◆家族の物語 感じる哀切
三島賞作家、小野正嗣の、本当に待望の新刊。小野の小説は、ちょっと不思議だ。
片方の乳を出した裸同然の老婆を、語り手の息子は連れてくる。難民とおぼしき妊婦の大きなおなかが揺れているのを目撃する。
文章はシンプル。複雑な技巧が施された文章などない。だが、森や老いや死や生誕を通じて、私たちは、何か大きな存在に触れている。優しいだけのファンタジーの舞台ではなく、難しいだけの抽象的なトポスでもなく、森はそこに存在する。家族は森に含まれている。哀切な感情を読者は禁じえない。
ここに収められた連作は、ちょっと日本では他に書き手の見つからない種類の小説だ。大江健三郎とアゴタ・クリストフが独特の形で融合している、と言えば、たぶん小野は恥ずかしがるだろう。
【書き手】
陣野 俊史
1961年長崎生まれ。文芸評論家、フランス文学者。ロック、ラップなどの音楽・文化論、現代日本文学をめぐる批評活動を行う。最新作に『戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論』(集英社)。その他の著書に『フランス暴動 - 移民法とラップ・フランセ』『じゃがたら』(共に河出書房新社)、『フットボール・エクスプロージョン』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)など。
【初出メディア】
日本経済新聞 2006年7月12日
【書誌情報】
森のはずれで著者:小野 正嗣
出版社:文藝春秋
装丁:単行本(216ページ)
発売日:2006-06-27
ISBN-10:4163249907
ISBN-13:978-4163249902