7月15日、東京・渋谷駅前の宮益坂を上がったところに、「コメダ珈琲店 渋谷宮益坂上店」がオープンした。「あくまで実験店舗としての位置づけ」(同社)であり、ニュースリリースなども配信されなかったので、今のところ詳しく紹介するメディアもないようだ。
だが、この店は今までのコメダとは違う、新たな取り組みもいくつかある。そこでコメダの今後を占う話題のひとつとして紹介してみたい。
●コメダ初、サイフォンを導入
渋谷宮益坂上店は、「実験店舗」と位置づけるだけあって、これまでの同店とは異なる手法も導入した。象徴的なのは次の3つだ。
(1)「サイフォンで淹れるコーヒー」を導入
従来のコメダ珈琲店では、「いつも同じ味のコーヒーを楽しめる安心感」を掲げていた。そのためコーヒーは店舗で抽出するのではなく、コーヒー専用工場で抽出したコーヒーを冷却して各店に配送。店舗では温度管理を徹底して最適温でお客さんに提供している。
渋谷宮益坂上店の「ブレンドコーヒー」(税込550円)は従来と同じだが、新たに「コメ黒」(同650円)、「ブラジル サンジョゼ農園」(同880円)、「エチオピア モカ」(同720円)といったオリジナルコーヒーをメニューに取り入れた。これらのコーヒーは、注文を受けてから一杯ずつサイフォンで淹れるもので、コーヒー通に向けた訴求だ。
(2)冷たいドリンクでは「スムージー」を導入
また、「緑野菜と果実」「オレンジと人参」(いずれも同670円)、「マンゴーと黄野菜」(同690円)の3種類のスムージーもメニューに加わった。こちらは女性客を意識した訴求だ。
女性がカフェの常連客となって以来、夏の定番となったスムージーは、凍らせた果物や野菜をミキサーでドリンク状にするもので、特にグリーンスムージー(生の緑の葉野菜とフルーツと水でつくるのが一般的)は季節を問わない人気商品となり、専門店も増えた。
それにしても「昭和型喫茶店」として人気を高めてきたコメダが、平成型カフェの人気商品であるスムージーを取り入れたのは意外だった。
(3)周囲を広めにとったカウンター席を設置
コメダの特徴のひとつは間仕切りのある座席だが、渋谷宮益坂上店の座席レイアウトは少し趣が違う。1階と2階合わせて全71席のうち、カウンター席が19席もあるのだ。
「コメダは『くつろぐ、いちばんいいところ』を掲げており、居心地の良さを追求する姿勢は変わりませんが、店によっては1人客が目立ったり、仕事の合間に時間調整で立ち寄る人が多いなど、お客さまの行動特性も変わってきました。渋谷宮益坂上店もそうした実情を踏まえて、カウンター席を多めに設置したのです」(コメダ専務取締役・駒場雅志氏)
座席のソファは昭和型のコメダらしいが、カウンター席は平成型カフェの雰囲気だ。
●キーワードは「大人のコメダ」
筆者は、オープン当日の10時に店に行き、コメ黒を注文した。メニューには「ブラジル最高級グレードの豆をベースに、華やかに香り高いキリマンジャロをブレンドしたオリジナルブレンド」と記されている。11時までモーニングがつくので、「選べるモーニングB」を頼んだ。
この選べるモーニングも昨年からコメダが導入したもので、A=トーストとゆで玉子、B=トーストとたまごペースト、C=トーストとおぐらあんとなっている。開発裏話としては、「長年の常連客には高齢となった人も多いので、万一、ゆで玉子をのどに詰まらせては大変なので違うセットを開発した」(同)という。
商品を運んできたアルバイトの女性に話を聞いたところ、「6月中旬から研修を行い、池袋西武前店でも実地研修を行い、オープンに備えた」と言う。
筆者が座った1階の席からは、ガラス越しにコーヒーを抽出する作業を見ることもできる。このあたりのレイアウトは、最近の飲食店で多い「作業の見せる化」だ。
ちなみに、この店の店長を務めるのは松田慎之介氏だ。実は昨年、コメダの研修について話を聞いた相手で、その内容は2015年12月20日付本連載記事『コメダ、スタバを「超える」驚異的成長!過酷な秘密の特訓、社長自ら店員として労働』において紹介している。横浜江田店以来、5年ぶりの店長復帰だという。
「夜に店内がライトアップされると雰囲気も変わります。宮益坂から曲がった美竹通り沿いなので、周辺で働く方もお越しいただける店を目指しています」(松田氏)
喫茶店なのでアルコールは扱わないが、夜は23時まで営業するので、食事時間が多様化した社会人の1人食事や、友人・知人との懇談の場としても期待をかける。
実は、一般的なカフェ・喫茶店は夜の集客が苦手だ。オフィス街に古くからある老舗店でも、夜はお客さんが少ない店も多い。夜需要の掘り起こしとしてアルコール類を置く店もあるが、それだとカフェバーやスナックになってしまう。渋谷宮益坂上店は、あくまでもソフトドリンクとフード、スイーツ類で勝負するようだ。
●定着へのカギは「客層と客単価」
近年のコメダは、長年変えてこなかった定番メニューの幅を広げる戦略をとっている。代表的なのが看板メニュー「シロノワール」(同730円)の派生商品だ。本連載でも何度か紹介してきたが、期間限定で販売されるチョコソフトを使った「クロノワール」(同730円)を、渋谷宮益坂上店では定番メニューとして加えた。同じく本来期間限定の「ベリーノワール」(同780円)も同店では定番化しており、いずれも200円安いミニサイズもある。
また、夏季限定で「かき氷」もあり、こちらは同410円のいちご氷から同800円の抹茶&小倉・練乳・ソフト氷まで揃えている。こうしてメニューや価格を見てみると、女性客を意識したメニューの充実と、一般的なコメダの店舗に比べて高価格であることもわかる。
そこから透けて見えるのは、2つの「実験」だ。ひとつは、従来のコメダが得意でなかった「都心部で働く女性の取り込み」、もうひとつは「一等地のビルイン店舗での収益性」だ。
働く女性たちに話を聞くと「飲酒後にスイーツでシメたいけれど、都心にはそうした店が少ない」という声も時々耳にする。こうした層を取り込めるかどうかがポイントだ。
15年9月にコメダが調査した結果によれば、コメダの来店客の年齢構成は20代以下が27%、60代以上が28%と、若者と年配者が過半数を占めるのに対して、30代は14%、40代は17%、50代は14%にすぎない。従来店は、働き盛り世代への浸透率が低いのだ。
一方、経営の視点で考えると、一般的に客単価の低い喫茶店は都心ビルの家賃負担が重くのしかかる。セルフカフェのように客席回転率や持ち帰り率を高められないフルサービス店ゆえ、渋谷宮益坂上店では単価を上げて利益を生む仕組みにしたのだろう。開業して1カ月弱だが、当初の計画を少し上回り順調な滑り出しだという。
こうして考えると、渋谷宮益坂上店は従来のコメダが得意だった、店の敷居を低くして幅広い世代を集客するという戦術を一部捨てた感がある。そうなると、「コメダ珈琲店」の名称でやる意味があるのだろうか。かつて同社は、高級喫茶「吉茶」という店も展開したが(現在は閉店)、個人的には別の名称のほうが目的も明確になると思う。新業態では細かな修正もつきものだ。地道にスタートしたのも大人の戦術かもしれない。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)