SF設定の担当者が明かす仕事術


『宇宙戦艦ヤマト』の劇場版アニメ映画が公開されてから、今年で40年目になる。もうそんなに経ってしまった。

もともと“ヤマト”は、テレビ放映用にオリジナルのアニメシリーズとして企画された。
当初は全51話に及ぶ壮大な物語として構想されていたというが、1974年に放送を開始してみると、制作者たちの予想に反して視聴率は伸び悩み、結局、規模を縮小して26話で完結することとなった。

テレビ番組的に成功したとは言い難かった“ヤマト”だが、SFファンから熱い支持をうけ、1975年の9月に再放送が始まると、次第に人気はひろがりを見せ、一般層へもその熱狂が伝播していった。ヤマトブームは社会現象ともなり、以後、アニメファンとそれを取り囲む巨大なマーケットを形成する原点ともなった。
「宇宙戦艦ヤマト」の真実。因縁とかスキャンダルより、創作の秘密が凄すぎる

本書『「宇宙戦艦ヤマト」の真実』は、最初の企画立ち上げ時からSF設定担当として深く関わってきた作家の豊田有恒が、その制作の裏舞台について語ったものである。

巷間取りざたされてきたように、『宇宙戦艦ヤマト』には様々な噂話やスキャンダルがついてまわった。その大半はプロデューサー西崎義展の人間性に起因するものだが、本人亡きいま、どこまでが本当のことかはわからない。
西崎の行状についてより深く知りたい方は、2015年に刊行された『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』が詳しいので、そちらを読んでいただくのがいいだろう。

本書は、書名に「〜の真実」などと銘打ってあるので、新たなスキャンダルの真相が書かれているでは? と期待を持たれるかもしれないが、正直言ってそういう要素は少ないし、そんな興味でこの本を読むのはもったいない。それよりも、新しいプロジェクトへ取り組む際に、SF作家の豊田がどんな思考を経てアイデアを生み出していったのか、その仕事術をさらりと公開しているところに、この本の本当の価値がある。

“ヤマト”の物語構造が『西遊記』であること、敵であるガミラス星人の設定の背後にあるもの、長丁場のテレビシリーズを盛り上げるための必然性から生まれたワープ航法のこと……。そういった創作の秘密が、淡々と語られていて、目が釘付けだ。

革つなぎは、濡れると縮むんだな


『宇宙戦艦ヤマト』は、その著作者が誰のものであるかをめぐって法廷闘争にまでなった。
簡単に言えばプロデューサーの西崎と、ビジュアル面のデザインおよびコミカライズを担当した漫画家の松本零士という二者間で争われたわけだが、結果は原告松本の完全敗訴に終わった。

いま振り返ってみれば、『宇宙戦艦ヤマト』はあくまでもその中心に西崎義展がいて、西崎の指示のもとにSF設定の豊田、ビジュアルの松本、他にもメカニックデザインのスタジオぬえ、音楽の宮川泰という各界の優れた才能が集結して作られた作品である。その著作権をプロデューサーが保持しているのは、まあ当然と言えば当然のことだ。

この訴訟の一件で、松本零士は偉大な名前に小さくない傷をつけてしまったわけだが、本書を読むかぎり、豊田が松本へ向ける眼差しは優しい。それは、同じ作品を苦労して作り上げた戦友を労わる気持ちかもしれない。一方、豊田が西崎に対して露骨に批判することはないが、やはり、そこかしこに西崎への嫌味がこぼれ出ていて、そこもまた読みどころではある。


先に「スキャンダルへの興味でこの本を読むのはもったいない」と書いたが、おもしろいので最後にひとつだけエピソードを紹介しよう。

ある日、打ち合わせのために松本零士の家にみんなで集まったときのこと。西崎だけがなかなか来ない。と、そこへ運転手付きのリンカン・コンチネンタルで西崎がやってきた。そこまではまだいい。一流プロデューサーなのだからリムジンくらい乗るだろう。
問題はそのあとだ。

打ち合わせが終わるタイミングで、大型の高級バイクが松本邸の庭に停まった。若い男が運転してきたそれは、西崎が購入したばかりのものだった。ならば自分で乗ってくればいいものを、わざわざ人を雇って持って来させた。つまり、みんなに見せびらかしたかったのだ。そしてライダーの若い男は電車で帰らせ、豊田はリンカンで送ってもらえることになった。
西崎はライダースーツに着替えると、バイクにまたがって帰っていった。

〈ぼくを乗せたリンカンが走り出してから、ものの十分も経たないうちに、一天俄かにかき曇ったかと思うと、いきなり土砂降りの雨になった。ゲリラ豪雨である。下北沢のわが家に着いたときはもう晴れていたが、次に西崎と会ったとき、さんざん、ぼやかれた。
「いやー、酷い目に遭った。きみにリンカンを譲ったはいいが、だしぬけに豪雨になった。
革つなぎは、濡れると縮むんだな。苦しくて、本当に死ぬかと思った」
さすがに、ざまー見ろ、とまでは思わなかったものの、いささか溜飲を下げる思いだった。〉(P.142より)

というわけで、ヤマトシリーズは劇場用アニメ『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』全7章のうち、現在は第三章「純愛編」が公開中である。西崎死すとも“ヤマト”は死なず──。
(とみさわ昭仁)