醤油鯛の本格的な系統分類図鑑が、この日本にはある。日本はそういう国だ。


「醤油鯛(しょうゆだい)」というのは、幕の内弁当なんかに入っている、お醤油の入った使いきり容器だ。最近では小さい袋に入っていることも多いが、よく見かける人も多いだろう。

これを、収集し、「背びれ」「尾びれ」「キャップ」などといった外見上の特徴の長さや突起の数を元にして、本物の魚類のように属や科といった分類をおこなった研究成果が本書『醤油鯛』だ。

結論から言うと、レベルが非常に高い。著者は博物館の研究員で、実際の生物学の研究をおこなっている沢田佳久氏。そんな人が作り上げた本格的な本なので、アカデミックな図鑑のような構成が非常に笑える。


序章では律儀に醤油鯛を

「量産された合成樹脂製の液体調味料容器で、全体で魚の形を模したもの」

と定義したり、形態学的特徴をもとに種類を判別する「同定」という作業なども、マジ生物学の呼び方で徹底されている。

さらに生物を語る上では欠かせない系統進化学的アプローチも忘れない。発色のいい赤いキャップが受け入れられた昭和の時代から、デジタルなCADで設計された型から製造された最近の醤油鯛まで、その流れや文化との関係性についての考察。中にはちょっと難しい部分すらあり、スリリングこの上ない。

「カザリショウユダイ科トモエショウユダイ属大韓航空醤油鯛」
「アユガタショウユダイ科ナガショウユダイ属延岡鮎型醤油鯛」

などに分類された全76種は、スケール(定規の目盛り)と並べて撮った写真が掲載され、分類上重要なポイントをわかりやすく図式化したスケッチが併載されている。

そして子細な説明。
たとえば「ナミショウユダイ科ニセコガシラショウユダイ属口太粗肌醤油鯛」は、

「体は左右非対称、右半身の胴体と尾鰭の彫刻が省略されている。キャップは丁型。ノズル部と口には段差があり、口の彫刻はない。目の彫刻は○のみ。鰓蓋の彫刻は二重。胸鰭の基部に丸い突起があり、彫刻は放射状の鰭条のみ。
背鰭は突出し、鰭条の彫刻がある。(中略)鱗は疣(いぼ)状で、交互に配列される。識別用の文字彫刻や点彫刻はない。2005年に現れ、当初から材質マーク付。」

というような調子。これが全部について書かれている。キャップのネジ径を調べてそれによって分類を試みたり、ウロコにクローズアップして突起の種類や並び方で分類したり、とにかく全力で醤油鯛の生態に挑んでいく沢田氏の姿に、学問の誕生を見ることだろう。


かと思えば巻末には工場での製造過程を取材した工場見学ページもあり、盛りだくさんの内容となっている。

醤油鯛は、エコや経費の観点から、近年減ってきている。昭和のお弁当に出現し、衰退していく醤油鯛たち。消えてしまう前に、みなさんも捕獲してその種類を調べてみてはいかがでしょう。もしかしたら、新種が見つかるかもしれないぞ!(香山哲)