◎2003年7月18日 横浜スタジアム
巨人 0 2 0 0 2 0 0 1 0 0 0 = 5
横浜 1 0 0 0 0 0 0 4 0 0 4X= 9
HR(巨人)清原12号 鈴木3号 高橋由14号
(横浜)小田嶋2号
「ホームランは野球の華」とよく言われる。その華の中の華が「サヨナラホームラン」である。
過去、プロ野球でサヨナラホームランは数え切れないほど出ているが、そこに「代打」や「満塁」などの“おまけ”が付くと、印象はより強くなる。時にはその一発で球史に名を残すことも。その好例が、2003年7月に横浜ベイスターズ・小田嶋正邦が巨人戦で打ったサヨナラ弾である。これも“おまけ”の多い一発だった。
小田嶋は東海大学を経て、2001年、ドラフト3巡目で横浜に入団。強肩強打の大型捕手として期待されていたが、1年目の2002年は1軍出場が4試合だけに終わった。2年目の2003年もなかなか1軍での出場機会に恵まれず、出た試合もノーヒット。「何とかアピールしないと……」という思いで迎えたのが7月18日、横浜スタジアムで行われた巨人戦だった。オールスターゲーム明け、シーズン後半戦の初戦である。
この試合、巨人は先発・工藤公康が好投。打線も好調で、清原和博・鈴木尚広・高橋由伸の3発が飛び出し、8回表終了時点で5-1とリード。
この試合、控え捕手としてベンチにいた小田嶋は、ひそかに出番をうかがっていた。延長11回裏、“その時”が訪れる。横浜は二死満塁とサヨナラのチャンスを作り、ここで山下大輔監督はベンチに残っていた小田嶋を代打に送った。アピールするにはまさに千載一遇のチャンス。「打って決めるしかない」。そんな思いで打席へ向かった小田嶋。
ピッチャーは鴨志田貴司。
ただ、皮肉なことにこの一発は、捕手として1軍定着を目指していた小田嶋にとってはマイナスに作用した。山下監督は小田嶋の豪快な一発を見て「これだけの長打力があるなら、代打で使ったほうがいい」と判断。小田嶋を勝負所で代打の切り札として起用するようになったからだ。となると、スタメンでマスクをかぶる機会は自ずと減っていく。5年目の2006年には、持ち前の打力を活かすため内野手に転向。この年、自己最多のホームラン3本を記録したが、オフに仁志敏久との金銭も含めたトレードが成立し、小田嶋は巨人に移籍することになった。
巨人でも内野手として登録された小田嶋は、移籍1年目の2007年に開幕1軍入りを果たす。しかし巨人の選手層は厚く、出場は16試合に終わった。2010年には代打で出場した後、久々にマスクをかぶるシーンもあったが、この年限りで引退を表明。9年間のプロ野球人生で一番の思い出にはもちろん「代打満塁サヨナラホームラン」を挙げた。
ボールを芯でとらえたときの飛距離は素晴らしく、横浜時代は、本塁打王2回のロベルト・ペタジーニ(ヤクルト・巨人・ソフトバンク)をもじって「オダジーニ」と呼ばれていた小田嶋。記憶に残るアーチは、まさにその“飛距離”でも魅せた一発だった。
小田嶋は引退後、巨人のブルペン捕手に転向。その後、スカウトを経て、2024年から巨人の下部組織「ジャイアンツU15ジュニアユース」のスタッフとして少年選手たちを指導している。
<チャッピー加藤>

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