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「はたして平安時代の人はキスをしたのか?」NHK大河ドラマ時代考証に目からウロコ

2014年1月10日 11時00分

ライター情報:近藤正高

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大森洋平『考証要集 秘伝! NHK時代考証資料』/文春文庫
NHKの現役のディレクターが、大河ドラマや時代劇における考証で注意したいことを辞典形式で構成したもの。ベースとなっているのはNHK職員向けの資料ながら、ユーモア交じりの解説も多く、一般の歴史好きにも楽しめる内容となっている。続編希望!

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「はたして平安時代の人はキスをしたのか?」
NHKの大河ドラマ「義経」(2005年)の打ち合わせ中に、そんな話題が出たという。時代考証担当のスタッフが調べたところ、平安中期の天台宗の学僧・源信による『往生要集』に「ウ」(「烏」に「欠」を組み合わせた漢字)という言葉が出てくることがわかった。これは「鳥が互いにクチバシを突き合う」意味で、まさしくキスを指す。

《「いはんやウ抱(うほう。ウは前出の「烏」に「欠」を組み合わせた字)(接吻して抱き合うこと)して婬楽せんをや」(岩波書店『日本思想大系 源信』三八頁)。とすると平安時代すでにキスはあったということになる。しかし、九歳で比叡山に入った日本史上屈指の学僧源信はいかにしてこの言葉を知り、わざわざ自著に使ったのだろうか》(大森洋平『考証要集 秘伝! NHK時代考証資料』

私は「アッー!」的な行為が比叡山であったからじゃないかと邪推してしまうのですが、考えすぎでしょうか。

それはともかく、ここに引用した『考証要集』は、NHKで時代考証業務を担当する大森洋平(現在はドラマ番組チーフ・ディレクター)が、もともとNHK職員向けに作成した考証資料を底本に、先ごろ文春文庫から公刊されたものだ(ちなみに表題は、前出の『往生要集』に倣ったものだとか)。

あれ、大河ドラマの時代考証って、歴史学者や考証家の先生がしてるんじゃないの? と思われるかもしれない。いや、それはもちろんそのとおりである。オープニングタイトルにもクレジットされているように、大河ドラマの制作には、時代考証のほか、風俗・建築・医療などの考証のためさまざまな分野から専門家が参加している。

これに対し、NHK内部の考証担当者は、専門家の“守備範囲外”をカバーし、複数の専門分野の“谷間”に生じた疑問に答えるという役目を担っているという。大森ら考証の担当者は、専門家が扱わないような雑学的な知識を大量に仕入れるため、日頃からさまざまなジャンルの本を読んだり、古典芸能や名作映画を鑑賞するなどしている。こうした蓄積が、ときに会議で、学者からドラマの台詞に出てくる言葉に疑問を呈されても、とっさに出典を示して納得させることにつながったりするのだ。

さらにこの仕事に欠かせないのが、僧侶・老舗の主・職人・自衛官などその道の専門家への独自取材である。最近では、戦前・戦中の考証がきわめて重要になっており、あるときなど、ビルマ戦線生き残りの元中尉に戦争映画を見てもらい、考証上の誤りをリストにしたこともあったという。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

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