“公務員ランナー”として知られ、出場する大会で毎回注目を集めるマラソンランナーの川内優輝とサッカー日本代表で最も注目されているFC東京の武藤嘉紀 ――年齢も競技種目も違う2人のアスリートが子供時代に通ったのが、「バディスポーツ幼児園」という教育施設だ。
同幼児園は、各自治体が定める「認可外保育施設指導監督基準」を満たす園で、保育園並みの長時間預かりができる幼児教育施設。
●一般的なスポーツ施設とは違う、独自の方針
バディ企画研究所の本社は東京世田谷区の環状8号線近くにあり、地元世田谷区や杉並区、区内に2カ所の園がある江東区の子育て世代にはよく知られた存在だ。希望する園児にはバスで送迎もしており、地域内を「スポーツ教育のバディ」と横書きされたバスが走っている。
同園で預かるのは2歳から就学前までの子供だ。通常保育時間は平日午前8時から午後5時までで、希望者は午後7時まで延長できる。午前10時から午後3時まで授業を実施。体育は毎日行うが、それ以外に芸術、自然、音楽、言語といったカリキュラムを設けて、幼児の思考力や表現力の育成に力を注ぐ。
特に力を入れている体育は、陸上やサッカー以外に、器械体操、バスケットボール、柔道など種目はさまざま。取材時に見学した際は器械体操を行っていた。指導者の多くは元選手だ。
幼児園以外にスポーツクラブ、野外活動教室も運営する。
体育に力を入れる理由について、鈴木氏が次のように語る。
「子供が『やればできる』をすぐに実感できるからです。例えば、年長組は毎年10、11月に跳び箱を実施します。バディではクラス全員ができなければ、できたものとして認めません。そうすると小学校に上がる前の年齢でも、最後は全員、6段の跳び箱が飛べるようになります。子供は簡単なことはすぐに飽きてしまいますが、少し難しいことだとがんばります。できない子には先生がマンツーマンで教えてあげれば、必ずできるようになるのです」
ただし過保護な教え方はしない。基本的には「水もあげすぎれば、根も腐る」の教育方針で、本人の自立性を促すのだという。
また授業では「考えさせる」ことにも力を注ぐ。
すると「その家買う。だってウチはボロいから」と感覚的に答える子もいれば、「通勤に便利なの? お父さんは通勤に便利な場所じゃないと買わないって言っていた」と日頃から観察している親の考え方を反映させて答える子など、さまざまな答えが返ってくる。質問に正解はなく、どれもみんな正しいので子供も前向きに答えるという。
体育では成功を体験させて、座学では自分で考えさせるのが教育方針のようだ。
●親の姿勢も影響、川内家と武藤家
「三つ子の魂百まで」のことわざではないが、川内選手は幼い頃から、自分がこうと思ったら絶対に曲げないところのある子だったという。在園当時、先生が「食べ物は何が好きなの?」と聞いたところ「肉」と答えたので、「どんな肉が好き? ステーキ? しゃぶしゃぶ? すき焼き?」と質問を続けたところ、「肉って言ったら肉なんだよ」と言い切ったという。
現在も実業団チームとは距離を置いて埼玉県職員として働きながら、独自の調整で大会に出場し続ける気骨を彷彿させるエピソードだ。
そんな川内選手は3月の早生まれで、幼い時期は月齢差がある同級生に比べて走るのが遅かったという。それでも必死に前を追う姿に、川内選手の母は「あの子はすごい」と前向きに受けとめていたようだ。
一方の武藤選手は、幼い頃から天才肌だったという。明るく素直な性格だが、非常に負けず嫌いで、同じ年に井上啓太という上手な子がいて、幼児期からライバルとして競い合って成長した。現在、井上選手は東京農業大学サッカー部の副主将として活躍している。武藤選手の母も「井上君がいるから成長できる」とチームメイトの存在を含めて見守っていた。
サッカーチームのコーチが「親が必要以上に指導者に口をはさむ家庭の子供は、伸び悩むケースが多い」と語るとおり、保護者の見守る姿勢も大切なようだ。
●Jクラブ初の認可外保育施設も開園
バディが最初に幼児園を開園した32年前、鈴木氏は国に認可申請を出したところ、幼稚園を管轄する文部省(現文部科学省)は「幼児教育は4時間以内にすること。なぜなら小学1年生の授業が4時間以内だから、幼児教育でそれ以上は認められない」として申請を却下。一方、保育園を管轄する厚生省(現厚生労働省)は、「保育園は生活の場や預かる場であって、教育をしてはいけない」として、こちらも却下された。
疑問を抱いた鈴木氏は「どちらの理屈もおかしい。いっそ両省が統合すればいい」と何度も双方に掛け合ったが、役所は聞く耳を持たず、やむなく認可外で始めたという。
そのような経緯でスタートしたバディではあるが、今となっては長年の実績が広く知られるところとなり、有名大学や大手企業に進む卒園生も目立ち、入園希望者は後を絶たない。
鈴木氏が語る「三種の神器」である長時間保育、送迎バス、給食の提供は、競合他社がマネしにくく、特にフルタイムで働く母親に支持されている。
ちなみに月謝は東京では4万円強で、認可外の保育施設としては高くないという理由で入園するケースも多い。現在は首都圏に7カ所、静岡県と福岡県にも展開している。
また、同社は日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)2部の東京ヴェルディ1969の株主でもある。これはヴェルディが経営危機に陥った時に、東京からプロサッカークラブを消滅させないための「リスクマネジメント」と、バディを少年サッカーの強豪に導いてくれたヴェルディユースへの感謝の「地域貢献」の両面から、同クラブの要請に応じて出資した結果だ。一昨年まで鈴木氏は同クラブの会長職も務めた。
そうした関係もあり、来年春には神奈川県川崎市でJクラブ初の認可外保育施設「東京ヴェルディサッカー幼児園」を開設する。施設の目玉は、ヴェルディ普及部がサッカーの指導を行い、幼稚園教諭が保育を担当し、それに前出の三種の神器も備える。運営業務はバディ企画研究所が担う。これが軌道に乗れば、東京ヴェルディの経営の安定にも貢献し、所属するサッカー選手のセカンドキャリアの受け皿としても期待できる。
長年、学校教育が中心だった日本のスポーツ界にとっても、また教育業界にとっても、バディの独創的な手法は注目を集めている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト)