昨年秋、ジャニーズ事務所が「HiHi Jet(ハイハイ・ジェット)」なる新グループの結成を発表した。名前の由来は、メンバーの名字(羽場友紀=H、井上瑞稀=I、橋本涼=H、猪狩蒼弥=I)と「Johnny’s entertainment team」の頭文字を取ったものだが、これにファンが反応。
「ジャニー(喜多川)がまたやらかした」「わざとダサい名前をつけているのか?」などの声が上がり、中には「殺虫剤の新商品」とバッサリ切り捨てる声もあった。
ジャニーズ事務所のグループは、そのほとんどをジャニー喜多川社長が命名していることで知られているが、「新グループが発表されるたびに、そのネーミングセンスが物議を醸す」のが恒例行事のようになっている。思えば、今や国民的グループとなった「SMAP」や「嵐」も、結成当初は「カッコ悪い」「すぐに変えたほうがいい」という否定的な声が多かった。
タレントにとって名前は、ルックスやスキルと同等以上に重要なもの。飛躍を期して改名する人も多いように、「名前のおかげで売れやすくなる」のもまた芸能界といえる。ここでは、ジャニーズ事務所の特異ともいえるネーミングと、成功の秘訣を探っていく。
●“ストレート型”の「嵐」、“造語型”の「SMAP」
ジャニーズのネーミングは、主に“ストレート型”と“造語型”の2タイプに分かれ、そこにジャニー喜多川の思いが込められているというパターン。
“ストレート型”は、「TOKIO」「KinKi Kids」「嵐」「NEWS」「Hey! Say! JUMP」「Sexy Zone」「ジャニーズWEST」。いずれも既存の言葉であり、そこに名付け親であるジャニー喜多川の思いが込められている。
例えば、「TOKIO」は「世界進出した時に、東京のバンドとわかりやすいように」、「嵐」は「芸能界や世界に嵐を巻き起こしてほしい」、「NEWS」は「新しい情報を発信し、東西南北(North、East、West、Southの頭文字)で活躍してほしい」。
“ストレート型”の特徴は、「あまりに身もふたもない名前のため、ほかのグループはつけそうもない」こと。例えば、「嵐」や「Sexy Zone」は、本人たちも「それはちょっと……」と尻込みするほどの名前だが、だからこそ、受け手としては覚えやすく、差別化につながっている。
一方、“造語型”は、「SMAP」「V6」「関ジャニ∞」「KAT-TUN」「Kis-My-Ft2」「A.B.C-Z」。いずれも元来なかった言葉であり、それが今や日本中の人々が知っている名詞になったのはすごいことだ。
そこに「SMAP」の「Sports Music Assemble People=スポーツと音楽のために集まった人々」、「V6」の「ビクトリーをつかむ」、「KAT-TUN」の「マンガのように先が見たくなる、新しい展開が出てくる」のような、ジャニー喜多川の思いが込められている。
“造語型”の特徴は、「思いを込めた新語」というだけではなく、「KAT-TUN」「Kis-My-Ft2」のように、メンバーのイニシャルを組み合わせたケースが多いこと。造語ならではの“音の違和感”“未来への物語”“メンバーの名前”の三重構造で、「一度覚えたら忘れにくい」インパクトを生み出している。
●「AKB48」「ガリガリ君」「お~いお茶」の共通点とは?
上記2タイプのネーミングパターンに共通しているのは、他グループとのかぶりにくさ。どれも「ストレートすぎる」「独創的すぎる」ため、もし似ている名前のグループが現れたら、すぐに「ジャニーズのマネだ」とバレてしまい、批判は免れない。それだけに、「同じアイドルグループはもちろん、バンドや芸人など、他ジャンルのグループともかぶりにくい」という優位性がある。
これは、裏を返せば「ジャニーズ事務所が、グループ名をいかに重視しているか」の証拠。実際、どのグループ名も商標登録を済ませているし、もちろんほかの事務所から訴えられる不安はない。このあたりの抜け目なさに、アイドルプロデュース会社としての長い歴史を感じる。
このところ、若手バンドで「SEKAI NO OWARI」「ゲスの極み乙女。」「キュウソネコカミ」など、「絶対にかぶらない」であろう名前が増えているが、これも「単なる思いつき」「インパクト重視」というだけではなく、権利関係の意味合いも考えられる。
ただ、いずれも一歩間違えば「ダサい」、もっと言えば「意味がわからない」と感じる人が多いのは事実。しかし、実は、そう思わせることこそが狙いなのだろう。
人間にとって「ダサい」や「なぜ?」は、心に深く印象付けられやすい要素であり、「なんとなく気になってしまう」、ネーミングの基本といえる方法なのだ。逆に、受け手が「カッコイイ」「納得」と感じるネーミングは、覚えにくく流行り廃りもあるだけに浸透度は低い。
その事実は、一世を風靡した女性アイドルに目を向ければ一目瞭然。「おニャン子クラブ」「モーニング娘。」「AKB48」は、ほかのアイドルよりも「ダサい」「なぜ?」と感じる名前だった。
しかし、老若男女の幅広い層に知ってもらい、親近感を抱いてもらうためには、一部のファン層だけに「カッコイイ」「納得」と思われるより、より多くの層から「ダサい」「なぜ?」と思われるほうが何倍もいい。その点、ほとんどの男性アイドルのグループ名は「カッコイイ」「納得」と感じるものだけに、ジャニーズ事務所の異彩が際立つのだ。
ちなみに、このネーミング論はグループ名に限らない。例えば、アイスの「ガリガリ君」は当初、小学生からも「ダサい」「なぜ?」と言われていたが、その後の浸透度と人気は周知の通り。
ほかにも、食品関係では「プッチンプリン」「ホワイトロリータ」「ばかうけ」「きゅうりのキューちゃん」「お~いお茶」などが、当初は「ダサい」「なぜ?」と思われていたが、現在ではいかに浸透しているかがわかる。ジャニー喜多川は、それらのロングセラー商品に負けないグループ名を次々に生み出しているのだ。
●つんくや秋元康もこだわる、グループ名の“見た目”
もうひとつ、触れておきたいのが“見た目”の工夫。「KinKi Kids」は「Kがすべて大文字」であり、「Hey! Say! JUMP」は「大文字+小文字+記号」、「関ジャニ∞」は「漢字+カナ+記号」、「Kis-My-Ft2」は「大文字+小文字+記号+数字」というように、さまざまな文字表記を組み合わせていることがわかる。
これは、前述した違和感や商標対策をより強固なものにするためのテクニック。わざわざ「字のバランスを崩して見にくくする」ことで、差別化や印象付けを図っているのだ。
同じく名前の“見た目”にこだわっているのが、ハロー!プロジェクトの総合プロデューサーを務めていた、つんく(※正しくは、最後に「オスの記号」あり)。「モーニング娘。」「カントリー娘。」は「カナ+漢字+句点」、「太陽とシスコムーン」は「漢字+かな+カナ」、「メロン記念日」は「カナ+漢字」、「Berryz工房」は「大文字+小文字+漢字」。さらに、「C-ute」(※正しくは「C」は「摂氏温度の記号」)はもはや暗号のようだし、そもそも本人のバンド「シャ乱Q」も「カナ+漢字+大文字」だった。
もっと言えば、秋元康の「おニャン子クラブ」も「かな+カナ+漢字」、「AKB48」も「大文字+数字」。ともに「見た目への強いこだわり」は、ジャニー喜多川との共通点といえる。
そのジャニー喜多川は、所属タレントを「You」と呼び、「〇〇しちゃいなよ」と一声で大事を決めてしまう様子が、何度となくネタにされている。その理由は「名前を覚えられないから」「思いつきやノリで決めている」とも言われているが、半世紀にわたってアイドルを手がけ続けることで得た審美眼は、他の追随を許さない。
アラフォー世代に入った「KinKi Kids」の堂本光一と堂本剛は、「俺たち、まだ少年」と自虐ネタにしているが、次々にデビューしていく後輩を見ながら、ジャニー喜多川のすごさを感じているのではないか。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)