いま、日本には32万人の風俗嬢がいるそうだ。
函館や那覇、所沢などが人口30万都市なので、そこに住んでいるくらいの人たちが風俗嬢ってことだ。
これはすごいことではないか。
その中のひとりである水嶋かおりんが『風俗で働いたら人生変わったwww』という本を書いた。32万人というデータもこの本に書いてある。
水嶋は、風俗嬢暦15年、現在は風俗嬢の講師も行っていて、また、セックスワーカーが生きやすい社会を作るために日夜活動を続けている。この本はその活動の一貫でもあり、外野の風俗嬢への偏見を払拭し、風俗従事者、これから従事しようと思う者へ心構えや「売れている風俗嬢の思考法」を説いている。
タイトルと違ってとても理路整然と叙事的に書かれているので、読む人を選ばない。
この点においてだけでも、風俗嬢への偏見(失礼ながら、軽いんじゃないかとか教養はそんなにないんじゃないかというような)がひとつなくなるというものだが、注目はその知性の強調が尋常ではなく、本文には「宿痾」「畢竟」「紙幅」「非言語領域」「忸怩」「発話者」「後塵を拝する」「柳暗花明の巷」など妙に画数の多い漢字がたくさん出て来る。それに、例えば、「テレクラで知り合った男とラブホテルに行き、その男のペニスを膣に受け入れることで、三◯◯◯◯円という対価を得た。」(本文P.11)という一文も、簡単にセックスと書かないところに筆者の思いが感じられるではないか。そして、たまに「前向きに、幸せ」となどと書こうものなら、自分で自分に「凡庸な表現!」とツッコミを入れているのである。
風俗嬢は徹底して女を客観視している、と語り、その著作すらとことん自分を俯瞰し続けている人物・水嶋かおりんに実際会ってみたくなったので、インタビューしてみた。

──本を読んで、とてもインテリジェンスのある方だなと思いました。
水嶋「いえいえ、そんな(笑)。
学会などのセックスワーカー調査発表に協力者として一緒に発表させていただくなど、社会学に片足をつっこんではいるものの、私の場合はアカデミックな視点というよりはあくまでも当事者の視点。専門的な学術というのとは違います」
──いやいや、学者の方は頭の中だけで考えるけど、水嶋さんの場合は「非言語コミュニケーション」と本にも書いてありましたが、そちらもお強いでしょうね。
水嶋「そこは職業柄ですね。風俗のお仕事は非言語によるところが多いですから」
──非言語と言語という、右脳と左脳の両方が発達して、うらやましいです。
水嶋「右脳と左脳(笑)」
──私はふだん、演劇やドラマの取材をしていて、水嶋さんの業界に関しては素人ですが、本を読んで、風俗嬢の身体の使い方や、お客さんとのやりとりが俳優に近いように思ったんですよ。
水嶋「すごく近いと思います。
私が考える風俗の定義は『2時間のオペラ』なんです。序章があって、山場には射精があって、最後はどうするのか。その構成を考え、また演じていくのが私たちの仕事です。特に、射精後はゆるりとフェイドアウトするのか、ぷつっとカットアウトするのかとか、いろいろなやり方が考えられるんですよ。そう思うと、けっこうお芝居に近いのではないかと、個人的には思います」
──1時間のコースの間に起承転結が綿密に考えられていると。
水嶋「そうですね」
──演出ですねえ。

水嶋「けっこう演出は大事です。部屋の温度や照明でも感じ方が変わりますし、お客さんが汗をかいているかいないか、呼吸が浅いか深いか、体力があるかないかも考慮します。それこそ年齢も関わってきますし、どんな空気感が一番お客さんにとってリラックスできるのか意識しています。例えば、非現実世界を求めている人だったら非現実世界を作り上げますし、現実や自分を直視したい人だったら、現実的な話題を振ります。お客さん、ひとりひとりによって舞台の内容が変わり、演出方法も変わってくるんです」
──風俗嬢さん独自のやり方があって、その個々のやり方を求めてお客さんが来るのかと思っていましたが、お客さんの好みに風俗嬢さんが合わせていく。
水嶋「それは場合によりけりかもしれません。
脚本をお客さんと二人で作り合うこともあれば、お客さんの方で事先に脚本を準備されていることもあるし、あるいは私のおすすめの脚本を提示することもあったり。その都度いろいろです」
──私に理解しやすいように、話を合わせて芝居に例えてくれている時点で、さすがです。
水嶋「フフフフフ(笑)。前に『欲望という名の電車』に主演した篠井英介さんのトークショーを観たとき、昔の日本の翻訳劇は外人に見せるために鼻をつけたり金髪のカツラをかぶったりしていたが、今は、そういう装飾を削ぎ落として、俳優の雰囲気をそのままでナチュラルにするのがしっくりくるとおしゃっていて、共感したんです。例えば、痴女を求めてくる方がいたからといって、必ずしもステレオタイプな痴女像を提供する必要はない。その嬢に見合ったもっとナチュラルな痴女のあり方というのがあって、そうした無理のない演出の中でお客さん個有のくすぐり部分を見つけていくことこそ、風俗嬢の一番の腕の見せ所じゃないかなと思うんです」
──著書には、理数系のお客さんには数値、文系には擬音で会話と書いてありました。

水嶋「そうそう。おたくの人だったら、アニ声を使って、キャラっぽく『あれ~どうしてこんなになっちゃったのかな~』(可愛いアニメぽい声で)みたいな(笑)」
──すごいすごい(可愛い声に単純に感動)。そのためにはものすごく引き出しがないといけないですね。
水嶋「人によって好みや文化的背景が違うので、男の子マーケティングという視点で、なるべく多彩な男子と会い、趣味や好みを聞いて、それをデータベース化していく感じ。もちろん、そうしたデータベースは万能ではありませんが、様々な種類のお客さんに対しての対策と傾向くらいは掴めるんです」
──15年やっていらっしゃるだけはあります。あとがきにも、いろんなタイプのお客様のことが書いてありました。
水嶋「本文では歴史ある宗教団体に信心している方を接客した時の話なども書いていますが、宗教的な戒律なんかが性的嗜好に大きな影響を与えているということはよくあります。そういったライフスタイルと性の関連性みたいなところに視点を向けると、よりこの仕事を楽しめると思います」
──そんな話を伺うと、風俗とはひじょうに興味深い仕事ですね。
水嶋「いやもうほんと楽しいんですよ(笑)。でも、そういうことが今の社会では、なかなか理解されないので残念です。一生懸命、仕事を突きつめている人たち、あるいは充実感をもって楽しく仕事をしている人たちがいるにもかかわらず、性風俗がメディアで語られる時は、貧困問題の文脈、行き場のない女性たちの悪しきセーフティネットとしてばかりにフォーカスされがちです。それは失礼だとも思っていて……。もちろん、全てのメディアがそうとは言いませんが」
──著書の中にもNHKの女性の貧困ドキュメンタリーについての記述があります。貧困女性が活路を求めて風俗で働くようになるという内容の。あれ、どう思いました?
水嶋「あの番組では“社会福祉は風俗に敗北している”っていう言葉が使われていましたよね。ただ、私は元々、社会福祉は敗北していると思っているので……」
──今更って感じですか?
水嶋「今更って感じです。要するに、一番手を差しのべるべき人に手が届くような社会環境ではないということですね。そもそも、私たちは生まれてこのかた、困った時にどうやって行政にSOSを出したらいいのかってことを教わっていません。それをいきなり、困ったら行政を使いなさいとか社会福祉とつながりなさいと言われても、元々、そのつながり方がわからない。そもそも行政は社会福祉を行う気が本当にあるんだろうか、という疑問をずっともっていました」
──社会福祉に助けてもらえない女性たちが風俗でお金を稼ぎ、部屋を借り、子供を託児所に預けられるという恩恵を受けられるということですが、番組では実際どの程度の生活レベルになったか紹介されていませんでした。風俗嬢にではなく店の経営側にやはり正直偏見もあって、女性の味方といってもウソじゃないかとか疑ってしまいます(笑)。
水嶋「お店のサイトに、寮や託児所があることが明記されてるお店は、安心できるお店です。そういうこともできるだけのベースがあり、福利厚生的概念をもっている会社として評価できると思いますね」
──意識高い系の店?
水嶋「意識高いと思います。基本的にできないことはサイトに書きませんから。ただ、求人でたまに『入店前金』とか書いてあったりして、あれにはまたちょっと別のからくりがあるんですけど」
──最近は意識高い店が増えているんですか?
水嶋「グループ店といって何店舗かもっていて資金的に潤沢なところは、託児所や寮を用意したり、ほかの地域の託児所さんと契約して半分補填するなどの制度を導入しているところがあって、そういうところはわりと健全ですね」
──なるべくそういうところを探さないといけませんね。
水嶋「条件によって、女性の働く充実感は大きく変わってしまうので。なるべくいいお店を紹介してあげたいなと思います」
──紹介のお仕事もしているんですか?
水嶋「まあ、個人的に相談に来ていただければ、ここどう? みたいなことは答えられます(笑)。先ほども申し上げたように、社会へSOSを出す方法も知らず、また知人に相談しようにも、こういう仕事にはまだまだ偏見があって、誰にでも気軽に相談できるものでもない。いま私にできるサポートはやりたいと思っています」
──水嶋さんが、スポークスマンだったり、相談役だったりになりながら、女性に風俗で働く道を広げることで、世の女性が続々と風俗嬢になっていったら、どうなるんでしょうか(笑)。
水嶋「いま、キャバ嬢がなりたい職業ランキングの上位に入っていますからね(笑)。外国の人たちには、『日本はエロい国』と思われています。それこそ日本は、AVも風俗店も多く、性産業が合法なものも多くあるため、セックスワーカーがたくさんいて、社会的地位が高いと思われているんですよ。ところが、実際に調査すると、地位が全然高くないことを驚かれるんです」
──風俗嬢をやれる期間は限られていて、40歳くらいまでとも言われているそうですが、そのあとどうなってしまうんでしょうか? 
水嶋「中には70代まで続ける方もいらっしゃいますし、嬢を辞めて店のスタッフとして会社に残る方もいます。ただし、それができるのはビジネスに対する意識が高い方に限りますが。というのは、嬢によっては、自分が仕事をやっていた頃の栄光を引きずってしまい、引退後、自分よりも売れ始めた子にジェラシーを感じて女性同士のトラブルを起こすことがあるんです。ただ、ちゃんとビジネス的なセンスさえもっていたら、女性のほうが気が利くし、相談役にもなれるし、面接や仕事の講習もできてと、すごくいい先輩になっていけるんです」
──こわい人もいるんですか。
水嶋「いますいます。日本ではないですけど、とある国の女性オーナーなんかは、女の子に休憩もいれずに24時間お客さんを付け続けたりして」
──いじめ?
水嶋「いじめっていうか、使い捨てですね」
──問題がないわけではないが、風俗やっても40過ぎたら引退して、会社に残る選択もあると。
「店が会社組織になっていて、そこの従業員になれば、履歴書に職歴が書けるので、そこから次の会社に移り、一般企業にステップアップしていくこともできなくはないんです」
──風俗嬢から一般企業はいき辛いがーー
水嶋「1回会社に入っておけば、バイトしてました、と書けます。テレアポのバイトとか言えます。ちょっとお客さんの電話を受ければテレアポなので。夜のテレアポみたいな(笑)。知恵がちょっとでもあれば、いくらでもセカンドキャリアに繋げる事ができるんです」
──ソフト風俗でマッサージを覚えるのもいいですね。
水嶋「そうそうそう。ホテルのマッサージの場合は免許がいるので、ソフト風俗で働いている間に、ゆっくり按摩の資格でもとっていただいて。いずれ、東京に疲れたら地方のマッサージに行くなんてのもありですね(笑)」
後編に続く