『シン・ゴジラ』は興行収入70億円を超え、『君の名は。』にいたっては145億円を突破。

『君の名は。』は現在でも全国の劇場でフル稼働しており、歴代邦画アニメーション4位である『崖の上のポニョ』の155億円を超えるのも確実視されている。

 この他にも、『ちはやふる』の「上の句」と「下の句」、『アイアムアヒーロー』、『HiGH & LOW THE MOVIE』など、今年は既存の映画ファン以外にも波及する話題の日本映画が立て続けに公開され、映画業界は絶好調に見える。

 しかし、そんな好況に沸いているのは映画業界のほんの一部だけだ。現在公開中の『淵に立つ』で今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査賞を受賞している深田晃司監督は、「キネマ旬報」2016年10月下旬号(キネマ旬報社)のなかで、メガヒット作品が世間の注目を集める裏でその他多くの映画関係者が立たされている苦境について語っている。

 深田監督はまず、現在の映画業界の状況をこうまとめる。


〈日本映画の興行収入はだいたい年間一千億円程度を推移している。そのおよそ八割が東宝・東映・松竹といった大手三社に占められている現状がある。特に東宝のシェアは圧倒的で、今も「シン・ゴジラ」(16)や「君の名は。」(16)が大ヒット中であるが、ここ数年の日本映画の興行収益ランキングを見ると、毎年目を疑うほどの割合で東宝が埋め尽くしている。例えば二〇一五年の邦画の興行収益のランキングを見ると、一位から五位までがすべて東宝で、その後六位に東映、八位に松竹がかろうじて入るが、それ以外二十位まですべて東宝作品である〉

 一般社団法人日本映画製作者連盟が公開しているデータを見ると、昨年の邦画で10億円以上の成績をおさめた作品は38本。そのうち東宝作品は29本だった。そのデータから興行収入を計算すると、合計898億円のうち東宝作品が760億8000万円を占めている。
なぜこんなにも東宝1社のひとり勝ち状態が生み出されてしまったのか。その裏には、現在の「映画館」をめぐる事情がある。深田監督はこう続ける。

〈この状況は客観的に見ても異常ではないか。もちろんそこに東宝の企業努力、作品の力がまったく無関係であるとは言わないが、しかしこの圧倒的なシェアを生み出すのに、東宝が誇る「国内最強の興行網」たるTOHOシネマズを擁する構造的位は当然無関係ではない〉

 こういった大手寡占の状況は興行収入の数字をみるとよく分かる。「キネマ旬報」16年3月下旬号のデータによれば、15年の興行収入でハリウッドメジャー6社(ウォルト・ディズニー、20世紀フォックス、パラマウント、ソニー、NBCユニバーサル、ワーナー・ブラザース)と邦画大手3社が占める割合は全体興行収入(2171億1900万円)の85%に達する。
この9社以外の映画会社で残りの15%のパイを奪い合っているのだ。

 その一方で、これら9社が昨年公開した映画の本数は全体(1136本)のうちの13.5%(153本)しかない。インディペンデント映画は983本で前述のたった15%の部分を取り合うという状況なのである。

 こういったインディペンデント映画にとっての向かい風の要因のひとつとなっているのが、ミニシアターの相次ぐ閉鎖だ。

 今年1月にミニシアターの象徴的な存在だった渋谷のシネマライズが閉館したのは大きな話題となったが、ここ数年、国内国外問わず良質なインディペンデント映画を上映してきた映画館が次々と姿を消している。シネセゾン渋谷、シネマ・アンジェリカ、吉祥寺バウスシアター、銀座シネパトス、銀座テアトルシネマなど、東京の映画館に限っても列挙していけばキリがない。


 その主な理由として、郊外出店で成功をおさめたシネコンが都市中心部にも進出してきたこと、フィルムからデジタルに上映方式が移行していく変化に合わせる体力が閉館したミニシアターにはなかったといった要因が挙げられるが、そういった状況に陥ったそもそもの原因は日本の映画ファンの変化にある。大作映画でもなく、有名俳優が出ているわけでもないアート系作品に関心を寄せる人の総数自体が減ってしまったのだ。

『ヴィデオドローム』『ゆきゆきて、神軍』など伝説的なカルト映画を世に送りだし、現在でも営業を続けている渋谷のミニシアター・ユーロスペース支配人である北條誠人氏は「創」13年7月号(創出版)でこのように語っている。

「学生の来場者は明らかに減っています。
 美大生がミニシアターを支えているというのは誤解で、以前なら渋谷周辺の青山学院や国学院、さらに早稲田、東大といった学生が学割で映画を見るために学生証を提示したものですが、今の客層は完全に中高年にシフトしています。
 1996年頃までは何を上映しても入る、と感じていましたが、2000年辺りから完璧に落ち始めたのを肌で感じました」

 少数の人に支持されるアート系作品をかけられる劇場が減り、加えて、そういった作品を好む目の肥えた若い映画ファンも育っていかない。
そんな悪循環は結果的に映画の「多様性」を失わせていく。

 こういった状況について、前掲「キネマ旬報」で深田監督はこう嘆く。

〈ある意味で政治的な検閲よりも苛烈な、経済的商業的な自主検閲である〉

 シネコンでかけて人を呼ぶことのできそうもない映画は、製作費も出なくなるし、まずもって上映できる映画館そのものもどんどんなくなっていく。こうして製作すること自体が難しくなっていくのだ。

〈市場原理主義に基づく新自由主義経済において自由を謳歌するのはごく一部の大手企業のみであったように、今日本のインディペンデント映画は歪つで排他的な業界構造の中、大手三社外に残った二割のパイを奪い合っている状況にある。結局そのしわ寄せは現場へと押し寄せ、保障のない不安的な生活や低賃金、長時間労働といった劣悪な撮影環境へと反映される。
そこで最初に脱落するのは、経済的弱者や体力的弱者で、公正で自由な競争原理ならびに人材の多様性を保つことが困難となるのだ。映画の労働環境におけるジェンダーバランスの不均衡もこれと無縁ではないはずだ〉

 この状況が続けば、近い将来この国では、人気アイドルやスター俳優が出ている映画やハリウッドの大作映画以外観ることができなくなってしまうかもしれない。

 そんななか生き残りをかけたミニシアターは、映画評論家や映画製作スタッフをゲストに招いてのイベントを多く開いたり、併設カフェに力を入れて映画館以外の客を呼ぶことができるよう工夫をしたりと策を練っている。それは映画製作の現場でも同じで、監督自らクラウドファンディングを呼びかけて製作資金を集めるといった光景もよく見られるようになった。

 独立問題で芸能界を干された"のん"こと能年玲奈が主演の声優を務めたことでも話題のアニメ映画『この世界の片隅に』も、クラウドファンディングによって制作が実現したものだ。

 とはいっても、これらの策は自転車操業の一時的な助けにはなっても、抜本的な改革にはなっていない。ミニシアターブームのときの映画界の活況を取り戻すためにはどうすればいいのだろうか。

 深田監督は「キネマ旬報」にこんな言葉を残している。

〈映画監督は、それぞれ局地戦を戦いながら、同時にいかにして業界全体が連携し持続的に底上げを図れるようなシステムを作れるか、考えていかなくてはいけない。大変だけど、大変やりがいのある仕事でもある〉
(新田 樹)