあたる違反が、道路交通法にはきちんと定められています。

【車間距離不保持違反(普通車)】
一般道路:反則金6,000円/違反点数1点
高速道路:反則金9,000円/違反点数2点

一般道でも6,000円――ランチ数回分の金額と考えれば、決して軽くはありません。そして、車間を詰めながらクラクションを鳴らせば、それだけで違反はもう一つ増える計算になります。日常の道路でついやってしまいがちな行為が、実は反則金の対象――そう考えると、後方から迫ってくる車の運転手が、どれほど自分の首を絞めているかが見えてきます。

■妨害運転罪の罰則、その重さは想像以上

妨害運転罪は2つの類型に分かれます。基本となる「交通の危険のおそれ」があると判断された場合は、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、違反点数25点、免許取消(欠格期間2年)。
さらに重大な事故につながる危険を生じさせた「著しい交通の危険」に該当すれば、5年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金、違反点数35点、免許取消(欠格期間3年)に引き上げられます。いずれも一発で免許取消となる、極めて重い処分です。令和6年の検挙件数は146件で、前年から44件増加しました。

■「制限速度=安全速度」ではない、道交法70条が問う運転者の責任

そして、リードで触れたある一条――道路交通法第70条「安全運転義務」。条文は、こう定めています。

「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」

ポイントは「道路、交通及び当該車両等の状況に応じ」の部分です。雪道、雨天、霧、繁華街、通学時間帯――同じ制限速度40km/hの道でも、状況次第で安全な速度は変わってきます。制限速度は、あくまで上限であって、そこまで出していい保証ではないのです。

エピソード2の高田さんが、法定速度40km/hの道を20km/hで走っていたのは、地元の人が長年の経験から身につけた、雪道への向き合い方でした。一方で、爆音とともに追い越していった軽自動車は、その数分後に側溝の中にいた。ハンドルを握った瞬間、周囲の状況が読めているか。急いでいる自分の焦りは、目の前の路面より優先されるべきものなのか。
トラック運転手の一喝や、雪道が静かに下した結末は、どちらも同じことを問いかけているのかもしれません。

<再構成/日刊SPA!編集部>
(出典:「令和7年版 犯罪白書」より/原データは警察庁交通局)

【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。
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