先日、筆者がカフェで仕事をしていたとき、上司と部下と思われる年配男性と20代ぐらいの若い男性の2人が近くの席に座りました。着席するや否や、年配男性は若い男性に説教を始めました。



上司「おまえ、どうするんだよ」
部下「……」
上司「謝って済む問題じゃないよな」
部下「……」
上司「始末書は必要だろうな」
部下「……」
上司「数値達成していないことについてどう思っているんだ」
部下「……」
上司「なんでもっとがんばらないんだ」
部下「……」
上司「部下をまとめて営業するのがおまえの役割だろ」
部下「……」
上司「このままじゃまずいのはわかるよな」
部下「……」

 どうやら、部下の営業成績の不振について話をしているようでした。まさに公開説教です。部下はうつむいて、ほとんど口を開きませんでした。上司は言葉に怒気を込めてはいるものの、おそらく心の中は冷静に延々と責任追及していました。

 予想ですが、上司は意図的に公開説教しているのでしょう。部下をあえて人の目のあるところで吊るし上げて自尊心を傷つけ、マインドコントロールを行っているのかもしれません。この公開説教は1時間以上続きました。

 数年前まで会社員であった筆者は、周囲でこれに似たような話を頻繁に耳にしました。部下を吊るし上げて逆らえないようにし、心理的に追い込みをかけて長時間労働とサービス残業を強いるというものです。今でもなくなってはいないことでしょう。

 ただ、以前に比べれば、そうした話を耳にすることは少なくなりました。それは少子高齢化が進むなどの影響で従業員の確保が難しくなっていることも背景にあるのでしょう。
一度ブラック企業のレッテルが貼られたら、従業員を確保することは難しくなってしまいます。当然、従業員がいなければ経営は成り立ちませんから、企業はイメージが悪化するようなことは避けるようになっています。

●個々の部下に応じたリーダーシップが必要

 リーダーシップを発揮する上で、強制力を伴った指導が時には必要となることもあります。米社会心理学者のジョン・フレンチとバートラム・レイブンの「社会的勢力に関する研究」によると、人や組織の行動に影響を与える力には「強制勢力」「報酬的勢力」「正当的勢力」「専門的勢力」「同一視的勢力」があります。そのうちの強制勢力はリーダーシップにおける潜在能力のひとつで、従わない場合に発生する罰の予想から生じる力のことです。先の公開説教で、上司は強制勢力を存分に発揮していました。

 ただ、時代の要請で強制勢力の重要性の比重は下がっています。強制勢力が行き過ぎれば部下が辞めてしまうからです。今や従業員の維持・確保は優先度が高い経営課題です。いかに強制勢力を使わずして、部下のモラール(勤労意欲)を向上させていくかがリーダーの腕の見せどころです。

 また、今は組織よりも個人に比重が移行している時代です。21世紀は「個人の時代」ともいわれています。
この個人を尊重する考え方は今後さらに広がっていくことでしょう。つまり、組織で個人を束縛することが難しくなっていくのです。

 そうなると、必要とされるリーダーシップはより個人にフォーカスしたものでなければならないといえるでしょう。もちろん、組織全体を統率するリーダーシップも必要ですが、それ以上に個別的なリーダーシップが重要になってきます。「SL理論」に基づいたリーダーシップが求められるのです。

 SL理論とはSituational Leadership(リーダーシップ条件適応理論)の略で、1977年にポール・ハーシーとケン・ブランチャードが提唱したリーダーシップ理論のひとつです。1964年にフィドラーが提唱したコンティンジェンシー(環境適応)理論の応用で、有効なリーダーシップスタイルは、部下の成熟度に応じて変わるという考え方です。

 具体的には、部下を個別的に考え成熟度を「未成熟」「やや未成熟」「やや成熟」「成熟」の4つの成長段階に分類します。

 未成熟の部下には「指示型リーダーシップ」のスタイルが効果的です。具体的に指示し、行動を促します。

 やや未成熟の部下には「コーチ型リーダーシップ」のスタイルが効果的です。こちらの考えを説明し、疑問に答えていきます。


 やや成熟の部下には「援助型リーダーシップ」のスタイルが効果的です。激励したりし、自立性を促すための環境を整えていきます。

 成熟の部下には「委任型リーダーシップ」のスタイルが効果的です。権限や責任を委譲していきます。

●部下の個性を把握するコミュニケーションがカギ

 このように、部下の成長度合いに応じて個別的にリーダーシップを発揮していく必要があります。そのためには、個々の部下が何を思い、何を考え、何を望んでいるのかを把握していかなければなりません。そこで、部下についての情報が必要になってきます。情報を得るにはコミュニケーションを図っていくしかありません。凡庸な結論ですが、凡庸な結論にこそ本質があると考えるべきでしょう。個々の部下を個別的に知ることが、今まで以上に大切になってきています。

 部下を個別的に知り、個々の部下に合わせたリーダーシップのスタイルを選択し、適切な育成を行わなければ会社としても成長が難しいといえます。公開説教などしなくても済むよう、多様なリーダーシップのスタイルを確立していくべきでしょう。


 あなたは、部下に対して強権的なリーダーシップだけになっていませんか。聞いてばかりではありませんか。熱血に走り激励ばかりになっていませんか。委任しすぎて放置していませんか。

 これでは部下の能力の向上は見込めません。そして離職率は上がる一方です。部下の能力向上を図ることと離職率を低く維持することは、相関関係にあります。簡単ではありませんが、ここまでみてきたように、筆者はSL理論とコミュニケーションに活路を見いだせると考えます。部下を個別的に把握し、それぞれに合わせたリーダーシップを発揮していくことで組織全体の人材が活性化するのではないでしょうか。
(文=佐藤昌司/店舗経営コンサルタント)

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