宣伝会議「編集ライター養成講座 上級コース」の専任講師をやっている。
実践の講座なので、基礎的な知識や考え方は、毎回の課題図書で学んでもらう。

そのなかで多くの受講生に「読んでよかった」と評価された本を紹介しよう。

文章を書くための基礎体力をつけるために読むべき10冊だ。

■野口悠紀雄『「超」文章法』(中公新書)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

プロのライターだからといって名文を書く必要はない。
それ以上に必要なものは、内容だ。
野口悠紀雄『「超」文章法』の第1章のタイトルは“メッセージこそ重要だ”
メッセージというのは「読者にどうしても伝えたい内容」のこと。

そして、
“文章を書く作業の出発点は、メッセージの明確化である”
“文章が成功するかどうかは、八割方メッセージの内容に依存している”
と野口悠紀雄は説く。

メッセージ以外の文章の「見かけ」は二割以下のウェイトしかなく、「化粧」でしかないと記す。

この本は、「どうすればメッセージが見つかるか?」についても丁寧に答えている。
ただしそれは、(当然なのだが)“考え抜くしかない”という身も蓋もないものだ。
“考えぬける環境を整備することが重要”
“対話の過程でメッセージが見つかることも多い”
“自分の専門分野には、メッセージがあるはずだ”
「伝えたいことをどう書くか」、その方法を順序立てて、しっかり伝えてくる。

■本多勝一『日本語の作文技術』(朝日文庫)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

とはいえ、文章の「見かけ」「化粧」にむとんちゃくでいいわけではない。

化粧も、けっこう大切だ。
名文である必要はないが、伝えたいことがしっかり伝わるような文章にするために推敲が必要である。
そのときの基礎となる考えを叩き込むための必読書は、本多勝一『日本語の作文技術』だ。
“目的はただひとつ、読む側にとってわかりやすい文章を書くこと”と断言し、まさに文章技術の基礎論が展開される。
たとえば第二章。
文の修飾・被修飾関係を図解し読みやすく改善する。

凡庸な本なら、この後に「語順に注意しましょう」と警告をつけて終わりだ。
だが、本多勝一はさらに踏み込む。
朝日新聞から同様の例を引いてくる。そして語順をただし論理的な欠陥を修正する。
さらに次章で「では、どうすればわかりやすい語順になるのか」を検証し、たった4つの原則に集約する。
明瞭さ明快さ抜群だ。
これを読んだ後は、世の中にはびこるわかりにくい語順をがんがん正して悦に入ってしまう誘惑に抗えない。
第四章は「句読点のうちかた」
テンの打ち方が圧巻(映画ならはやくもクライマックスという感じ)。
多彩な例文を検証したすえに、登場する原則は二つ。
第一原則 長い修飾語が二つ以上あるとき、その境界にテンをうつ。(重文の境界も同じ原則による。

第二原則 原則的語順が逆順の場合にテンをうつ。
この原則以外は“筆者の考えをテンにたくす場合として、思想の最小限を示す自由なテンがある”が、それ以外は「いいかげんなテン」として成敗される。
もちろん伝えるためにこの規則を乗り越えることも必要だろう。
だが、規則を知らずに無神経な文章を書くのと、規則を知ってここぞというときに規則を超えて使うのでは、まったく効果が違う。
自分の書く文章が伝わりきっていないと感じる人は、何よりも先に読み、習得すべき本だ。

■柴田元幸『翻訳教室』(朝日文庫)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

講座では、迷いながら推敲する過程を見せる「ライブ推敲」という回がある。

赤を入れられて整えられた文章を見て、ふむふむこう書くのかと結果だけを手渡されても、次に書くときに役立たない。
萎縮してしまうだけだ。
どう迷い、どう修正し、ピッタリくる言葉を見つけるまでにどれだけ彷徨ったか。それによって何を発見し、さらにまた修正するのか。
幾度も幾度も言葉や構成を、ぴたりと伝わるように育て上げていく過程そのもの、それが文章を仕上げるときに大切なことだ。
粗雑な文章を書く人は、そういった苦労の仕方をそもそも理解していない。
簡単に正解が見つかると思っているのだ。
柴田元幸『翻訳教室』は、東大文学部の授業「翻訳演習」をテキスト化したもの。
英文を日本語に置き換えていくとき、どのように言葉を選択し、どうやって組み立てるのか、という試行錯誤の過程が再現されている。
英文に“smellとodorで二種類の匂いの単語が使われていて”、どう訳すかという議論になる。
smellとodorの語感について検討し、“まあ、「におい」「におい」ってつながらない方がいいが、さりとて、(……)もう一つを何にするかっていうとなあ。”と柴田先生。
学生が、カタカナの「ニオイ」はどうかと提案する。“臭そうじゃないですか”
“工夫はわかるが、やや人工的な感じがする”ので、どうかなあ。
「匂い」と「香り」でどうかという意見が出て、あれこれ「におい」を表す日本語を検討する。
“「香り」と「におい」のあいだぐらいで、でも「香り」ほど優雅じゃない言葉があるといいんだけどね”と、言葉のひとつひとつを吟味していく楽しさが伝わってくる。
英文をどう訳すか議論していく対話は、文章のリズム、日本語と英語の差、語順の入れ替え方、などなど、さまざまな展開を繰り広げる。
言葉や、読むこと、書くことに興味を持っている人は必読。この授業に疑似参加できるのは至福の喜びになるはず。

■保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』(中公文庫)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

“「小説とは何か?」について、かなりしつこく考えていくつもりだ。なぜなら、「小説を書く」とは、「小説とは何か?」をつねに考えながら進行していくべきものだからだ”という内容で、「小説を書くこと」について、ていねいに、じっくり考え、その考えた過程が記されている本だ。
ライターが書く「記事」と、小説家が書く「小説」は、違う。
違うけれども、「書くということはどういうことか」を考え、考えながら書き続けなければならないという宿命は同じだ。
だから、自分は何を書くのか、自分は何故書くのかを、再び問いなおすための道標として本書を読むべきだ。、

■斎藤美奈子『文章読本さん江』(ちくま文庫)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

膨大な数の「文章読本」を取り上げ、メッタ斬りした本だ。
文章読本でよく出会う教訓を、まとめた項などあまりにも身も蓋もなくて驚く。
たとえば、文章読本が説く五大心得はこうだ。
【その1】わかりやすく書け
【その2】短く書け
【その3】書き出しに気を配れ
【その4】起承転結にのとって書け
【その5】品位をもて
こういった“誰も反論できないように思える理屈にも、落とし穴はある”と、斎藤美奈子はいちいち文句をつける。
たとえば、「わかりやすく書け」という教訓に、こういう問いを投げかける。
“「わかりやすい」かどうかは、たぶん書く人と読む人との関係性によるのである。極端な話、数式や楽譜は「わかりやすく」するために発案された書法である。しかし、わからない人にはわからない。万民にわかりやすい文章など、厳密にはありえないのだ”
本書を読んでおくと、へんな文章技術に惑わされて、とんでもないところに迷い込まなくてすむ。
“文章読本の書き手は、おおむね高学歴で、書くのにひいで、それを生かした職業につくことができ、しかもその道で一定の成功をおさめた人たちである。つまりごく恵まれた衣装をもち、鼻もちならない上流階級の婆さんみたいな人たちだ。そう思えば、有名デザイナーの衣装(文章)を「名文」と称してありがたがるのも、下々の衣装(文章)を「駄文」「悪文」と呼んで平気で小馬鹿にできるのも、主張が少々保守的なのも、小言が鼻につくのも、階級的な性癖として許してやるべきだろう。”
ひょーえー。
隅から隅まで面白い劇薬なので、講座では、最初か、もしくは最後の課題図書にしている。

■永江朗『インタビュー術!』(講談社現代新書)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

インタビューを実践する前の課題本は、これ。
具体事例をもとに、インタビューの心構えから、実践までの具体的なノウハウが詰まっている。
インタビュー本を読むためのガイドブックにもなっている。

■外山滋比古『新エディターシップ』(みすず書房)と菅付雅信『はじめての編集』(アルテスパブリッシング)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

編集に関する課題本は、この2冊。
姿勢と心得を学ぶ『新エディターシップ』と、情報密度の高い編集技術ガイドブックの『はじめての編集』は、ともに超オススメ。

■大西寿男『校正のこころ』(創元社)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

校正については考えるためにはこの本。
二〇年にわたり校正を手がけてきた著者が「校正の役割」「校正の方法」「校正の思想」を解き明かす。
出版とは何か、情報を発信するとはどういうことかを考えるためにも読んでおきたい。

■唐木元『新しい文章力の教室』(インプレス)
プロを目指す文章講座で本当に読まれている必読書10冊

あたらしく出た本で、次シーズンから課題本に入れようと考えているのは、これ。
ニュースサイト「コミックナタリー」初代編集長がやっていた「唐木ゼミ」は、文章なんてぜんぜん書いたことがないという新人社員向けのトレーニング。その内容をベースにしたのがこの本だ。
実際に書き手であると同時に、書くことを教えている人だからこそできるツボをおさえた指南書。

以上、10冊、どれを読んでもおもしろいし、役に立つ。
宣伝会議「編集ライター養成講座 上級コース」シーズン7が2016年02月27日(土)からスタートするので、そちらもぜひ。
(米光一成)