4月7日、セブン&アイ・ホールディングス(HD)の鈴木敏文会長が記者会見を開き、退任することを発表した。鈴木氏が主導した井阪隆一セブン-イレブン・ジャパン社長の退任を求める人事案が否決されたことが理由。
鈴木氏が主導した人事案に反対した顔ぶれを整理すると、まず指名・報酬委員会で反対を表明していた社外取締役の伊藤邦雄・一橋大学大学院特任教授と米村敏朗・元警視総監の2人。そのほかに2人の社外取締役、スコット・ディヴィス立教大学教授と月尾嘉男東京大学名誉教授。
社内の取締役で反対したのは、イトーヨーカ堂の創業者でセブン&アイHD株式を約10%保有している伊藤雅俊名誉会長の次男、伊藤順朗取締役と、井阪氏(セブン&アイHD取締役を兼務)だった。
では、棄権したのは誰か。無記名投票だったため推察の域を出ないが、安斎隆セブン銀行会長とジョセフ・デピント米セブン-イレブン社長兼CEO(最高経営責任者)とみられている。安斎氏は日本銀行元理事で旧日本長期信用銀行頭取を務めたキャリアからいって、鈴木氏の走狗にはならないとみられる。
ジョセフ・デピント氏は米セブンイレブンのトップであり、企業統治(コーポレートガバナンス)の観点からすると井阪社長の解任に組みすることはないと考えられる。もうひとり、可能性があるとすれば大高善興・ヨークベニマル会長兼CEOだ。同社はイトーヨーカ堂系の東北最大食品スーパーで福島県郡山市に本社がある。
●援護射撃
7日の会見は、セブン&アイHDのガバナンスが機能していないことを如実に示した。鈴木氏のほかに側近中の側近といわれている村田紀敏セブン&アイHD社長兼COO(最高執行責任者)が同席したが、永年鈴木氏に仕えてきた後藤光男氏、佐藤信武氏の2人の顧問が登壇して、鈴木氏を「援護射撃」する発言を繰り返したのは異様というほかはない。
2人が明らかにしたのは、イトーヨーカ堂創業者でもある伊藤雅俊名誉会長との確執だった。
鈴木氏は「今までは(創業家と)良好な関係にあった。ここにきて急に変わった。以前は私が提案したことを拒否されたことはなかった。世代が変わった。抽象的な言い方だが、それで(伊藤氏との確執を)判断してもらいたい」と述べたが、公明正大な記者会見とはいえなかった。
「鈴木氏の超ワンマン体制の弊害が、退任会見で露呈した」(業界筋)
今回の人事案が通らなかった理由について鈴木氏は、「最高益を続けている社長を辞めさせるのは、世間の常識が許さない」と無念さを滲ませて、言葉を絞り出した。会見後、鈴木氏は「仕方がないこと」と語ったが、「常識が許さない」横車を押そうとしたことが浮き彫りになった。鈴木氏の求心力の低下を身をもって知らされた末の引退劇は、起こるべくして起こったということになる。
鈴木氏の老残を際立たせた記者会見だったが、一方の当事者、井阪氏は4月8日未明、鈴木氏の退任について「大変尊敬できる先輩であり、残念だ。(自分は)社長としての職責を全うしていきたい」と記者団に語った。
●消えない火種
記者会見で新たな経営体制について聞かれた鈴木氏は、次のように応えた。
「私が指名することはない。会社の人事案は否決されたが、井阪氏が信任されたわけではない。引退を発表した私はあすから来ないという無責任なことはできないが、新体制に立候補するつもりはない」
しかし、カリスマ経営者と他の幹部・社員の関係のなかで、鈴木氏のやり方を否定するような提案が出てくるのか。セブン&アイHD関係者は語る。
「鈴木氏は退任を表明したが、5月末の株主総会まで(立ち位置は)まったく変わらない。強権を発動し続けるだろう」
「鈴木氏は会長からは退くが、取締役として残り、影響力を保持し続けるのではないのか」との指摘が社内から出ており、鈴木氏に取り巻くイエスマンの役員たちは、会社が未曾有の危機なのにまったく動こうとしない。
株主総会までに、米投資会社サード・ポイントがさらに圧力を強めることになるのか。創業家の伊藤氏が“ポスト鈴木”の人事にどのような考えを持っているのかも徐々に明らかになってくるだろう。伊藤家への大政奉還があるのかが最大の焦点となる。
“鈴木天皇”の退任表明は内紛の第1幕の終わりにすぎない。まだまだ混乱は続き、危機は水面下に深く沈潜していくとの見方も強い。
鈴木氏の唯一の側近になってしまった村田氏(72)は鈴木氏よりは若いが、客観的に見て高齢である。井阪氏に辞任するよう説得するなど、その行動は鈴木氏と一心同体である。鈴木氏の暴走を止められなかった責任の半分は、村田氏にある。2人が辞任すれば風通しは格段に良くなる。さらに“鈴木親衛隊”と呼ばれているセブン&アイHDの役員や幹部社員、グループ会社のトップも、これを機会に一斉に第一線から退けば、セブン&アイHDはまともなガバナンスが機能する会社に一歩近付くのではないか。
(文=編集部)