「週刊文春」がスクープした乃木坂46・松村沙友理の不倫騒動に、AKB48・渡辺麻友のアイドル像を覆したインスタグラムの裏アカウント流出事件──いま、このふたつのアイドルによるスキャンダルが、ネット上で大きな注目を集めている。
松村の場合は、無理な釈明が火に油を注ぎ「文春」によってネット上に"抱擁&路チュー"動画がアップされるという追撃を受け、「これはビッチ決定」「何を信じたらいいんだ」とファンは激しく動揺。
だが、もっとも多くの人にとって興味があるのは、いま、松村やまゆゆが、どんなふうにネットの反応を受け止めているのか、ということではないだろうか。いや、スキャンダルに見舞われなくても、恋愛禁止をはじめとして社会のルールとは違う世界に生きる"異教"たる彼女たちが、日頃どんな思いで"アイドル"として生きているのか、知りたい人は多いだろう。
女性アイドルの本音とはどんなものなのか──その大いなる謎に迫っているのが、デビュー作『桐島、部活やめるってよ』(集英社)で一躍人気作家となった朝井リョウ。朝井は現在「別册文藝春秋」(文藝春秋)に連載中の小説「武道館」で、女性アイドルグループのメンバーたちの心の内を、じつにリアリティたっぷりに描いているのだ。
物語は、武道館でライブを行うことを目標にするアイドルグループ「NEXT YOU」のメンバー・愛子が主人公。
たとえば、アニメ好きのキャラで売るメンバー・波奈は、自撮りした映像をアップした際にパソコンの画面が映り込んでいた。そして、そのブックマークに保存されたアニメの動画が違法アップロードされたものだとアニメファンが騒ぎ、炎上騒動として発展。さらに、波奈が過去に「声優のお仕事をしてみたい」と発言していたことが発掘され、この騒動はついにネットニュースのトップを飾るのだ。当然、コメント欄は〈突如正義感のようなものを手にした人たち〉によって荒れていく。
「自分たちはいろ~んな特典つけてヲタクから金を搾取してるくせに、アニメは違法・無料で観るんですね」「衰退させるのは音楽業界だけにしろや。アニメ業界まで腐らせるのは禁止」
ネット上に溢れかえる非難の言葉。実際、アニヲタとドルヲタは相性が悪いものだが、この場面などはまるで実際の事件を見ているかのようだ。しかし、もっと生々しいのは、握手会での描写である。主人公の愛子は古参ヲタから炎上騒動の話題を振られ、「元気づけてあげなね。こういうとき、支えになってあげられるのはメンバーしかいないんだから」と語られる。
また、新曲を発表したときには、「イラネ」「売れなそう」という言葉とともに、握手券などのCD購入特典に対して数々の批判が投げかけられる。まだ高校生の愛子に込み上げるのは、持って行き場のない感情だ。
〈煽り耐性、スルースキル、それらの言葉は自分たちが小さなころにはこの世になかったのに、本当についさっき生まれたような新しい言葉なのに、その習性をあらかじめ持ち合わせていることを当然のように求められる〉
こうした感情は、きっと現実のアイドルたちも抱えているものなのだろう。先日も、握手会で襲撃を受けたAKBの川栄李奈が、「テレビは出るのに、握手会は出ないのか?」「握手会が嫌なら辞めろ」とトークアプリ上で批判され、「あのさー握手会やれとかここに書かないでもらっていいですかー」と反論。
そして、もっとも痛ましいのは、オーディション時から太ってしまったメンバー・足立真由への心ない書き込みだ。
〈完全終了のお知らせ〉〈【これはひどい】だちまゆ、オーディション時と別人になる【比較画像アリ】〉〈【超絶悲報】でぶまゆ、ひとりだけ違うデザインの水着を渡される〉
無分別なバッシングにさらされた真由は、満足に食事も摂らず、ローカロリーの茎わかめを手放さない。それでもブログには、食べもしないドーナツを手にした写真とともに〈超絶悲報☆食欲の秋、到来ナリ~〉と投稿する......。読んでいるだけで胸が詰まりそうになるが、この手のバッシングも、現実のアイドルたちが数多く経験しているもの。
本作について、作者の朝井は自身のTwitter上で、このように述べている。
「いつでも可愛くいるべきだが恋愛は禁止、歌やダンスはうますぎても応援されない...両立しない要求に応えてしまえている現代のアイドルは「異物」です。そして、日常に異物が現れたとき、人間は新たな一面を露呈させます。受け入れる人、拒む人、怒る人、笑う人...異物への反応に人間の本質が出ます」
「私はアイドル自身を描きたいのではなく、どのメディアもアイドルにまみれた現代に生きる私たちに起きた変化、を書きたいのだと思います」
アイドルとは何か、アイドルを消費する社会とは何か──本作は、そういったことを考える上でも示唆に富んだ作品であることは間違いない。
(サニーうどん)