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映画、落語、大道芸、風俗、テレビ……昭和の好奇心、小沢昭一を偲ぶ

2012年12月20日 11時00分 ライター情報:近藤正高
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博物館明治村(愛知県犬山市)の村長でもあった俳優の小沢昭一。明治村の「東山梨郡役所」内には明治村村長室があり、このような等身大パネルが置かれていた(写真撮影は2007年1月)。なお、この村長室には現在、献花台と記帳台が設けられ、当面のあいだ、一般からの献花と記帳を受け付けている。

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会田誠、中村勘三郎、猪瀬直樹の各氏など、ここのところ人様の作品や経歴をまとめて振り返る、そんな記事ばかり書いているような気がする近藤でございます。そこへ来て、先週月曜(12月10日)、俳優の小沢昭一さんが83歳で亡くなりました。小沢さんといえば、本業以外にも、日本の放浪芸をフィールドワークしてレコードや本を通じて紹介するなど、さまざまな顔を持った人でした。この記事では、いくつかのキーワードを立てながら、故人を偲んでみたいと思います。

■写真館の息子
小沢昭一さんは、2004年から亡くなるまで愛知県にある博物館明治村の村長を務めていました。日本の近代建築を各地から移築した明治村の一角には、「小熊写真館」という建物があります。かつて新潟県高田市(現・上越市)にあったこの写真館は、小沢さんとちょっとした因縁があります。というのも写真屋だった小沢さんのお父さんは、若い頃にこの小熊写真館で修業をしていたそうなのです。

お父さんはその後、上京して日暮里に写真館を開業するのですが、その建物は木村伊兵衛(昭和写真界の巨匠!)の写真館だったのを譲り受けたものだったとか。ただしまもなくして蒲田のほうに移ります。小沢さんが生まれたのはちょうどこのころで、1929年(昭和4年)のこと。

小沢さんのお父さんは腕はいいけど、仕上がりが期日に間に合わないことで近所では有名だったとか。それというのも、仕事を抜け出してはしょっちゅう、釣りや麻雀、川柳の会などに出かけたりしていたから。その気質はかなり小沢さんにも引き継がれたようで、のちにこんなことを語っています。

《やっぱり道楽商売っていうか、遊民性を父親から受け継いでいると感じますね。一般商人と写真屋は違いましたし、といって芸術家にしては、客商売ですからね》『小沢昭一座談4 こんばんは小沢です――ヘヘヘ』

写真館は当時としてはモダンな商売でした。そんな商売柄もあってか、少年時代の小沢さんは服も婦人洋装店でつくるようなものを着せられていたというから、なかなかのお坊ちゃんです。中学は私立の麻布中学。ここでフランキー堺、加藤武、仲谷昇とのちにやはり俳優になる友人たちと出会っています。同中学には、戦争末期、半年ほど海軍兵学校に在学したのち終戦後に復学、卒業しました。

■落語
子供の頃からラジオや近所の寄席で落語を聞いて育ったという小沢さん。色っぽい噺も多いことから《小学校を出る頃には、男女のことはほとんどマスターしてた》といいます(「週刊文春」2011年12月8日号)。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

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