●常に終焉説が囁かれる「ムーアの法則」

 ムーアの法則とは、1965年に米インテルの創業者の一人、ゴードン・ムーア氏が提唱した「半導体のトランジスタの集積度は2年で2倍になる」という法則である。集積度を2倍にする際、トランジスタの寸法が変わらなければ半導体チップが巨大化していく。

そうならないように、集積度の向上とともにトランジスタの寸法を微細化する。したがって、ムーアの法則と微細化は表裏一体の関係にある。

 ムーアの法則が提唱されてから50年が経過したが、その間に何度もその終焉説が囁かれた。なぜなら、半導体の微細加工技術が幾度となく困難に直面したからだが、半導体業界はその都度、壁をブレークスルーしてきた。

 その具体的な一例を示そう。筆者は2007年、リソグラフィ技術に関わっている世界のキーパーソンたちに、「半導体微細化の限界は何nm(ナノメートル)か?」というインタビューを行った。リソグラフィ技術とは、半導体ウエハ上に微細なパターンを形成する技術で、半導体製造工程の中で最も重要な技術の一つである。その結果、半数以上が45~32nmと回答した。最も挑戦的な人たちですら、22nmが限界だと答えた。

 それから8年が経過したが、現在では半導体の微細化は20nmを軽々と突破し、10 nm台が量産されている。8年前のリソグラフィの専門家の予測は、見事なまでに全員外れたわけだ。

 このような微細化を可能にしたのはマルチパターニングという技術であるが、このマルチパターニングを何回も繰り返せば7~5nmまでは微細化でき、そのあたりが限界だろうといわれている。
しかし、これまでの微細化の歴史を考えれば、7~5nmに到達した後も人類はきっとさらなる微細化技術を見つけるに違いない。

●国際半導体技術ロードマップ(ITRS)

 半導体の微細化は、国際半導体ロードマップ専門委員会が発行するロードマップ(ITRS:International Technology Roadmap for Semiconductors)を基に、半導体メーカー、製造装置メーカー、材料メーカーなどがベクトルを合わせて開発を進めている。

 このロードマップの中心的な存在として、実質的に今日まで微細化を牽引してきたのは、パソコン用プロセッサの80%を独占し23年間も世界半導体売上高1位に君臨し続けている米インテルである。このような実態から、「ITRSとはIntel Technology Roadmap for Semiconductors(インテルのためのロードマップ)」と皮肉られることも多かった。

 03年以降の各種半導体デバイスの技術世代(最小加工寸法)とその量産開始年を見てみると、インテルのプロセッサ(MPU)よりもNANDフラッシュメモリ(スマートフォン<スマホ>やPCに使われる大容量の不揮発性メモリ)のほうが若干、微細化が先行していることがわかる(図1)。これは、NANDフラッシュメモリの構造では繰り返しパタンが多いために、マルチパターニング技術を適用しやすいという事情による。

【詳細図表はこちら】
http://biz-journal.jp/2015/06/post_10470.html

 各種デバイスの中では11年以降、DRAM(スマホやPCに使われるランダムアクセス可能なワーキングメモリ)の微細化が若干スローダウンしているように見えるが、これは、DRAMで電荷を保持することによりメモリ動作を行うキャパシタ用に非常に深い孔を形成しなくてはならず、これがボトルネックになっているからだ。

 しかし、どのデバイスも多少のバラツキはあるものの、微細化はとどまることなく進んでいる。

●ムーアの法則は指数関数の法則

 話はちょっと横道にそれるが、図1の縦軸が対数軸になっていることの意味を説明しておきたい。冒頭で述べたが、ムーアの法則は、2年でトランジスタの集積度が2倍になる、すなわち指数関数の法則である。また、それに伴って、トランジスタの面積を半分にするように微細化を進める。例えば、45nm世代の次の微細化は、次のように計算される。


 32●(ニアリーイコール)●(ルート)(45×45/2) 

 図1のMPUの微細化が90→65→45→32→22→14nmと進んでいるのは、次々とトランジスタの面積を半分にしているという意味がある。よって、微細化のトレンドも指数関数的であるため、対数軸でグラフを描くのである。ところが、これをリニアの縦軸で描くと図2のようになる。

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 随分、図1とは印象が異なることに気付かれただろう。リニアの縦軸を使うと、微細化が進むにつれて前世代との差が小さくなることから、自然と「微細化が終焉する」という結論が導かれてしまうのである。実際に「日経エレクトロニクス」(日経BP社/15年4月号)でリニアの縦軸の図2を示して、09年付近で微細化が大幅にスローダウンしていると結論付け、『さらばムーアの法則』という記事を掲載した。
 
 この記事は明らかに間違っている。その原因は、ムーアの法則(微細化も)が指数関数の法則であるにもかかわらず、リニアの縦軸で微細化のトレンドグラフを描いてしまったことにある。実際には、図1に示したように、各種半導体デバイスの微細化はスローダウンしていない。11年以降、若干傾きが鈍化したDRAMも、関係者によれば今後も微細化は続くという。したがって、ムーアの法則は当面終焉などしない。

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●インテルからアップルへ主役交代

 微細化は、インテルが中心となって進めてきた。
そのテクノロジ・ドライバとなってきたのは、パソコンである。パソコンを高性能化するために、プロセッサのトランジスタをきっちり2年ごとに90→65→45→32→22→14nmと微細化してきた(ただし、22→14nmへは3年かかった)。

 ところが、07年に米アップルがiPhoneを発売した。そして、10年にはパソコンの出荷台数をスマホが上回った。それ以降、パソコンは年間出荷台数3億台強からジリ貧になりつつある。一方、スマホは急激な勢いで成長し、15年は同16億台を超える見通しである。つまり、コンピュータの世界ではパソコンからスマホへパラダイムがシフトした。

 パソコンにもスマホにもプロセッサが必要であるが、それぞれの微細化の状況はどうなっているだろうか。

 そこで、インテルのパソコン、およびアップルのiPhoneにおけるプロセッサの微細化トレンドを比較してみた(図4)。

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 前述の通り、インテルはITRS通りにきっちりと2年ごとに微細化を進めている。ところが、アップルはITRSをまるで無視して毎年微細化を進めている。11年時点では、インテルが22nmに対してアップルが45nmと大きな開きがあったが、その後、アップルはインテルを上回る速度で微細化を推し進め、今年はほぼ追い付いてしまった。
そして、このペースで毎年微細化を続けていけば、17年にはインテルを追い越してしまうことになる。

 つまり、コンピュータのパラダイムシフトとともに、微細化の牽引者もインテルからアップルへと主役が交代しそうなのだ。微細化のロードマップは、「Intel Technology Roadmap for Semiconductors」から「iPhone Technology Roadmap for Semiconductors」に代わるということである。現実には微細化はスローダウンするどころか、加速しているのである。

●インテル、iPhoneのトラウマ

 インテルは、プロセッサの設計も製造も自前で行う垂直統合型(Integrated Device Manufacturer、IDM)の半導体メーカーである。一方、アップルはファブレスであり、プロセッサの設計は行うが、製造はファンドリーなどに委託する。

 実は、アップル創業者の故スティーブ・ジョブズ氏は、初代iPhoneの製造委託をインテルに打診した。恐らく04年頃だと思われるが、当時インテルのCEOだったポール・オッテリーニ氏は、これを断ってしまったのである。これは「インテル史上最大のミスジャッジ」といわれ、そのせいでオッテリーニ氏はCEOの座を追われる羽目に陥った。

 なぜ、オッテリーニ氏はiPhone用プロセッサの製造委託を断ってしまったのか。米雑誌社「The Atlantic」が行ったオッテリーニ氏へのインタビューによれば、アップルはプロセッサの製造委託を打診する際、「それに一定の金額(1個約10ドル)を払うが、その金額以上はびた一文も出す意思がない」と伝えたのだという。

 当時スマホ市場がまったくない状況下で、インテルはアップルの要求に基づいて利益を出すにはどのくらい生産すればよいか、つまりiPhoneがどのくらい売れるかを予想した。
インテルは、iPhoneがフィーバーを起こすほど売れるとは思わなかった。したがって、1個10ドルのプロセッサをつくっても利益は出ないと判断した。ちなみにインテルのPC用プロセッサは1個200~300ドルである。

 こうして、インテルはアップルの製造委託を断ったわけである。しかしふたを開けてみると、インテルの予測は間違っていた。なぜならば、iPhoneの生産量はインテルが想定した量の100倍以上だったからだ。

 スマホの時代が到来し、遅ればせながらインテルはスマホ用プロセッサに参入しようとしたが、いまだに1%のシェアも取れていない。逃した魚はあまりにも大きかった。インテルはスマホ用プロセッサの主役になり損ね、その上で微細化の盟主の座をも奪われ始めている。では、インテルに代わって、微細化を製造の面で加速しているのは誰か。

●サムスンとTSMCの狂気に満ちた設備投資

 インテルに断られたiPhone用プロセッサを製造することになったのは、韓国サムスン電子である。サムスンは、13年の28nm世代までiPhone用プロセッサを製造した。
これは、サムスンに大きな果実をもたらした。

 まず、それまで鳴かず飛ばずだったファンドリー部門で10位から3位に躍進した。また、プロセッサにはスマホの技術が濃縮されている。自他ともに認めるファストフォロワー(最も早く他社に追随する企業)であるサムスンが、その技術を自前のスマホGALAXYに使わないはずがない。こうしてサムスンは、スマホのシェアであっさりアップルを抜いて世界一となり、自社の営業利益の7割を稼ぎ出すまでになった。

 アップルとサムスンは、12年から世界各国でスマホに関する訴訟合戦を繰り広げているが、これについてはアップルが墓穴を掘ったとしかいいようがない。アップルは、「泥棒に追い銭を与えた」ようなものだろう。
 
 こうした影響もあってか、14年にはiPhone用プロセッサ(20nm世代)の製造は台湾のTSMCに委託された。TSMCは、iPhoneだけでなく世界中のスマホ用プロセッサの約5割を製造しており、スマホ特需に沸いている。iPhone用プロセッサの製造委託は、それに拍車をかけた。

 ところが、15年はiPhone用プロセッサ(16/14nm世代)を再びサムスンが奪い返したとか、いやそれをまたTSMCが奪還したなどと情報が錯綜している。正確なところはわからないが、アップルがサムスン電子とTSMCの尻を叩いて競わせているのかもしれない。

 その効果が、両社の狂気に満ちた設備投資額に表れている(図5)。サムスン電子は毎年、115億ドル以上を継続的に投資し続けている(ただし、この投資額にはDRAMやNANDなども含まれる)。TSMCは、毎年投資額を増大させ、今年は過去最高の117.5億ドルになる見込みである。毎年、ジリ貧で投資額を減らしているインテルとは対照的である。

【詳細図表はこちら】
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 パソコンからスマホへパラダイムがシフトし、テクノロジ・ドライバがスマホ用プロセッサに移行しつつある。その結果、微細化の牽引者が交代する気配が濃厚である。新たな盟主は、アップル+(サムスン or TSMC)である。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

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