表紙でびっくりですよ。今ちまたをにぎわせているカリスマコスプレイヤー「うしじまいい肉」in中野まんだらけ。

その上に重ねられるように描かれている、吾妻ひでおの名ヒロイン、『スクラップ学園』の主人公ミャアちゃん!(処女)
サブカルチャー固めました、っていう感じの密度が面白い一枚の構図ですが、そういえば昨今は別にアニメ・マンガはサブカルチャーでもなんでもなくてメインカルチャー化していますね。ローソンでアニメキャラのフェアやっちゃうくらいにね。
けれどもこの表紙改めて見てください。なんか後ろめたさと、どんよりネトネトした感覚ありませんか。健全の真逆。
この「ネクラ」「やけくそ」「不条理」「破滅」を描いた吾妻ひでおの作品を、これまた現代風エロ漫画の開祖的存在の山本直樹が選んだのがこの本21世紀のための吾妻ひでおです。

 
しかし最初に言っておきますが、この本はこれから吾妻ひでおに触れる人向けです。
今までの作品を持っていて全部読んでいる人にしてみたら、軽いんです。そもそも『不条理日記』が入っていませんし、『チョッキン』や『狂乱星雲記』『海から来た機械』なんかも入ってません。
それについて山本直樹はこう書いています。
「無理だ」
ですよね。200Pの中に迷走しまくる吾妻ひでお作品の傑作の数々を詰め込むなんて無理。

じゃあなぜこの本を出したかというと、タイトルのとおりです。
最近改めて吾妻ひでおに興味を持ち始めている人が増えている。特に2005年の『失踪日記』で注目を浴びたり、昨年は『魔法少女まどか☆マギカ』絡みで話題になったりしていました。
すごい作家だというけれどもじゃあどんな作家なんだろう、と目を向けた時に吾妻ひでお作品は今絶版でほとんど入手できない。これは理不尽だ、ということで発刊されたんです。

だから、21世紀のための、なんです。
いきなり『不条理日記』をドンとはだせない、というのが山本直樹の判断。あとがきでこう書いています。
「もう、何度も言うけど悩んだんだよ。あれは危険なんだよ。何も知らない子供にいきなりヘロイン食わせてどうすんだよ、まずは軽いマリファナとか安いクラックからじゃねえか、という脳内のアメリカンギャングにやっつけてもらいましょう」
まったくです。吾妻ひでお作品の本当にディープなところは、精神状態を軽く破壊するくらい強烈。
鬱な状態の時に読むと持って行かれます。
うかつにはおすすめできません、なーんていうと「何上から目線なんだよ!」って怒られそうなんですが、いやいやまじで。自殺未遂、アルコール依存症、失踪を経験した吾妻ひでおの経歴は伊達じゃないですって。うっかり読んでしまって「立ち直れなくなった、どうしてくれる!」って言われても困りますので、だからこそまずはステップを踏んでこの本をオススメする次第でございますよ。

主に載っているのはビッチで不死身で適当な阿素湖素子(あそこそこ)が活躍、というか何もかもをぶっ壊していくやけくそ天使と不条理な出来事に対して冷静にツッコミをいれていくミャアちゃん(処女)がかわいいスクラップ学園がメイン。これは2つとも吾妻ひでおの代表作なので入り口としては最適です。

そして山本直樹の注釈によると「ギャグ詰め込みまくり、スピード全開の『やけくそ期』とは真逆の『間』で見せる名人芸、のようでいて実はその裏で面白そうな恐ろしそうな何かが高速回転している『不条理期』のある意味完成形です」と言われる『どろろん忍者』

SF作品も多く描いている吾妻ひでおですが、今回はあまり載せていません。これは実際に読んでもらえば、アズマニアならばきっとこのチョイス納得いっていただけるはず。そういう意味では吾妻ひでお通向けでもあります。
「どこが『やけくそ期』と『不条理期』の境目かってあたりは明確には決めづらいんですが、その二つの特性が微妙にブレンドされた境目、シャケの皮と身の間のぬめっとした部分みたいな絶妙に美味しい作品群の中、そこからさらに選りすぐりに選りすぐり、選ばせて頂きました」と山本直樹が言うとおり、極端に珍妙だったりSF文芸的な作品ではなく、良い意味で根っからの吾妻ひでおらしさが出ている作品がびっちり詰まっているんです。
それに対しての山本直樹の解説が非常に面白い。
先程引用した文章にもありますが、吾妻ひでお作品には「やけくそ期」と「不条理期」があります。このバランスを見切った上で選んでいるため、もうとんでもない勢いのドライブ感をもった「やけくそ」と、イトミミズやら美少女の刺身やらの「不条理」を両方楽しめます。
吾妻ひでお作品はいい具合に作品が作品を解説していないので、読者が置いてけぼりになることも多々ありますが、そこをうまーく拾って解説されています。
幻覚と現実の相克、マジョリティに対しての「ネクラ」の思想、「あ、SF見る目で見てる、信じてないな!」というSFと不条理のバランスの面白み、ハッピーエンドでもバッドエンドでもないなるようにしかならないエンディング。吾妻ひでおのブルース感を細かく解説しているため、初めて読む人も、読み慣れているアズマニアも楽しめるはず。

もちろんこれは入り口。もっとやけくそと不条理を楽しみたい場合は、他の作品も読んでみてください。
「阿素湖素子やミャアちゃんかわいい!」という萌えからでもいいですし、読んだ後のダウナー感をもっと味わいたいというドラッグ的感覚でもかまいません。まずは触れてほしい、そんな価値がある作品集です。時代の差こそあれ、鬱々とした文化に眠る爆発的パワーは決して衰えていません。
そういう意味では、おたくの出発点であり、嫌われようと知ったことか、オレが好きなようにやる! と描いていた吾妻ひでお作品と、表紙のうしじまいい肉は一つながりに思えるから不思議なものです。
吾妻ひでおについてもっと詳しく知りたい人は、河出書房から出ている『吾妻ひでお〈総特集〉美少女・SF・不条理ギャグ、そして失踪』をあわせてオススメします。

最後に、吾妻ひでおのコメントを一言。
「自由はいいけど、自由すぎると破滅することもある。これから漫画家を志す人に言いたいことは『自由に描け』です。どっちみち皆、破滅するんだから」
破滅を知っている人の言葉だと重いね。
これをきっかけに『不条理日記』も復刊するといいんですがー。
(たまごまご)