ネット上での激しいバッシングに直面したとき、皇族方は何を思い、耐え忍んでいるのでしょうか。

紀子さまの「心穏やかに過ごすことが難しい」という告白を受け、秋篠宮さまが記者会見で口にされたのは、あまりにも切実な言葉でした。


本記事は『日本人にとって皇室とは何か』(島田裕巳/プレジデント社)より一部を抜粋・編集し、特別視される陰で忘れられがちな「一人の人間」としての皇族の苦悩と、メディア報道のあり方について考えます。

■答えにくい質問も含まれる皇族の記者会見
秋篠宮文仁皇嗣は、59歳を迎えるのに先立って2024年11月25日に記者会見を行った。その内容はさまざまな波紋を生むことになった。

記者会見では、記者からの質問を受けるわけで、なかには答えにくい質問も含まれている。

たとえば、愛子内親王の成年にあたっての記者会見のとき、記者からは、結婚についてどのように考えるのか、理想の時期やパートナー像はあるのかと聞かれ、さらには、「小室眞子さんの結婚の経緯をどのように受け止められましたか」とも問われている。

これは立場上答えにくい質問と思われるが、愛子内親王は、「眞子さんの結婚の経緯につきましては、朝見の儀や納采の儀などの儀式を行わない運びとなったのは、天皇陛下や秋篠宮皇嗣殿下の御判断によるものとうかがっておりますので、私から発言することは控えさせていただきたいと思います」と、直接には答えなかった。

ただその後に、「眞子さんは、私の十歳年上でございますので、物心付いたときにはすでに頼りになるお姉様のような存在で、周りを見渡し、自ら率先してお手伝いをされる姿がとくに印象に残っております」と付け加え、赤坂御所の庭で遊んだり、ゲームをしたりしたことは楽しく、「私の眞子さんとの大切な思い出でございます」と、小室眞子氏との関係が良好なものであったことを伝えていた。

その小室眞子氏の父親である秋篠宮は、記者会見で二つ波紋を呼ぶ発言をしている。

■秋篠宮が語った「生身の人間」という言葉の重さ
一つは女性宮家の創設に関することで、その制度について発言することは控えるとした上で、「該当する皇族は生身の人間なわけで、その人たちがそれによってどういう状況になるのか、そのことについて私は、少なくとも、そういう人たちを生活や仕事の面でサポートする宮内庁のしかるべき人たちは、その人たちがどういう考えを持っているかということを理解して、若しくは知っておく必要があるのではないかと思っております」と述べていた。

この発言に対しては、12月12日の定例会見で、宮内庁の西村泰彦長官が「殿下のおっしゃったことはまさにそのとおりで、宮内庁の職員として心しておかなければいけないことだと思う。十分にお話をうかがう機会がなかったと反省している」と述べ、今後、率先してそうした機会を持つよう努力したいとしていた。

秋篠宮の発言にある「生身の人間」という言葉は、とくに印象に残るものであった。


皇族といえば特別視されるが、戦後においては神につらなる存在とみなされているわけではない。だが、そうしたとらえ方はどこかにまだ残っていて、皇族を一人の人間としてとらえる見方はとかく忘れられがちである。

■秋篠宮家へのバッシングをどう受け止めるか
もう一つ波紋を呼んだのが、秋篠宮家に対するバッシングにかかわることである。

これは、秋篠宮の紀子皇嗣妃が、9月11日の誕生日に宮内記者会からの質問に文書で答えたもののなかに出てくるのだが、「ネット上でのバッシングをどのように受け止めているか」という質問に対する答えで、紀子皇嗣妃は、「ネット上でのバッシングによって、辛い思いをしている人が多くいるのではないかと案じています。私たち家族がこうした状況に直面したときには、心穏やかに過ごすことが難しく、思い悩むことがあります」と記していた。

このことを踏まえ、秋篠宮に対しては、紀子皇嗣妃の言葉をどう受け止めるかが問われた。

秋篠宮はそれに対して、「その中でのバッシング情報というのは、これは第三者と当事者では恐らく意味合いが異なってくるように思います。当事者的に見るとバッシング情報というよりも、いじめ的情報と感じるのではないかと思います」と答えている。

■メディアに躍る「国民を敵に回す覚悟を」という表現
ここで「いじめ」という言葉が使われたことが注目された。

『週刊文春』の記事のなかで、皇室の問題に詳しいという河西秀哉名古屋大学大学院准教授は、それが「ある種、ある一部の国民を敵に回す覚悟を持った賭けだったようにも感じる」と評していた。

河西准教授は慎重な態度をとっているのだと思われるが、週刊誌の見出しでは、「国民を敵に回す覚悟を」という言葉が躍っており、見出しだけを見た人々の印象はかなり違うものになったのではないかと想像される。

ここで、バッシングとかいじめと言われていることは、眞子氏の結婚をめぐる報道のことをさしているわけだが、それは相当に執拗なもので、現在までそれが続いていることは否定できない。


そのなかには正しい情報と間違った情報が含まれているが、たとえ間違った情報が発せられたとしても、皇族の場合、一般の国民とは異なり、名誉毀損で裁判に訴えることはできない。

本来なら政府が皇族に代わって対処すべきことなのだが、この問題に対して政府が対処したり、何らかの対策を施したりしたことはない。

そこに、秋篠宮の記者会見でそういった発言が出てくる一つの原因がある。
この書籍の執筆者:島田裕巳 プロフィール
1953年、東京都生まれ。宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了(宗教学専攻)。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、東京女子大学非常勤講師を歴任。現代における宗教現象、新宗教運動、世界の宗教、葬式を中心とした冠婚葬祭など、宗教現象について幅広く扱う。
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