◆読んで驚愕、衝撃、納得、興奮がやってくる
言葉による圧倒的な力業を堪能できる。物語がどこに向かうのかわからないスリル、知識という土台から繰り出される、強引なのに美しいロジック――。
アリスにはトリックスターとして白うさぎが登場するが、ここには黒猫が登場し、アリスの白うさぎ同様複数の世界をノンシャランと行き来する。
ただし、この小説の冒頭の一文は「きのう第三次世界大戦が始まった。」という不穏きわまりないもので、草の上にすわって退屈している少女から始まる十九世紀のイギリスの作品とは、当然ながら内包するものが大きく異なる。地理的および時間的なレンジも、国や子供や宗教のとらえ方も。
「平穏維持隊」の一員として遠征し、飢餓に苦しみながら「アジアとヨーロッパの裂け目」をさまよい歩く日本人兵士が、まずでてくる。村社会の暴力によって母親を殺された少女もでてくるし(「それはもういいんだ。」と少女は思う。「襲われる母親、食われる母親。」でも、「あたし、それはもういいんだ。」と、たった一人で筏(いかだ)に乗って湖を渡りながら)、強欲な企業のせいで無残な死に方をした兄の頭部と感触が似ている、という理由で南瓜(かぼちゃ)を持ち歩く少年もでてくる。しかも彼らは人魚の肉をたべることによって人間の時間の外にでているので、果てしなく生き続ける。たべた時点での容姿のまま、何百歳とか、千何百何十歳とか。
一方、戦時下とはいえ日本国内の人々の日常は続いていて、平和/平穏を希求して(あるいはそのプロパガンダとして)平安時代をテーマとした大型アミューズメントパークが造られていたりする。そこでは加沙間衣葉(かさまいは)という女性がダンサー兼場内スタッフとして働いている。
たくさんの史実が織り込まれている。「政争の具」としての仏教や漢字の伝来、高句麗からの使者や大和朝廷の近江遷都や、桓武天皇やその弟や、聖徳太子や平清盛や、戦争レクイエムを作曲したイギリス人作曲家や、薩英戦争や第二次世界大戦や。
どんな土地にも歴史は堆積(たいせき)しているのだし、堆積したそれは無数の物語を孕(はら)み、どこにも行かずそこに在り続ける。まるで噴火を(あるいは適切な書き手を)待つ地下エネルギーみたいに。
この小説のなかで、エネルギーは湖にも、というより湖にこそたっぷりと充満している。そしてあらゆる空洞――埴輪(はにわ)のなかとか着ぐるみのなかとか、全千巻ある「全世界を集めようとしている」書物の巻の欠けとか、「具体的な土中の空間」である将軍塚とか――を通っていまここ(だと私たちが信じている世界)に浸潤してくる。
古川日出男の書くものがいつもそうであるように、この小説も小説自体にほとんど自然発生したような生命力があり、鮮烈なイメージが血液みたいに脈打っている。それはたとえば一つの肉体が二つにちぎれてできた姉妹だったり、小学校で「きゃあきゃあと鳴り号(さけ)んだ」り疾走したり、跳ねたり旋回したりする子供たち、その「動作の同調」という「ワイルドでクレイジーな情景」だったりし、読むだに胸躍るのだし、野生の猪(いのしし)が家畜化して豚(になりかけの生きもの)になり、その豚(になりかけの生きもの)たちが人間の攻撃から逃げて次々と湖に飛び込み(この場面はほんとうに圧巻)、その結果生じる「幻怪の生きもの」だったり、アミューズメントパークのダンサーたちの、「切れが切れに切れる」踊りだったりもして、びっくりする。人間に先だって遷都先に移住したたくさんのねずみだったり、着ぐるみを脱いだときに出現する“無”だったりもする。
ただ、アリスを含め、本というのは普通、読み手が物語のなかに入っていくものなのに、『夏迷宮』の場合、物語の方がこちらにやってくる。にぎやかに、ほとんど不老不死の身体で。パンドラの箱をあけてしまったみたいな本だと言えよう。
【書き手】
江國 香織
1964年、東京生まれ。1987年「草之丞の話」で毎日新聞社主催「小さな童話」大賞を受賞。89年「409ラドクリフ」でフェミナ賞。『こうばしい日々』で91年産経児童出版文化賞、92年坪田譲治文学賞。同年『きらきらひかる』で紫式部文学賞。99年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、02年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞、07年『がらくた』で島清恋愛文学賞、10年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、15年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。
【初出メディア】
毎日新聞 2026年8月1日
【書誌情報】
夏迷宮著者:古川 日出男
出版社:講談社
装丁:単行本(400ページ)
発売日:2026-04-23
ISBN-10:4065431751
ISBN-13:978-4065431757