筆者も物流システムを担う一員として、かつて現場で稼働していた。荷物を運ぶドライバーは毎日命懸けの環境に身を置いている。それにもかかわらず、労働環境は悲惨の一言だ。
筆者が間近で見た、某大手ネット通販企業に酷使される軽貨物ドライバーの現実をここに明かしたい。
200個の荷物を運ぶ一日が朝8時に始まる
荷物の積み込みを行う配送センターからさほど離れた地域に住んでいたわけではないが、それでも朝7時には軽バンに乗り込んでいた。朝8時にセンターへ到着してアルコールチェックを済ませ、荷物を積み込む。一日あたりおよそ180個から200個の荷物を午前便と午後便の二回に分けて積載し、担当エリアへ配達する流れだ。荷台へ隙間なく詰め込まれた軽自動車はハンドルが重く、後方視界も遮られるため、担当エリアまで移動する行程だけでも体力を消耗する。だいたい9時半から10時頃に現地へ到着すると、狭い範囲に散らばる配達先を回っていく。しかし、東京都心は道路が狭い。車を一時停車させる瞬間さえ細心の注意が必要であり、5分を超えれば駐車監視員に摘発されて罰金が科される。道路事情に気を取られすぎると、今度は配達スケジュールが遅延していく。仮に数個を配り残しても日当制の契約であったため、報酬自体は変動しない。
「19時以降指定」と「夜間不在」が重なると…
そうして14時前に午前中の配送を終えると、再び午後の荷物を積み込むためにセンターへ戻る。15時に積み込みを終えて再びエリアへ向かう。午後の配達を迅速に終わらせれば早期に帰宅できると思うかもしれないが、「19時以降」の指定枠が存在するため、仮に他の荷物を配り終えても配達先の近辺で待機を強いられる。さらに厄介な問題が、夜間の不在だ。持ち戻った荷物を翌日まで車内に放置するわけにはいかないため、一度センターに戻って荷物を下ろさねばならない。一連の業務を終えると時刻は20時を過ぎ、帰宅できるのは21時前となる。過酷なサイクルを週5日、雨風に関わらず継続しなければならなかった。
手取りは深夜の牛丼屋バイト以下
過酷な労働条件に対して、元請けから発生する日当は2万円。筆者は孫請けの組織に所属していたため、10%のマージンを差し引かれて1万8000円が支給される。月20日から22日の稼働なので、月収に換算すると約36万から40万円の計算だ。しかし、ここから以下の経費が容赦なく天引きされる。
車両リース代: 2万3000円
ガソリン代: 約5万円
任意保険料: 約5千円
さらに個人事業主の扱いとなるため、健康保険や年金、各種税金も自己負担で支払わなければならない。すべての経費を差し引くと、深夜の牛丼屋でアルバイトをしたほうが遥かにマシと言わざるを得ない手取り額に減少する。
周囲のドライバーたちは、休日に別の配送案件を入れ、ボロボロになりながら日々を凌いでいた。筆者は運転免許を取得した直後でそこまで働く気力が湧かず、休日は泥のように眠るだけであった。
辞めさせないための“足枷”となるのが…
当時はすっかり気力を失っていたため、どうにか現場を離脱しようと画策した。立ち塞がった足枷が「カーリース制度」だ。組織が月額で車両を貸与してくれるため、初期投資を抑えて開業できるメリットを謳う反面、リース費用は相場より割高に設定されている。おまけに、契約を解除する際には車体についた微細な傷の修理費用を支払ったうえで、オーナーへ返却せねばならない。業務は即座に辞めたかったが、日々の生活を維持するだけで精一杯であり、貯蓄ができる見込みもなく、途方に暮れていた。ジリ貧の生活のなか、渋谷の道玄坂で駐禁を2回連続で取られて心が折れかけた時、オーナーへ退職の意思を伝えた。だが、要領よく配送をこなして顧客からの評判が良かったせいか、オーナーは「将来的な単価改定を検討するから」と何度も慰留してきた。「今月の報酬を全額車両の修理代に充当して構わないから、車を返却させてくれ」とやけくそで頼んでも、「時期は確約できないが、しばらくは受理できない」と突っぱねられた。
死んだ魚のような目で配送を続けていた筆者に、予想だにしない転機が訪れる。
「プリウスの追突」がもたらした転機
寒さの厳しい日の通勤途中、いつものように車を走らせていた。音楽を聴きながらぼんやりと信号待ちをしていると、激しい衝撃とともにガラスの砕ける音が車内に響き渡った。異変を察知して後方を振り返ると、自車の後部にプリウスが突っ込んでいた。混乱を鎮めつつ降車すると、気が動転した様子の運転手が座席で硬直している。軽バンの車体はタイヤ部分に変形したボディがめり込んでおり、自走不可能な状態であった。冷静に警察へ通報し、現在地を説明する。
相手車両の窓を叩くと、「す、すみません!!!」と初老の男性が涙を流して叫んだ。筆者も別の意味で涙ぐみながら「ありがとうございます! これで仕事に行かなくて済むかもしれません!!」と男性の手を握り、警察の到着を待つよう告げた。即座に元請けの連絡先へ電話を入れ、事故に遭ったため本日の稼働は不可能だと伝達した。警察と救急車が到着し、サイレンが鳴り響く車内で、筆者はこの状況を利用してどのように戦線を離脱するかを模索し始めていた。
搬送中に鳴り響いた鬼電を無視
搬送中もスマホにはオーナーからの鬼電がかかってきたが、治療中を理由にすべて無視して戦略を練った。車両は警察から自走不可の判定を受けており、相手方の対物保険で買い替え対応になる可能性が高い。しばらく行方をくらませば、そのまま引退できると考えた。報告の段階で意図を察知されては元も子もないため、検査を終えて病院を出たのち、平静を装って折り返しの電話をかけた。「千馬君、明日配達行けそう? 今から埼玉まで代車を取りに来てほしいんだけど……」
受話器から聞こえた第一声で罪悪感は完全に霧散した。筆者は「行きません。
日雇い労働をしながら友人宅を転々とし、1か月後に自宅へ戻ると、インターホンの履歴にはオーナーの来訪記録が無数に残されていた。しばらくして諦めたのだろう、郵便受けに「修理代内訳」と書かれた書面が投函されていた。累計80万円ほどの請求金額が記載されていたが、事務所の所在地宛てに「相手の保険金で相殺されたはずの修理費用を支払う正当性はない」との書面を送付して以降、連絡は途絶えている。
甘い広告に潜む奴隷契約の罠
軽貨物ドライバーを開始した2024年頃、各種SNSでは盛んに「軽貨物は稼げる」という広告が配信されていた。筆者も誇大広告に惹かれて参入した口だが、現実は甘いどころか、奴隷契約に等しい構造であった。ピンハネが10%行われる時点で困窮を極めるわけだが、そこから固定経費が差し引かれて資金繰りが悪化すると、次第に身動きが取れなくなる。休日さえ自由に設定できず、過酷な肉体労働を強いられる泥沼に陥ってしまうのだ。荷物の個数に応じて報酬が加算される出来高制の案件であれば、展開は異なっていたかもしれない。しかし、経験の浅い人間が多少のスキルを身につけたところで、稼げる上限などたかが知れている。
甘言を弄した広告を安易に信じてしまった馬鹿な自分を恨んだが、仲介業者ではなく、不意の事故のおかげで足抜けできた展開は怪我の功名であった。偶然手にした幸運を噛み締めつつ、安易な職業選択で誰かの養分にならないことを、固く心に誓ったのだった。
<TEXT/千馬岳史>
【千馬岳史】
小説家を夢見た結果、ライターになってしまった零細個人事業主。小説よりルポやエッセイが得意。年に数回誰かが壊滅的な不幸に見舞われる瞬間に遭遇し、自身も実家が全焼したり会社が倒産したりと災難多数。不幸を不幸のまま終わらせないために文章を書いています。X:@Nulls48807788
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