今注目のアプリ、書籍をレビュー

18世紀イギリスの偉人が「理想の花嫁は自分の頭のなかにしか存在しない」と悟って立てた最低の計画

2014年9月30日 10時00分

ライター情報:辻本力

このエントリーをはてなブックマークに追加

『理想の花嫁と結婚する方法――児童文学作家トマス・デイの奇妙な実験』(ウェンディ・ムーア著、鈴木涼子訳、原書房)

[拡大写真]

理想の花嫁がいなければ、作ってしまえばいいんじゃない?

映画『マイ・フェア・レディ』『プリティ・ウーマン』のように、「理想の女性を作り上げる」といった筋立ての物語は少なくない。もしかしたら、世の男性には、多かれ少なかれ潜在的にそうした欲求があるのかもしれない。とはいえ、それはあくまでフィクションの話。実際にそんなこと……あるんですね、これが。

『理想の花嫁と結婚する方法』の主人公トマス・デイは、奴隷制度廃止論者で、児童文学の先駆けとして知られる18世紀イギリスの偉人だ。自由や人権に関して進歩的な意見を持ち、頭脳明晰で高い教育も受けている。その上、たいへんな資産家。本来であれば、モテモテであってしかるべき男である。しかしデイは、当時の流行にも風習にも無頓着、ようするに、階級に相応しくない行動・言動を繰り返す「変わり者」と見なされていた。

もっとも、世間からズレているとはいえ、自らの力と才能と財産を善行のために使おうというデイは、尊敬を集めるのに十分な「徳の人」であり、興味を持つ女性も少なからずいた。しかし、彼の理想主義は、自分の伴侶となる女性の資質にも向けられた。そして、それが彼を結婚から遠ざける。

デイの考える理想の花嫁像とは、聡明で博識で機知に富み、純粋で清らか、若く美しくたくましい女性であり、農民のようなつましい生活を好み、デイを主人として、教師として、自分より優れた人物として尊敬し、彼の要求や気まぐれに応え、彼の意見や信念に完全に同調してくれる女性ーーということになる。

「無理……」男の私でもそう思う。そんな理想を押し付けられた女性たちは、一時はいい感じになっても、最終的にはみな逃げ腰になり、彼の元から去っていった。まあ、当然である。

そんなデイにも、相手の理想に合わせて、自らを変えようと試みた時期があった。上流階級の文化や、表面的に着飾る風習を「下らない」と憎んでいたにもかかわらず、ある女性のために、頑張って「一般的な洗練された紳士」になろうと努めたのだ。フランスまで出向き、ファッションやらダンスやら社交やらを「自己嫌悪に陥りながら」学んだ。そして「本物のジェントルマン」となって凱旋するのだが……悲しいかな、待っていたのは嘲笑だった。要するに、最新のファッションも紳士的なしぐさも、まったくもってデイに似合っていなかったのだ。

完璧な紳士になるために送りだしたはずのデイが、完璧な愚者となって帰ってきた。

ライター情報

辻本力

編集者・ライター。〈生活と想像力〉をめぐる“ある種の”ライフスタイル・マガジン『生活考察』編集発行。企画立案からインタビューまで、いろいろやります。

URL:「生活考察」編集日記

注目の商品