「コスパ」重視の時代にプレミアムエコノミー席が伸びる理由──“疲れない移動”にお金をかける消費者たち
「せっかく旅行に行ったのに、休んだ気がしない。」そんな感覚を抱えたことはないだろうか。

金曜の夜に飛行機に乗り、土曜日と日曜日に遊び、月曜に出社する。
以前は平気だったはずなのに、最近は違う。LCCを利用した翌日は腰が痛い。出張帰りは、なぜか2日くらい頭が働かない。移動しただけなのに、HPがごっそり削られている。

実際、SNSでは「旅行後のほうが疲れている」「移動だけで1日終わる」といった声が珍しくなくなった。特に20~30代は、仕事、SNS、情報過多、副業、キャリア不安などに常にさらされ、気が休まる時間が少ない。

そんな世代にとって、移動はもはや単なる移動ではない。回復を奪うイベントになっている。そして今、世界の航空会社は、その“疲れ”を軽減するための投資を本格化させている。

世界の航空会社は「疲れない移動」を売り始めた

グローバル広告会社のVMLは、この新潮流を「Elevated Economy」と呼んでいる。従来、エコノミークラスは「安さと引き換えに快適さを諦める場所」だった。一方で現在、航空会社はそこを再設計し始めている。

象徴的なのが、ニュージーランド航空の「Skynest」だ。
これは、エコノミークラスの乗客向けに設計された“空飛ぶ睡眠ポッド”である。

航空機「ボーイング787-9」の機内に、上下3段構造・合計6台の簡易ベッドが並び、利用者は4時間単位で予約できる。料金は1回あたり495ニュージーランドドル(約4万3,000円)となっている。ニューヨーク‐オークランド間など、17時間級の超長距離フライト向けに導入される

Skynestのベッドは長さ約203センチメートル、肩の部分の幅は約64センチメートル。大人がしっかり横になれるサイズだ。各ポッドにはメッシュカーテンが付いており、完全個室ではないが、「自分だけの暗い空間」は確保されている。

利用時には、シーツ、枕、毛布に加え、アイマスクや耳栓、靴下、歯ブラシなどが入った「Nestcessities」キットも配布される。USB-Cポート、読書灯、換気システムまで備わり、見た目は“エコノミークラスの一角”というより、小型のカプセルホテルに近い。

しかも、この空間はラグジュアリーさよりも実用性を重視した設計になっている。上段へは小さな階段を登り、中段は腰をずらしながら滑り込む。下段は床すれすれで、少しかがんで入る必要がある。


ニュージーランド航空も公式サイトで、「かがむ、ひざまずく、這う、よじ登る動作が必要になる場合があります」と説明している。

つまりSkynestは、ラグジュアリーさの実現というより、「座ったまま17時間のフライトでは疲れる」という現代人の切実さに寄り添ったサービスなのだ。

ニュージーランド航空「Skynest」

一方、ユナイテッド航空は、「Relax Row」というより実用的なアプローチを採用している。

Relax Rowは、エコノミークラス3席分をまとめて“空のソファ”に変える仕組みだ。各座席のレッグレストが90度近くまで持ち上がり、その上に専用マットレスを敷くことで、ほぼフラットな面ができる。完全なベッドではないが、大人2人と子ども1人が横になれる程度の広さがあるという

さらに専用ブランケット、追加の枕、マットレスパッドが付属し、家族連れにはぬいぐるみやキッズキットも配布される。3つの13インチ4Kモニターと合計8口の電源ポートまで備え、“寝転がって映画を見る”ことまで想定されているのだ。

注目すべきは、このサービスがビジネスクラスの代替を目的としたものではない点である。むしろ、ビジネスクラスを利用するほどの予算はない一方、通常のエコノミークラスでは快適性に物足りなさを感じる利用者を想定したサービスといえる。

ユナイテッド航空「Relax Row」ここで重要なのは、航空会社が「ラグジュアリーさ」を競っているわけではない点だ。彼らが売ろうとしているのは、“消耗しない移動”なのである。


プレミアムエコノミークラスは、もはや“贅沢席”ではない

この流れは数字にも現れている。アメリカの新聞Wall Street Journalによれば、2020年以降、アメリカ国内の航空便のプレミアムエコノミークラスを含むプレミアム座席は27%増加した一方、通常エコノミークラスの増加は10%に留まった。つまり航空会社は今、機材そのものを「より快適」な方向へ作り変えている。

デルタ航空CEOのEd Bastian(エド・バスティアン)氏は、2025年の決算説明会で「プレミアムエコノミークラスをはじめとするプレミアム需要には、なお大きな成長余地がある」と語っている

また、デルタ航空社長のGlen Hauenstein(グレン・ハウエンスタイン)氏も同説明会で、「今後数年間、プレミアム領域にはさらに大きな成長機会がある」と説明した

背景にあるのは、単純な富裕層の需要ではない。むしろ、限られた予算のなかで快適性を重視する消費者の増加だ。人々は、限られた予算のなかで、どこにお金をかけるかを慎重に選ぶようになっている。

ホテル代や食事代は節約する。しかし、「横になることができない移動」だけは避けたいからこそ、プレミアムエコノミークラスにお金をかける。これはかなり現代的な消費感覚である。

Z世代は「ラクしたい」のではなく、「壊れたくない」

この潮流は、日本の若手ビジネスパーソンの価値観とも重なる。

しばしば「Z世代は『コスパ』を重視する傾向が強い」とされる。しかし実際には、すべてを安く済ませたいのではなく、疲労やストレスにつながる部分にはお金をかけたいという価値観に近い。


ノイズキャンセリングイヤホン、サウナ付きホテル、Uber、高級おにぎり、プレミアムエコノミークラス、グリーン車。これらに共通するのは、「見せびらかすためのラグジュアリーさ」ではなく、「自分を雑に扱わないための投資」なのである。

特にZ世代以降は、常に大量の情報にさらされ続けている。SlackやLINE、その他のSNS、絶え間ない通知、ショート動画に囲まれた生活が当たり前になった結果、“何もしない時間”の価値が急激に高まっている。

そのため最近は、「タイパ」が単なる効率化ではなく、心身を回復する時間を確保することにも向けられるようになっている。移動中に睡眠がとれる、静かな空間で過ごせる、疲れを翌日に持ち越さない。それ自体が、人生全体のパフォーマンス向上につながるからだ。

実際、日本でもプレミアムエコノミークラスの需要は増加傾向にある。JALやANAは長距離国際線でプレミアムエコノミークラスを拡充している。

例えば、JALはボーイング787型機に独自開発のエコノミークラス座席「SKY WINDER」を導入している。SKY WINDERは横に8席の配置を維持し、座席の幅を広く確保している。数インチの差だが、10時間超のフライトでは体感の疲れが大きく変わる。


つまり今、人々は「ラグジュアリーさ」を求めているのではない。“翌日にHPを残せるか”を気にしているのである。

安さだけが正義”だった時代が終わり始めている

もちろん、誰もがプレミアムエコノミークラスを気軽に利用できるわけではない。だが重要なのは、「最安値の選択肢」が唯一の正解ではなくなっていることだ。

それまでの消費傾向は、“予算を削れるだけ削る”が美徳だった。夜行バスで節約し、LCCを利用し、多少の疲れは我慢するのが合理的だった。

しかし近年、移動時の快適性は単なる付加価値ではなく、生産性や健康を維持するための要素として捉えられ始めている。移動による疲労や睡眠不足、旅行や出張後のパフォーマンス低下は、その後の仕事や日常生活にも影響を及ぼすためだ。

こうした変化を受け、航空会社が提供しているのは単なる快適性ではない。移動による疲労を軽減し、到着後のコンディションを維持するという新たな価値である。

かつての「贅沢」は、他者に示す価値を持つ消費が中心だった。これに対し、現在は十分な睡眠や移動時の快適性など、自身のコンディションを維持するための消費に価値が移りつつある。


人々が重視しているのは、より豊かな生活というよりも、過度な疲労やストレスを避け、日常のパフォーマンスを維持することなのかもしれない。

文:岡 徳之(Livit
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