路上生活者たちが大勢集う大阪市西成区の「あいりん地区」。年末年始、真冬の寒空の下でも、多くのホームレスたちが暮らしている。

彼らの暮らしぶりは、どのようなものなのだろうか?(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)

ブルーシート暮らしが
許されるのは特権階級!?

 大阪市西成区北部にある「あいりん地区」。通称・釜ヶ崎、または“西成”とも呼ばれるこの一帯は、寒風吹きすさぶ真冬であっても路上生活者たちがそこら中にいる。

 人が寝ている路上には、乾いた吐瀉物、未だ乾いていない立小便の跡、そして明らかに人のものと思われる糞便があちこちにある。辺りには、これらにアルコールとタバコが入り混じった、むせぶような匂いが立ち込めている。

 数年前に比べると随分と薄くなったといわれるその匂いは、鼻腔と喉の奥からしばらくの間、取れることはない。何度すすいでも丸一日残っていた。

もちろん服にもこびりつく。記者の場合は2度洗濯してやっと取れたくらいである。だが今、その時着ていた服を見る度に、あの「西成の匂い」が鼻腔の奥から蘇ってくるのが不思議だ。

“西成”は、大阪の新名所・あべのハルカスのあるJR「天王寺」駅から、大阪環状線外回りに乗ること約2分、一駅目のJR「新今宮」駅西口を降りてすぐだ。日雇い労働者や路上生活者の求職の場である「あいりん労働福祉センター」や簡易宿泊所がある。今では随分と整備され、その街並みはかつてとは比べ物にならないほど綺麗になったという。

それでも、一歩足を踏み入れると、まるで中学校の歴史の教科書に出てくる「戦後すぐの日本」のような光景が目に飛び込んでくる。

 公園に目をやればブルーシートで作られたねぐら、路上で布団を敷いて寝ている人、酒盛りをする人、ゴミを漁って食料を求める人、仕事を求める人…、とても平成の日本の今とは思えない。

 このうちブルーシートのねぐらに暮らせるのは、長年、西成で暮らす“ベテラン”のみが許される特権だという。路上で暮らすにしても、どこに布団を敷くか、暗黙のルールがある。従わなければ「身ぐるみ剥がれても文句は言えない」(路上生活者・50代)のだそうだ。

熟女AVから児童ポルノまで
泥棒市のカオス

 そうした西成ならではの“秩序”に従えない者が、「(生活)保護に日和る」(前出・路上生活者)のだという。

そのため、このあいりん地区では生活保護受給者は侮蔑の対象となっているという。

 労働者と路上生活者の街・西成の朝は早い。早朝4時頃、住民の間では“センター”と呼ばれる「あいりん労働福祉センター」脇の路上では露店商が所狭しと並んでいた。かつては、「もっと大勢の露天商がいた」(地域で暮らす路上生活者・60代)というが、今では行政や警察による取り締まりもあってか、その数はめっきり減ったという。

 この露天商は、「昨日奪われた服を、今日売っている」という、冗談とも本気ともつかぬ戯言から、“泥棒市”と呼ばれている。ここでは労働者の街らしく作業着や作業用ヘルメット、安全靴といった建設道具各種のほか、洋服、靴、時計、CDにDVDなども売られていた。

 地域住民によると中古車が売られていることもあるという。露天商の1人に写真撮影はいいかと尋ねると、真顔で「100万円出せ」と言う。もし隠し撮りがバレると「誰かにボコボコにされるで!」と忠告された。周囲の人たちも黙って頷く。

 そんな泥棒市を廻っていると露天商の1人から声をかけられた。

「お兄ちゃん、DVDどうや?若いのは高いけど熟女やったら1000円でええで!」

 手作り感溢れるそのDVDには、「綾乃・71歳」というタイトルが付けられている。

「若い子のないの?」と記者が問うと、その露天商は心なしか困惑した表情を浮かべ、「ちょっと高いで…」と言いながら鞄の中からDVDを取り出す。「2500円や!」と露天商は言う。

 そのタイトルは、「こころ・10歳」と書いてある。あきらかに10歳前後と思われる女児の全裸写真がDVDに貼り付けてあった。これは違法DVDではないか。記者がそう問うと、この露天商は記者に諭すような静かな口調でこう言った。

「ここに法律なんてあらへんわ。堅いことゆうたらあかん。ストレス溜まるで!」

泥棒市では風邪薬から
勃起薬まで手に入る!

 そんな会話をしていると、病院で処方された薬ばかりと思われる薬品各種を並べ出す露天商が現れた。その品を見ると、「ロキソニン(鎮痛剤)」「PL(風邪薬)」などに交じって、「タダラフィル」という薬も並んでいた。これを記者が手に取ると、店主がすかさず語り掛けてきた。

「それか?バイアグラみたいなもんやな。効能はいっしょやで。(生活)保護受け取る奴がやな、病院で『小便が出にくい』ゆうたら、まず『前立腺肥大』ちゅう診断が下される。それで処方された薬がコレちゅうわけや。2000円でええで。元気なるで!」

 ロキソニンは500円、PLは800円。これら病院で処方される薬品の仕入れ先は「すべて生活保護受給者だ」(西成を根城にする露天商)という。医療費・薬代無料の生活保護受給者のなかには、小遣い欲しさに病気でもないのに病院を受診、そこで処方された薬品を転売する。こうして正規の医薬品が泥棒市に並ぶのである。

 朝5時過ぎ、泥棒市をひやかすことなく、パリッとアイロンを効かせた作業服を着た人たちが、センターや新今宮駅の方向へと歩いていく。彼らは何者なのか。露天商に風邪薬を買い物に来たという路上生活者(60代)が教えてくれた。

「あれは、“白手帳持ち”やな。手に職のある職工が多いんや。ご苦労さんなことやで……」

 ここ西成では、「日雇労働被保険者手帳(通称・白手帳)」を持つ労働者は、もっとも尊敬される存在だ。彼らの多くは長年現場で地道に働き、電気工、給排水衛生工、昇降機工、空調工…と、何がしかの専門性高い技術を身に着けている。

 だが路上生活者たちは、心なしか投げやりな物言いで白手帳持ちを語る。それもそのはず、西成の超・エリート、白手帳持ちですら、その給与額は決して高いものではなく、彼らの真面目な仕事ぶりが十分に報われることがないからだ。

 ここ10年で「高くても1万5000円だった」(日雇い労働被保険者手帳を持つ日雇い労働者・50代)という白手帳持ちの職工の給与は、今では平均して日給1万2000円くらいだという。

 朝5時にマイクロバスに乗り建設現場などに赴き、概ね7時から日が暮れるまで作業に従事する。昼食時に1時間、午前と午後にそれぞれ15分程度の休憩があるものの、体力的にはとてもきつい仕事だ。

缶ジュース1本50円でも
西成では「贅沢品」

「雑工」や「土工」と呼ばれる、手に職を持たない(白手帳持ちではない)日雇い労働者となれば、その給与額は「1日当たり7000円から1万円」というのが相場だ。“白手帳持ち”と3000円から5000円程度の開きがある。

 それに宿泊を伴う現場であれば、そこから食費・住居費合わせて1日当たり3000円から3500円程度が差し引かれる。そうすると日給7000円といってもその手取り額は4000円程度にしかならない。

「疲れてるから一杯飲むにしても、コンビニで130円で売られてる発泡酒が、200円とか、ひどい現場やったら500円ゆうところもある。手元にいくらも残らんわな」(西成を根城にする路上生活者・60代)

 西成から「通い」で行ける現場にしても、朝、現地にはマイクロバスで連れて行ってもらうにせよ、帰りは自腹を余儀なくされることがほとんどだという。もっとも、そうそうそんな「通い」の現場はない。

「せやから路上で寝てるのがいちばんええんや!炊き出しもあるし。週に1日か2日働けば1週間は何とか食うてけるしな」(前出・路上生活者)

 実際、西成では1日働いてもらえる手取り額の4000円もあれば、路上生活なら贅沢しなければ1週間は暮らせる額だ。先に触れたあいりん地区内にある公園で行われる炊き出しなら無料、うどんやラーメン、弁当も100円から200円だ。時折、車で売りに来る「コンビニ廃棄の弁当」であれば、100円で弁当に加えて「(コンビニ販売の)おにぎり」が5つ付く。

「ここでは缶ジュースが1本50円で売ってるけど、それでもこの辺りで暮らす人にとっては、その値段でも高いんや。1本30円でも高いかもしれん。贅沢品なんよ…」(コンビニ廃棄の弁当を売る業者)

 住民たちが仕事に出払う朝8時を超えると、あいりん地区にも静寂が訪れる。残っているのは仕事にアブレた人たちか、はなから仕事をするつもりなどない人たちだ。

>>(下)に続く