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三谷幸喜が「真田丸」に賭ける凄い思い。大河ドラマが好きすぎて脚本家になった男

2016年3月20日 10時00分

ライター情報:近藤正高

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自らの書く「真田丸」を家族みんなで観てもらえるよう、三谷幸喜が心がけていることのひとつに「あえて説明しない」というのがある。歴史ドラマではとかく状況説明のセリフやナレーションが多くなりがちだが、あえてそれを控えているというのだ。視聴者にはその分、わからないことがあれば調べたり、小さい子なら親に訊いたりしてもらう。そこから家族の会話は生まれる、と三谷は書く(「朝日新聞」2016年1月14日付夕刊)。

家族みんなで観てもらいたいと三谷が願うのは、彼自身が毎週日曜8時には家族全員で大河ドラマを観ていたからでもある。観ているあいだは電話が鳴らないように受話器を外し、私語も物音を立てるのも禁止した。ビデオがない時代だけに、オンエアに賭ける意気込みはすごかった(前掲)。

放送が終わると、みんなで感想を語り合う。一緒に住んでいた叔父(母の弟)が大の歴史好きで、きょうの話のこの部分がフィクションだとか、あの場面は研究家のあいだではこんな説もあるとか講釈をしてくれたという(『三谷幸喜のありふれた生活3 大河な日日』朝日新聞社)。三谷が歴史好き、大河好きになったのは、この叔父の影響が大きいようだ。

三谷少年が初めて全話を通して観た大河ドラマは、小学5~6年生だった1973年に放送された「国盗り物語」(司馬遼太郎原作、大野靖子脚本)である。あまりにハマりすぎて、自分でパロディマンガ「国盗み物語」を描いたほどだった。

「国盗り物語」は、本能寺の変で織田信長(高橋英樹)を討った明智光秀(近藤正臣)が逃走中に殺されるところで終わる。

《信長が死んで、光秀も死んで、ドラマしか知らない人が見たらすごい中途半端な終わり方。でも歴史とはそういうものなんだ、つねに終わりはなく続いていくものなんだっていう思いを当時すごく感じました》(ステラMOOK 『放送80年 それはラジオからはじまった』NHKサービスセンター)

一番大河に熱中した5年間


大河ファンとしての三谷の“黄金時代”は、1976年の「風と雲と虹と」から「花神」「黄金の日日」「草燃える」「獅子の時代」と続く5年間だった。これは彼の中学から大学時代前半の時期に重なる。

「風と雲と虹と」(海音寺潮五郎原作、福田善之脚本)の最終回が放送された晩、三谷少年は、加藤剛演じる平将門と、その敵役で露口茂の演じる田原藤太を夢遊病のような状態で演じていたと、あとで母親から聞かされたという。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

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