「なぜだ?」

 取締役会で解任された三越の“天皇”、岡田茂社長はこう叫んだ。34年前の1982年9月22日のことだ。

岡田氏は愛人で躓き、今回、セブン&アイ・ホールディングス(HD)“天皇”の鈴木敏文氏は、息子への世襲強行と批判され辞任した。鉄の結束を誇る集団に強烈な遠心力が働くと、あっという間にバラバラになる。

 井阪氏は、名誉顧問になるとみられている鈴木氏、顧問になる予定の村田紀敏前社長が外野席から色々注文をつけても、すべて無視することができるだろうか。

 オムニチャネル戦略のもと、2000億円以上を投じた大型M&A(企業の合併・買収)で傘下に組み入れた通販会社のニッセンホールディングス、高級衣料店のバーニーズジャパン、雑貨専門店「フランフラン」のバルスといったグループ企業は売却されるとみられている。

 米ヘッジファンド運営会社のサード・ポイントが求めている、イトーヨーカ堂を本体から分離・売却する案は、創業家・伊藤家の影響力が増す中で難しいかもしれない。一時期、創業者の伊藤雅俊名誉会長の次男・伊藤順朗取締役が会長兼CEO(最高経営責任者)に就き、“大政奉還”されるのではないかと見る向きもあった。


 仮にそうなると、そごう・西武からの撤退の可能性が浮上してくる。そごう・西武の受け皿となるのはどこか。“資源商社”と揶揄されている三井物産が投資ファンドと組んでM&Aに乗り出すこともあり得る。

「日経ビジネス」(日経BP/4月18日号)の『セブン鈴木帝国 終わりの始まり』に注目すべき記述があった。

「『マクドナルドを一緒に買収しませんか』――。昨年秋ごろ、ある会合で鈴木会長はこんな提案を受けた。
持ち掛けたのは三井物産。セブン-イレブン向けの商品調達など裏方を担う、主要取引先だ。(中略)鈴木会長はこの提案に強い不快感を示したという。複数の関係者によれば、この件以来、『三井物産とセブンの関係が悪化している』という」

「三井住友商事」になったらどうなるのか――といった視点で書かれた記事が有力月刊誌や週刊誌を賑わしている。三井物産は資源開発で同じく減損処理を迫られている住友商事との合併説が飛び交っている。そのため、「何がなんでも資源以外の売り上げが欲しい」(ライバル商社首脳)。


●2位から陥落するローソン、CEOとCOOが対立の兆し

 流通業界は激変の時代に突入した。今年9月1日には、コンビニエンスストア3位のファミリーマートと同4位のサークルKサンクスを傘下に持つユニーグループ・ホールディングスが経営統合する。2位だったローソンを抜き、最大手のセブン-イレブン・ジャパンに国内店舗数で肉薄する。

 2位の座から滑り落ちるローソンが動いた。三菱商事出身の竹増貞信副社長が6月1日付で社長兼最高執行責任者(COO)に就任する。玉塚元一社長は会長兼CEOに就く。
ファミマとサークルKサンクスの経営統合は、ファミマの親会社、伊藤忠商事が主導した。ローソンは筆頭株主の竹増・新社長のもとで、三菱商事と一体となって2位奪還を目指すと宣言してトップが交代した。玉塚氏は14年5月にローソンの社長になったばかりだが、2年で会長になる。

 ローソンの新体制ではCEOの玉塚氏が主力の国内コンビニ事業を、COOの竹増社長は主に海外や新規事業、M&Aを管掌する。一般的にはCOOが本業を担い、CEOが海外やM&Aを含めたグループ全体を統括するものだが、今回の人事は真逆だ。竹増氏はコンビニ事業にもかかわるから、玉塚氏の役割はかなり狭められる。
「玉塚会長兼CEOの任期は最大で2年」(三菱商事首脳)といわれている。はたしてその通りになるのか。CEOとCOOの対立の芽はすでに見えている。

 ローソンの店舗数は、国内に1万2395店、一方で海外は758店(2月末)。セブン-イレブンの海外店4万140店、ファミマの5846店に大差をつけられている。ローソンは昨年、フィリピンのスーパー大手ピュアゴールド・プライスクラブと合弁でPGローソンを開業した。
現在は20店だが20年までに500店に増やす目標を掲げている。5~10年以内に海外の店舗数を国内以上にしたいというが、現実はかなり厳しい。日本のコンビニは東南アジアに展開しているが、実際にうまくいっている国はほとんどない。最後発のローソンが順調に海外展開できる保証はどこにもない。

 ローソンの新体制のミッションは新生ファミマから2位の座を奪還することにある。

 一方、ファミマは4月5日、日本郵政グループと金融や郵便・物流など幅広い分野で提携した。この提携の最大のポイントは、ゆうちょ銀行とATM(現金自動預け払い機)事業で提携することだ。ファミマ=サークルKサンクス連合の国内店舗数は1万8006店(2月末現在)。セブン-イレブンのそれは1万8613店(3月末現在)で店舗数では肉薄したが、ATMの設置台数では大きく水を開けられている。セブン-イレブンは全店舗にセブン銀行のATMを設置、強みを発揮している。ゆうちょ銀行のATMは2万7244台で国内最大を誇るため、集客の大きな柱になる。

 ローソンもセブン-イレブンに追いつくために、ゆうちょ銀行のATMが喉から手が出るほど欲しかったが、ファミマに競り負けた。実は、水面下でローソンとファミマの間で、ゆうちょ銀行のATMの争奪戦が繰り広げられていたのだ。17年1月から、ゆうちょ銀行はファミマの店舗に、まず3500台を設置する。新生ファミマは強力な武器を手に入れた。

 ローソンvs.ファミマの闘いの実態は、伊藤忠商事と三菱商事の代理戦争である。新生ファミマの持ち株会社、ユニー・ファミリーマートホールディングスの社長になる上田準二氏は伊藤忠の畜産部門の出身で、ローソンの新社長の竹増貞信氏もまた三菱商事の畜産畑の出身。上田vs.竹増の畜産(食肉)対決との見方もできる。

●ファミマのウイークポイント

 ファミマにもウイークポイントはある。上田・新社長と親会社・伊藤忠商事の岡藤正広社長を後ろ盾にして事業子会社、ファミマの社長に乗り込んでくる澤田貴司氏の関係が微妙だといわれている。

 上田氏は2000年に伊藤忠商事からファミマの執行役員に転じ、02年に社長に就任した。持論は「コンビニは2強に集約される。ナンバー3が上に行くのは厳しい」。万年3位から抜け出すためにM&Aを仕掛けた。コンビニのM&Aは難しいという業界の常識を覆し、09年にファミマはエーエム・ピーエム・ジャパン(am/pm)を買収した。当初ローソンが買収する予定だったが、ブランドの存続をめぐり対立。当時、ファミマ社長だった上田氏が老朽化した店舗設備の更新費用など手厚い優遇策を用意して、オーナーを説き伏せ買収にこぎ着けた。ここでもファミマ対ローソンの構図だった。

 ただ、今回はam/pmの統合とは規模が違う。am/pmの店舗は1100店程度。このうち不採算店などを除く730店を2年かけてファミマに転換した。サークルKサンクスは6300店と8.6倍だ。しかも、サークルKとサンクスでは契約条件が異なる。前回の成功体験があるとはいえ、果たして2年半でブランドを統一できるのか。その間にも、コンビニの競争環境は目まぐるしく変わる。そもそもファミマ=ユニー連合は、ユニーのGMS(総合スーパー)をどう処理するのかという難問を抱えている。ライバル社のトップは、今回の買収を「弱者連合」と言ってはばからない。

 経営統合の成果が着実に上がらなければ、伊藤忠の岡藤社長が強権を発動してトップの首をすげ替えるかもしれない。伊藤忠の元首脳は「我慢の限界は2年」とみている。

●セブン-イレブンの“お家事情”

 セブン&アイHDは16年末から17年初頭にかけて内紛の第2幕が上がる。井阪社長は「セブン&アイHD社長とセブン-イレブン社長を兼務するのが望ましい」との考えを指名・報酬委員会の伊藤邦雄委員長(一橋大大学院特任教授)に伝えていた。対する鈴木氏の意向を代弁する立場だった村田紀敏・セブン&アイHD前社長は「鈴木氏を除く取締役全員が留任、自分がセブン&アイHD、井阪氏がセブン-イレブンの社長を続ける」という案を社外取締役に示した。社外取締役は当然「ノー」。伊藤邦雄氏らは村田批判を口にし、「社外取締役は立ち上がる。株主総会に向けて機関投資家が動く」と宣言した。これで「鈴木・村田」側の人事案は潰れた。

 しかし、最終局面で社内融和という名の妥協が成立した。鈴木氏お気に入りの古屋一樹取締役執行役員副社長がセブン-イレブンの社長に就いたのは、当初の鈴木氏の人事案通りである。そこで、セブン&アイHDの社長になった井阪氏はセブン-イレブンの取締役として残り、古屋氏が暴走しないように監視する。さらに、副社長のポストを新設して“鈴木敏文親衛隊長”と呼ばれる後藤克弘常務執行役員が昇格した。

 つまり、この1年間は井阪氏プラス伊藤順朗取締役vs.後藤克弘副社長(=鈴木氏)の対立の構図となるだろう。伊藤氏はCSR担当だが、もっと重要なポストに就くのではないかとの見方もある。

 鈴木氏の処遇を「最高顧問」と報じたメディアもあったが、社外取締役が鈴木氏の影響が残ることを懸念し「名誉顧問」に落ち着くとみられている。突然社長を辞めさせられた格好で顧問になった村田氏も今はおとなしくしているが、あきらめきれずに虎視眈々と復権を狙っている可能性がある。
(文=編集部)