注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部ま...の画像はこちら >>



Text by 北原千恵美
Text by ISO
Text by 生田綾



1960年に公開された東宝特撮の伝説的な映画『ガス人間第一号』をリブートするNetflixシリーズ『ガス人間』が、7月2日より全世界で独占配信された。小栗旬、蒼井優、広瀬すずら豪華キャストが出演し、監督は『ガンニバル』の片山慎三、脚本・エグゼクティブプロデューサーを『新感染 ファイナル・エクスプレス』のヨン・サンホが手がけている。



Netflixと東宝が初めてタッグを組んで送り出すオリジナルシリーズの1作目でもあり、今年配信される日本の作品のなかでも、ひときわ注目が集まる一作と言えるだろう。SFスリラー作品でありながら、「ガス人間」という未曾有の恐怖を前に社会が混乱していく様子や、それを利用しようとする政治家の姿も描かれており、重厚な社会派サスペンスにもなっている。



日韓クリエイターによる脚本づくり、大規模なアクションシーン、『ゴジラ-1.0』でアカデミー賞視覚効果賞を受賞した白組らVFXチームが1年半以上かけて追求した「ガス人間」のビジュアルなど、本作の制作背景を片山監督にたっぷり聞いた。



—監督は『第26回釜山国際映画祭』でヨン・サンホさんとトークセッションをされた際に、ヨンさんについて「いまの日本にはいない、いまの日本に一番必要なタイプの監督」だと語られていました。今回はそのヨンさんがリュ・ヨンジェさんとともに脚本を手がけていますが、実際に脚本会議に参加し、出来上がった脚本を見て、「脚本家としての強みをどのように感じましたか?



片山慎三(以下、片山):まずはストーリーラインの描きかたにすごく驚きがありますよね。キャラクターの心情に寄り添いすぎることをせず、劇的な展開を入れることで、とにかく観ている人を驚かせ、楽しませようとしている。そのための発想がとても豊かで、脚本を読みながらあらためて感心させられました。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作

片山慎三



—「ここは日本の脚本家とは少し違う発想かもしれない」と思った部分はありましたか?



片山:やはり自分でも映像をつくっている人なので、アイデアがすごく具体的なんです。そしてそのアイデアには良い意味で遠慮がない。日本の脚本家の場合、予算面や撮影面での難易度から「これはできないだろう」と思うようなことは、最初からあまり言わないところがあると思うんです。でもヨンさんは、お金がかかりそうなことでも構わず提案してくる。それは日本の脚本家にはない部分かもしれないなと感じました。



—片山監督も脚本合宿に参加して、ヨンさんたちといろいろ話し合いをされたとか。



片山:脚本合宿では、主にディテールについて検討していきました。二日間にわたり、みっちり時間をかけて話し合いましたね。とりわけ、日本と韓国の文化の差について。脚本に書かれていることが韓国では当たり前でも、日本ではそうではないことがある。そういった違いをどう調整していくか。そして終盤のシーンをどう盛り上げていくか、ということも話しました。



僕自身としては、キャラクターがどう心情を変化させていくか、といった整理をしていきたいと考えていて。そうすると、ヨンさんが実際にそのシーンを演じてくれるんですよ。一人で複数人を演じながら、「ここでこう言って」と目の前でわかるように情熱的に実演してくれる。またお芝居が上手で、それがすごく面白かったですね。



そして話し合いのなかで、人物像や展開、セリフなどのアイデアもたくさん出してくれる。

こちらも作り手なので、具体的な案が出てくると反応しやすくて、そのアイデアに「それは違うかも…」となったときもヨンさんは快く別のアイデアを出してくれる。気兼ねなく意見を交換できる時間で、とても刺激的でしたし、この人が付いてくれるというのは監督する身としても非常に心強く感じました。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作



—ちなみに、作中ではサザンオールスターズの“いとしのエリー”が重要な役割を果たしますが、あの楽曲は誰の案なんでしょうか?



片山:もともと共同脚本家のリュ・ヨンジェさんがサザンオールスターズさんの大ファンで、脚本に「サザンオールスターズの曲」とだけ書かれていたんです。それでどの曲にしようかとなったときに、“いとしのエリー”でいこうとヨンさんと判断して、音楽サイドのみなさんにも許可をいただきました。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作



—『ガス人間』には政治やメディア、ネットの反応などの描きかたに「現在の日本の空気」が込められているように感じました。日本の文化や社会の感覚に合わせて、具体的にどう脚本を調整していったのでしょうか。



片山:まずは刑事と記者の関わり方ですよね。脚本には刑事が記者に電話していろいろと情報を与えるとか、恋愛関係に発展するとかも描かれているんです。でも日本について調べると、そういうことは基本的にご法度とされている。それが許されないということは、日本の物語にするうえでかなり強調した部分ではありました。また、社会や政治的な部分に関してはもとの脚本にもかなり盛り込まれていたので、それが日本に当てはまるよう私の方で調整するといったことはしたと思います。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作



片山:そして台詞もですね。

日本語は割と遠回しに伝えることが多いと思いますが、韓国語で書かれた脚本をそのまま直訳すると、あまりにダイレクトに言っているように聞こえる台詞がある。それを自然な日本のコミュニケーションに落とし込むとどうなるのか、ということは考えました。



あとはガス人間の設定やルールについて。最初の脚本では、後半で新たなルールが出てくるというようなことがあったんですが、そういうことがないようにしたいと考えて進めていきました。よく韓国ドラマでは「確実に死んだはずの人がじつは生きている」みたいな展開があるじゃないですか。それまで積み重ねてきたことがあるとしても、「こうしたほうが盛り上がるよね」ということを優先する発想といいますか。それは良くも悪くも日本の脚本にはあまりない。もちろんそういうものばかりではないし、『ガス人間』でそういうシーンがあったわけではないのですが、設定を一貫させることは意識していました。



—本作の企画が発表された際、ヨンさんとの対談で「現代の日本社会が持っている力の強い者と弱い者の関係性といったような社会情勢もきちんと描いていきたい」と語られていましたね。監督の『岬の兄妹』や『ガンニバル』といった作品でも、弱い立場にいる人々を見つめる視点があったと感じますが、「ガス人間」においてその視点はどのように表れたと考えていますか?



片山:「ガス人間」では物語が進むにつれて、主人公である賢治や京子の過去が現れていきますよね。特に京子の過去については、立場の弱い人間が利用されていたというふうに描いているので、そこはいままで私がつくってきた作品と類似する部分があると思っています。



ただ、今回はファンタジーではありますよね。

「こんなこと本当にあるかな?」と思うようなファンタジー性はあるけれど、描いていることは現実的なものにしたかった。そのほうが受け入れられるじゃないですか。とはいえガス人間の存在する世界ということで、少し現実と離れている方が楽しめるかもしれないなと思って、かれらの過去を描くうえでは少し誇張をしている部分もあったり。そこはバランスを見ながらつくっていきました。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作



—片山監督は以前の作品で「予定調和は好きではない」と話されていました。ただ「ガス人間」はVFXや大規模アクションなど緻密な準備が不可欠な作品です。綿密に設計しなければ成立しない現場で、「予定調和ではない生っぽさ」をどう残したのでしょうか?



片山:おっしゃるように、アクションシーンや序盤の山場である第3話のカーチェイスなどはやることがある程度決まっているので、絵コンテも描きますし、撮影方法やアングルチェックも綿密に行います。だからこそ、そうではない部分に自分の遊び心のようなものが入っていくといいなと思っていました。チャンスがあれば、そういう要素を取り入れるようにしていましたね。



たとえば、合間合間に少し変わったキャラクターが出てきたり、スッポンレースがあったり(第3話)、ボウリングのシーンがあったりする(第5話)。主人公たちを正面から追うだけではなく、物語の中心ではない人たちにふっと視点が移って、そこに主要人物たちが入ってくるような場面もある。そういう部分はかなり意識して入れています。



最終話で警察署から事件現場へ出ていく場面で、一瞬ですが受付にいる男性と女性が喋っているところがあります。ああいうところは、現場で思いついて「やってみようかな」と取り入れたものです。また、第3話のカーアクションで車がひっくり返る場面がありますが、手前でヨガをやっていて、奥に車が飛んでくる、というワンカットがあります。あれもロケハンに行ったときに「ここでヨガをしていて、窓の外に車が飛んできたら面白いんじゃないか」と考えて取り入れました。そういうふうに、都度思いついたものを入れた場面はいくつかありますね。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作



—第4話では、それまで物語の中心から少し距離を置いていた、広瀬すずさんと林遣都さん演じる兄妹の視点に変わり、物語を大きく動かしていきます。作品全体のリズムも大きく変わる回だと思いますが、中盤であえて主人公たちから離れるような構成を成立させるうえで、どのようなことを意識されましたか?



片山:そのパートは全然違うトーンで描きたいなと思っていたんです。別の監督が撮っているのかな、と思うくらいに雰囲気が変わる回になればいいなと。広瀬すずさんと林遣都さんはもちろん本物の兄妹ではないので、どうすれば本物らしく見えるかはお二人の芝居から考えるようにしました。たとえば二人が喧嘩をする場面では、叫び合うくらいのテンションでやったほうがいいだろうというように。そうした芝居のトーンも含めて、日常のなかにある二人の関係性にいい空気感が流れるように意識していました。



じつは、第4話は自分でも一番気に入っている回なんです。

楽しく感じられるような遊び心も入れられたし、兄妹二人が、いままで知らなかった世界を旅していくような話にしたかった。そこはうまくいったんじゃないかなと思います。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作



—「別の監督が撮っているような雰囲気」を、具体的にはどのようにつくっていったのでしょうか?



片山:撮りかたでいえば、冒頭から割と長回しで撮ったりしました。あとはキャラクターもそうですね。途中で出てくるゴロ監督(髙嶋政宏)やホストの謙太(賀来賢人)といったキャラクターたちの個性をしっかりと際立たせる。みんなどこか変じゃないですか。そうすることで、それまでのトーンとは違うシュールなコメディのような感じにできればと思いました。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作

『ガス人間』キービジュアル



—『ガンニバル』もスケール感のあるシリーズでしたが、本作は都市部が舞台となっていることで、撮影の条件や難しさは大きく違ったのではないかと思います。Netflixと東宝のタッグによる体制だからこそ実現できたことも多かったと思いますが、今回の撮影で最もチャレンジングだった場面はどこでしたか?



片山:第3話の東京駅でのシーンの前に繰り広げられた、北九州の若戸大橋を封鎖して撮影したカーアクションシーンですね。カーアクション自体はやったことがありましたが、あれだけ長い尺は経験がなかったので、どうすれば面白くなるのかをかなり研究しました。実際に橋を封鎖して夜中に撮影したんですが、見せかたについていろいろなアイデアを考えたんです。最初は車の外から追いかけていたカメラが、車の中に入っていく。さらに橋の上で、ガス人間が車内に入り込もうとして暴れる。そういう動きをどう組み立てるかを考えるのは、すごくチャレンジングでした。



カーアクションをいろいろ見ていると、特にハリウッド作品や海外作品は、やっぱりアイデアが大事なんですよね。ただ車がぶつかるだけでは面白くならない。車を逆走させるとか、何かしらのアイデアを入れていかないと面白くならないんだと気づかされました。それで、自分たちには何ができるのかをいろいろ考えていきました。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作



—大規模なアクションはヨン・サンホさんも得意とされている分野かと思いますが、その点については何かお話をされたんですか。



片山:そこについてはあまり話していないですね。というのもカーアクションについては、もとの脚本から私が膨らませた部分が大きいので。むしろヨンさんとはガス人間のありかた、たとえばどういうふうに気体から人間に変わっていくのかというような部分について話すことが多かったと思います。



—たしかにガス人間のビジュアルやVFXには、これまでのドラマシリーズでは観たことのないこだわりを感じました。まず漫画家・石江八さんにコンセプトアートを書いてもらい、その後VFX制作会社のScanline VFX/Eyeline、そして『ゴジラ-1.0』でアカデミー賞の視覚効果賞を獲得した白組へと引き継いでいくかたちで作られていったそうですね。ガスという実体を持たない存在を、エフェクトではなく「そこにいる人物」として感じさせるために、片山監督はどのように考え、つくりあげていったのでしょうか?



片山:最初に考えたのは「もし本当に人がガスになるとしたら、どういうふうになるだろう」ということでした。そう想像すると、まず皮膚からガスになって、肉がガスになって、骨がガスになっていく。外側から徐々になっていく過程を見せたいなと考えたんです。あとは「ガスの重さ」ですね。身体から出ていく気体が軽くてすぐ空気に馴染むというより、少し重みのある、クリーミーな感じのガスが良いんじゃないかと最初に思いました。



それから、石像からガスになる場面もありますよね。そこではまず涙が落ちて、煙が出て、ひび割れていく。そのアイデアはコンセプトアートを作っているときにいただいたものだったので、そこはすごく大事にしようと思っていました。



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漫画家・石江八による、石像からガス人間になる場面のコンセプトアート



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作

石江八によるガス人間のコンセプトアート



—『ゴジラ-1.0』でアカデミー賞の視覚効果賞を獲得した白組とはどういったお話をされたのでしょうか?



片山:まず制作チームが白組さんとじっくりと議論を重ねて、方向性を定めて、しっかりとアイデアを揉んでくれたので、私が監督チェックをする段階ではすでに相当クオリティの高い映像になっていました。



なので大枠に関してはずっと準備してきたものを大きく変えることはなく、ディティールについてお話させてもらいました。たとえばガスの馴染み感や色味。あとは、クライマックスでガス人間が爆発するシーンの演出。爆発する瞬間にガス人間の顔のようなものが現れるんですが、そこは表情含めかなりこだわって進めていきました。あとはガスの質感や、人体に入るときにどこから入るのかといったこと。そういった細かい部分を議論させてもらいました。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作



—CGはかなり時間をかけられたと伺いました。



片山:白組さんは最初の段階から入っていただいていましたが、コンセプトアートを使って方向性を決めていくのに1年半かかっていますからね。撮影が始まる1年以上前からCGによる検証を始めて、白組さんと私が議論したビジュアルイメージをもとに、コンセプトアーティストの方に動きをつくっていただきました。その過程でいろんなフッテージ映像もつくりましたし、他作品と比べても2倍以上の期間を費やしたと聞いています。



注目作『ガス人間』ができるまで。 片山慎三監督に聞く、細部までこだわったアクションシーンやVFX制作

Scanlineが作成したフォトリアルのコンセプトアート



—かなり大変な経験だったのでは?



片山:それ以上に楽しかったです。打ち合わせなしでやっていたら「イメージと違う」となっていたかもしれませんが、事前に1年半かけてお話していたからこそ納得のいくものができた。そこまでしっかり準備をしていれば、本番には「その準備を再現する」という方向になっていく。だから現場においては、それほど苦労せず進めることができました。



ただ例外的に心配だったのは、広瀬さん演じる華歩が川で溺れるシーンです。あそこはCGがどうなるのか現場でもまったく予想できていなかったので不安な部分もありましたが、完成したものを見るとすごく良くできていて驚きました。じつはあのシーンは川ではなく全部プールで撮影していて、広瀬さんが川に投げ込まれるシーンもある一瞬でボディダブル(主要キャストの代わりに演技を行う代役のこと)の方と入れ替わっているんですよ。こういったシーンのように、ガス人間以外でもCGが使われている部分はたくさんあります。



—ヨン・サンホさんは「アジア発の作品で世界で勝つ」という目標を語られていましたが、片山監督は世界配信される本作で「世界に向ける」ことをどこまで意識されていましたか?



片山:特に意識していなかったかもしれません。「世界の人に向けて」と考えすぎると、自分のつくりたいものがブレてしまう気がしますから。私は基本的に、自分が見たいものをつくっている感覚があります。自分が見たいものを、観客にどう感じてもらうか、どう楽しんで見てもらうかを考えながら進めていく。



ただ表現面で配慮したところで言うと、子どもが出てくる場面については気をつけました。物語の中盤で、ある少女が、のちにガス人間になってしまう蓮と一時的に一緒に暮らすことになりますよね。世界に向けた作品だからというわけではありませんが、その関係性の見え方には注意しました。というのも大人の男性が少女を連れて家に帰り、一緒に暮らすという状況は、見方によってはかなり危うく受け止められてしまう可能性がある。だからこそ観ている人に「この二人なら、そういうこともあり得るのかもしれない」と自然に感じてもらえるようにしたかった。あくまで人間としての愛情を持ってやっていることを、違う方向に解釈されたくなかったといいますか。



だから蓮というキャラクターも、年齢の割に精神的な幼さのある、子どもと同じ目線で対話できる人物として考えていきました。友達のような感覚でその少女と向き合えることが、ふたり関係性では大事だと感じたので。ただ周囲の人からは危うく見えているということを踏まえ、「お前、変態だろ」というような台詞も入れている。あえてそうすることで、そこには変な感情はないということをしっかり描きたかった。意識したというところがあるとするなら、そういう部分ですかね。

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