「中傷動画」「サナエトークン」騒動でわかる安直な“疑惑”製造...の画像はこちら >>



 



 



 タイトル通りである。「モリカケ問題」や「統一教会問題」と同じパターンだ。

近年の日本のマスコミ、インフルエンサー、野党政治家たちは、世間で評判の悪いAとBの間に何かの“接点”ーー単に一緒に記念写真を撮るとか、同じパーティに出席するだけでも“接点”だと言われるーーがあると知られると、「やはりAとBはズブズブの関係だと明らかになった」と断言する。それだけにとどまらず、Aが何か不祥事を起こしていたことが明らかになると、Bも共謀していたことにされる。そういう調子でズブズブ↦共犯関係を認定していたら、自民党のような、様々な団体といろんなレベルで接点を持っている政権政党は、常に真っ黒になってしまう。



 中傷動画騒ぎが大きくなったきっかけは、高市総理が秘書を通じて、昨年の自民党総裁選や今年二月の総選挙で、対立候補や野党候補を誹謗する中傷動画を投稿した、という週刊文春の四月末の記事だ。中道改革連合や共産党などが、この記事と、自分が動画を作成したと名乗り出たIT実業家松井健氏の証言を根拠に、動画作成を依頼したとされる高市氏の秘書を国会で証言させろなどと主張し、政治問題化させた。ただ、そうやって“中傷動画”に注目が集まったものの、肝心の中傷動画がどういうものか全く特定されず、実際にそれを見たという人さえいない。



 そこで文春が、動画作成者とされる人物と当該の秘書のオンライン会議でのやり取りの音声情報があると主張したが、有料の限定公開であり、音声の一部だけ切り取られているため、本人なのかはっきり確認できないうえ、中傷動画の作成を依頼する話の流れでの発言なのかはっきりしなかった。高市氏の秘書が問題の松井氏と何回かオンライン上で会った可能性があることは、秘書自身が認めている。しかし、文春が出した音声は、中傷動画作成を依頼したとされるのとは別のセッションのやり取りの音声を複製したものではないか、との指摘もある。だとすると、松井氏や文春の主張が根底から揺らいでくる。



 野党や反高市の人達は、動画作成を自供した人物と高市氏の秘書が「接点」を持ったこと自体が疑わしいので説明責任があると主張する。それが当然だと思っている人もいるようだが、そういう人は証拠に基づく論証がどういうものか全く分かってない。

少なくとも、①中傷動画の実在が確認され、②それが松井氏によって作成されたことも証拠によって確認され、③秘書が中傷動画の作成を依頼したとされる会合の時期とどのようなやり取りで依頼がなされたか特定されているーーくらいの前提がないと、首相自身が反証しなければならない疑惑とは言えない。この場合、①が見当たらないのだから、本人が何を言おうと②が成立しているとは言えず、③についても、文春が、依頼があったとされる会合全体の音声データを公開していないのだから、証拠とは言えない。



  



 松井氏が私が作りましたと証言しているものの、実物はどこにも見当たらないし、本人から作ったという証拠も提出されていない。高市氏の疑惑が更に深まったと言っている人達は、実行犯だと“自供”している人物が、自分がそれを作ったという具体的な証拠を示そうとしないことを疑問に思わないのだろうか?



 中傷動画が決め手に欠くと分かって、今度はこれと関連する「サナエトークン(SANAE TOKEN)」問題がクローズアップされた。「サナエトークン」とは、YouTubeチャンネルの運営会社No Border(溝口勇児社長)を発行元とする仮想通貨で、松井氏もその開発に関与したとされている。「サナエ」という名称からいかにも高市首相が運営に関与しているか、少なくとも、推奨しているように思われがちだが、どのような名称を付けるかは、発行元の自由である。日本の政治を代表する存在である総理大臣は、自分の名前が何かのプロジェクト名に使われても、主催者であるかのような誤解を招くような使い方でない限り、いちいち抗議してやめさせるわけにはいかないだろう。



 No Borderも、特に高市氏が直接関与していると匂わせているわけではない。No Borderが作成した宣伝用のHP――https://japanisbacksanaet.jp/about.html――を見ると、新しいメディアを使って新しい政治の国民の声を集め、政治に届け、変革する取り組み〈JAPAN IS BACK〉―プロジェクトの一環として、貢献してくれた人にこのトークンを付与することなどを謳っている。



 この「サナエトークン」については、三月の時点で、高市首相が、自分は運営に関わっていないと明言したため、価値が急落し、No Borderは取引中止を発表した。これでいったん終わった感じになっていたが、中傷動画問題に関連して、再びクローズアップされた。松井氏が両方に“関わっている”ので、やはり高市氏が「サナエトークン」に関わっていたのではないか、との疑惑が再浮上した。

高市氏の秘書が松井氏とオンライン上で会っていたとされるのが、No Border主催の勉強会だったこともあって、やはり…という印象を持った人も多いだろう。



 ただ、そうやって“繋がった”からといって、当該の秘書中傷動画を依頼したという証拠にはならないし、「サナエトークン」に高市氏自身が関与して利益を得ようとした、という証拠にもならない。高市氏に関わる二つの怪しい出来事を繋ぐ二人の企業家の存在がクローズアップされただけだ。怪しいという印象は増すが、直接的な証拠ではない。



 高市氏が七月二十二日国会に提出した秘書の陳述書ーーその全文は東京新聞や産経新聞のサイトに掲載されているーーによると、秘書は、昨年秋の自民党の総裁選の時に、勝手連的に高市氏を応援してくれるという人たちとのオンライン会議に参加したが、中傷動画を作るという話は聞いていない。これと別に今年三月に、No Borderとのオンライン会議に参加し、プロジェクトの参加者にポイントを付与するという話は聞いたが、それが仮想通貨とは知らされなかった、という。



 秘書の陳述を無条件に信じるわけにはいかないが、筋は通っている。首相の秘書を味方に引き込むために、差しさわりのない話だけし、ヤバイことは、高市氏の思惑を勝手に忖度して実行し、合意があったという既成事実にしてしまうというのはありそうなことだ。



 



 どちらの件にも高市氏が関わっていたと疑う人達は、だったらどうして、松井氏が自分に不利になる中傷動画作成の証言をしたのか、彼に何の利益がある、と言うのだろう。ただ、それとは別の物語を描くこともできる。仮想通貨サナエトークンで儲けてやろうとした松井氏が、高市首相の否定発言がきっかけで全てがダメになり、ヤケになって、自分たちを“切った”高市氏に報復すると共に、高市氏の名前を出して騒ぎを大きくし、自分の責任を相対化しよう、あわよくば、英雄になり、盛り返そうとしたと見ることもできようーー周知のように、森友学園問題についても、こういうストーリーではなかったかと指摘されている。



 私は、松井氏たちがヤケになって大騒ぎして高市首相を巻きこもうとしたというストーリーが完全に正しいと確信しているわけではない。

松井氏絡みの怪しい人達と、秘書が少なくとも二回はオンラインで会っていることや、高市氏が当初、秘書は動画作成者とされる人と面識はないと主張していたのに、途中で、同じオンライン会議で会った可能性を認め、答弁を訂正したのも、何かおかしな感じはする。実際に中傷動画を依頼したか、サナエトークンに直接関わっていたかは別として、付き合ってはいけない人達と付き合ってしまった、と思って、適当に辻褄合わせしたのではないか?そうした疑問は残る。



 高市氏は、関わっていけなさそうなことに関わってしまった、と“気付い”て、白々しいことを言う傾向があると私も思う。世界日報の取材を何度も受けながら、統一教会系だと知りませんでした、と言っていたが、明らかに嘘だ。どんなメディアか調べないで、取材を受ける政治家などいない。曖昧な点があるので、巻き込まれたのか、ある程度主体的に関わってしまったのか。二通りの物語を描くことができる。どっちが真実に近いか分からない。



 しかし、今回は肝心の「中傷動画」が出てこないし、サナエトークンに高市事務所の関係者が出資するなど、金銭の授受があったという証拠もない以上、「高市氏が率直に答弁していない」ことを指摘することしかできない。本格的疑惑として追及するには、具体的な物証が必要だが、文春も野党も、自らそれを見つけ出す遺志も能力もなさそうだーー文春は中傷動画問題の更なる証拠を示さず、捏造疑惑に答えていない。だったら、ここでいったん終わりにし、見通しが甘かったことを反省すべきだ。



 人間は、自分が悪い印象を抱いている人間に関する疑惑の物語を語られると信じたくなる。

その物語に合致している証拠らしきものが出て来ると、「証明された!」と叫びたくなる。真実を知った気持ちになりたくなる。安易に叫んでしまうと、自分が、敵を追い詰めるストーリーを裏付ける証拠と思っていたものが、大した証拠価値がなかったと認めたくなくなる。単に面識があったとか、一緒に写真を撮った、メールやラインのやりとりをしたとかを「接点」と呼び、それらがいくつか繋がりそうだ(という声がマスコミやネットで拡がる)と、自分のストーリーが証明されたことにしたくなる。



 高市政権に反対する左派勢力やマスコミは、すぐに「=」で繋いで思考にはまってしまっている。それによって統一教会を解散に追い込んだわけだが、その結果、教団と自民党の間に大した繋がりがなかったことが明らかになりつつある。そのせいもあって、陰謀論的なストーリーによる攻撃はかえってやりにくくなっている。保守派はストーリーを完結させないように、曖昧な所を突いてくる。“闇の支配者”はもういない。



 「=」を証明するはっきりした証拠がない限り、どんな面白いストーリーも単なるストーリーにすぎない。自分たちに都合いいストーリーを拡散しても、誰かが都合よく動かぬ証拠を持って来てくれるわけではない。



 



文:仲正昌樹

編集部おすすめ