「日露戦争時、連合艦隊が当時無敵と言われたバルチック艦隊を撃破した「T字戦法」というものがあります。敵前で大きく船首の向きを帰る、当時としては常識はずれの戦法ですが、他のさまざまな要因もあり、連合艦隊が勝利しました」

いきなりミリタリーな歴史の話です。

これ何かというと『アスキークラウド』12月号「「没頭」ビジネスの正体 ゲームの魔力で顧客を夢中に」特集における、『艦隊これくしょん(以下艦これ)』プロデューサー田中謙介のビジネス論。

いきなり海戦に例えるあたりが、らしい。彼は続けて語ります。
T字戦は確かに常識はずれで、強かった。
しかし続く太平洋戦争でも同じことをしようとして、完膚なきまでに負けた。
「艦これ」はある意味、T字戦法だった。
スマホアプリの時代に、あえてブラウザゲーを作る、常識はずれだった。
次は、艦これや、艦これのドクトリンを模倣したものが、まったく新しい何かで撃破されるだろうし、そうあってほしい。

この本では『パズルアンドドラゴンズ(以下パズドラ)』と『艦これ』を中心に、顧客がになるビジネスについて様々な視点から特集しています。

角川・田中「艦これが現在の形になったとき、「もうからない、ビジネスにならない」とも言われました。ですが、結果としては幸運なことにそうなりませんでした。(中略)艦これは当時成功していたブラウザーゲーム、またはソーシャルゲームの従来的なドクトリン(原則)からは、ある種大きく外れた部分があったかもしれません」

メディアミックス展開やグッズ展開がこれからという段階。
でもちゃんと儲かってるんだ! よかったよかった。
「艦これ」は特に、課金する要素がほとんどなく無料できちんとプレイできるゲームなため、多くの提督から「これでやっていけるのか?」と心配されていました。
というのも、今までソーシャルアプリでヒットしている作品は、かなり課金を強いる物が多かったから。それでプレイヤーが満足できているものが残って、そうじゃないものは離れていくという戦国時代でした。
その中で、ほぼ課金ゼロでできてしまう艦これがきちんとビジネスとして伸びている。
まあ、ぼくの身の回りには米帝プレイ(ものすごい課金をして物量に物を言わせて突き進むプレイ。
課金したから強いというわけではないので道楽の世界)の人もいるので、ナルホドなという感じはします。
とはいえ「艦これ」運営がオフィシャルで「課金だけが人生ではありませんっ!」と言ったのは、大いに話題になりました。すごい発言です。

「パズドラ」と「艦これ」、両者とも、ゲームがなぜヒットしたかの解答は持っていません。
特に、多くの場面で言われるのが、パズドラ大ヒットの秘訣の話。

ガンホー・森下一喜「ゲームがヒットするセオリー「やはり、ない」との結論に至りました。
でも秘訣とまでは言いませんが、心掛けならあります。「コンテンツとサービスの一体化」です」

「やっぱ、ない」「ガンホーは、たまに勝つ!」というのは、ネットでは有名な言葉。
ヒットの方程式「やっぱ、ない」-ガンホー森下社長が語った“開発讃歌” - CNET Japan
そんな「これやればこうなる」なんて分かんないんだよ!ってか失敗のほうが多いんだよ、今回は売れたけどさ!という発言は重みがあります。先に上げた「艦これ」T字戦の話にも通じます。
そんな売れる法則がわかってたら苦労しないって話です。

ぼくの中ではガンホーといえば『ラグナロクオンライン』でした。

オンラインゲームだと、やっぱりどうやっても不満とか苛立ちっていうのが高まるもの。『ラグナロクオンライン』は時にそれが早い段階から積もりやすい作りになっていました。
つながらないとか、botとか、枝テロとか、攻城戦とかね。いろいろね。運営するの四苦八苦だったと思います。

森下「運営を10年やってきて、相当痛い目にも遭っていますが、これが正解という答えはない。
ノウハウはありますし、運営がぼくらの強みでもありますが、プレーヤーも時代も変化しているので、何が起きてもどれだけお客さまの気持ちになれるかが重要」

こうして、パズドラは「重課金で強くなる」のではなく「薄く広い課金モデル」や、魔法石の配布をうまく使って、「まあこのくらい(100円)なら払ってもいいかー」とプレイヤーのハードルをぐんと下げました。
この本の中には、リワード広告の話も載っています。あるゲームやアプリをダウンロードすると、パズドラの魔法石がもらえる、というアレ。いろんなゲームで使われているビジネススタイルです。
ただ闇雲にはっても邪魔なだけ。ゲームが面白く、タイミングよくはっていくのがコツ。見極めが大事です。

さて、オンラインだと色々な売上を見込めますが、これから3DSで『パズドラZ』が発売されます。
これ魔法石課金がないわけです。あらら大丈夫?
ゲーム製作の法則に逆行していくんじゃないの? 
「ゲームは動詞で作る」の法則に則った、新しい動詞はそこにあるの?

森下「パズドラZが子どもたちにとってゲームの原体験になり、大きくなってもパズドラというブランドを遊びの記憶として残してもらえば、将来の顧客にそだつこともあるだろうと」
田中「そういった法則やドクトリンが成功の最大の敵かもしれませんよ(笑)(中略)法則とかドクトリンを疑ってかかることこそが、あるいはカギなのかもしれません、ビジネスもゲームも」

「やっぱ、ない」んです。この本も最初の方で「なぜ没頭ビジネスが盛んなのか」のベースの部分を非常に丁寧にさらって、解説しています。
ところがが、二人のインタビューでひっくり返ってしまうのが本当に面白い。
ただし、「秘訣」はないが、サービスとしてどう楽しんでもらえるか、という点は全くブレていません。
一番笑ったのはここ。

森下「パズドラの話はもういいんじゃないですかね、話し疲れたというか(笑)」

でしょうね。

「艦これ」「パズドラ」の成功についての話を、ビジネス面から切り取っていて非常に面白い一冊。
加えて個人的にこの本で読んで欲しいのは「日常をゲームに変える、ゲーミフィケーションの功罪」という項目。
生活で使う買い物や乗車回数などを数値化して、貯めていくとランクがアップする、という、生活をゲームのように楽しむアプリが今増えています。
有名なのはナイキのアプリ。靴底にセンサーをいれて走行距離を数値化する。
これ数字で見えるとやる気も起きる。万歩計の進化版です。
ただ、ぼくが最初に見て感じたのは『ファミリートレーナー』とか『ダンスダンスレボリューション』でした。体を使って点数貯めるゲームです。
他にも「ポンタ」システムやオバマ大統領の「マイバラクオバマ・ドットコム」のオバマ支援者レベルアップシステムなど、生活の中に数値を溜めてランクアップするゲーム要素が組み込まれている。
なんだか『攻殻機動隊』や『lain』みたいな世界。
もろにそれを描いたのが映画『サマーウォーズ』や、最近放映されたアニメ『ガッチャマンクラウズ』
特に後者はゲーミフィケーションの「功罪」をテーマにした作品なので、興味のある方はぜひ。今後どうなるかへの警鐘でもあり応援でもある作品です。

「ソーシャルゲーム」という括りで書かれてはいないので、コミュニケーション部分はあまり掘り下げられてはいません。
しかし「新しいビジネス」として、夢中になって遊べるもの、生活を遊びに変えていくものについてわかりやすくまとめられているので、オススメ。
ゲームとしては同じガンホーなら『パズドラ』より『ケリ姫スイーツ』の方がぼくは好きです。
あれも課金システムうまいし、ゲーム性も中毒性もある。そのへんも今後どんどん触れてほしいところです。みんな、姫に蹴られようぜ。

プレイ形態がまとめられているページも面白い。
たとえば「経営者などおえらいさんはタブレットで遊ぶ」「20代女子の圧倒的スマホゲーム率」「男子は狩り、女子は育成」などなど。おえらいさん何やってるの。
このへんも踏まえて次世代のゲームを……。といきたいところですが、T字戦の精神でいかないと何が売れるかわからない。
今の流れがどうなっているのかを読んでみて、そこにヒントはあるのか、それとも「やっぱ、ない」のか。確かめてみてください。
Kindle版もありますよ。



『アスキークラウド』12月号
アスキークラウド』12月号 Kindle版

(たまごまご)