それでは被ばくによって、人体にどんな影響があるのか? 放射線医学の権威である横浜市立大学付属市民総合医療センター井上登美夫病院長に、被ばくにまつわる素朴な疑問を聞いてみた。
■放射線が人体にあたると何が起きるのか?
放射線が人体にあたると、遺伝子に小さな傷がつく。ただ、ふつうは遺伝子が少しくらい傷ついても、すぐに修復する仕組みがあると考えられているという。
「そうでないと、ごはんを食べれば食べるほど、細胞がボロボロになってしまうことになりますから(笑)」と井上先生。言われてみれば、確かにその通りだ。
ただ、大量に放射線をあびていると、次第に細胞の状態が悪くなり、細胞自身での修復が難しくなってくる。すると今度はまわりの細胞が、悪い状態の細胞をなくそうとする。もし、1つくらいがんになっても自然に消えたりする。人体にはそういう免疫系のメカニズムが備わっているおかげで、放射線でがんが発生するまでには、多くの段階があるそうだ。なので、問題はどの程度放射線を浴びたかということになる。
■“シーベルト”という単位が意味するものは?
ニュースなどで、すっかりおなじみになった「シーベルト」は、“人体の被ばく量を表す単位”。
「人体の中には放射線に対して敏感な臓器もあれば、鈍感な臓器もある。放射線の影響は、身体の部位によっても違うし、さらには1つ1つの細胞の性格によっても違うし、放射線の種類によっても違います。本来、被ばくというのは非常に複雑なものです」
そういう細かな部分はとりあえず置いておいて、被ばくによる人体への影響を等しく比べようとしたときに出てきた考え方がシーベルトなのだという。人体にあたったときの生物学的な影響を加味した、いわば係数のようなものを使用して算出されている。
■被ばくのタイプによって症状が違う?
被ばくによる人体への影響は、大きく分けて2つのタイプがある。一度に大量の放射線をあびて、早い時期に人体への影響が出てくる状態と、じわじわ被ばくし、5~10年先に影響が出てくる状態。これらはわけて考える必要があるという。
前者は“急性被ばく”と呼ばれ、数時間から数週間くらいの間に、吐き気や脱毛、出血などの症状が出てくる。ただし、こうした急性障害が現れるのは、1Sv(=1000mSv)前後以上の非常に高い被ばくをした場合のみ。このレベルの被ばくを心配する必要があるのは、原爆のような大量の放射線を受けた場合だ。
私たちが、今なんとなく怖いと思っているのは、後者のじわじわ被ばく、いわゆる“慢性被ばく”の方だろう。
被ばくによって鼻血が出ることもあるのだろうか?
「鼻血の原因が血液をつくるところの障害だとすると、それって急性の障害なんです。でも今回の事故で一般の方々にそこまでの影響が出る線量は出ていない。白血病で、という話だとあるかもしれませんが、白血病は晩発障害なので、これも短期間ではありえません」
現状、被ばくが原因で鼻血が出ることは考えにくいそうだ。
現在の日本では、一般の人の年間の放射線線量限度(または放射線の線量限度)は1mSvまでと、かなり厳しく設定されており、安全性への配慮もなされている。現状を正しく認識し、被ばくに対する意識を高めることは必要だが、あまりナーバスになりすぎないことも大切なのかも。
(古屋江美子)
■取材協力
井上登美夫
群馬大学医学部を卒業後、同大学同学部附属病院中央放射線部助手を経て、関東逓信病院放射線科に勤める。昭和60年に群馬大学医学部核医学講座助手となり、平成4年には同講座助教授兼同附属病院放射線部助教授に。平成6年に米国テキサス大学M.D.Andersonがんセンター診断放射線部核医学部門へPost-doctorial fellowとして留学。平成15年4月から横浜市立大学大学院医学研究科放射線医学教授を勤める。昭和56年に第21回日本核医学会賞を受賞。