葬儀会館「ティア」を展開するティア 代表取締役社長・冨安徳久氏。18歳で大学入学を辞退して葬儀の世界に飛び込み、業界の価格やサービスの不透明さに課題意識を抱きながら、1997年に同社を創業した。
「日本で一番『ありがとう』と言われる葬儀社」を掲げ続けてきた冨安氏に、その原点とこれからを聞いた。
○「人の役に立つ仕事」を選んだ18歳、大学辞退に迷いはなかった
――冨安社長の半生を基にしたドラマ『最期の、ありがとう。』を拝見しました。ご自身はあの作品をどうご覧になりましたか。
1話ごとに脚本家や監督から細かいヒアリングを受けたんです。「この時どんな声のトーンでしたか」「どのくらいの間でしたか」みたいに。実際に映像になったものを見ると、当時の記憶が鮮明に蘇るほど再現されていました。自分自身でも、まさに「事実は小説よりも奇なり」だと思いました。
――18歳で大学入学を辞退して葬儀社に入られています。
迷いはなかったです。ただ、どうして迷わなかったかを理解してもらうには、冨安家の話をする必要があります。うちは果樹園農家だったのですが、とにかく「自立しなさい」と言われて育ちました。祖母が、姉と私と弟の3人に、繰り返し言うんです。「卒業したら自分の力で働いて、自分の力で生きていくこと。これを自立と言うんだからね」と。
なぜ自立しないといけないか、その理由も説明してくれました。祖母も、父も、母も先に亡くなります。だから自分の力で生きないといけないんだと。さらに「人のお役に立てるかどうかが、一番大事な働き方だ」とも言われました。家族の誰もが、同じことを言うんです。
そのかわり、学校のことは一切言われませんでした。通知表を一度も開いてくれないし、「勉強しろ」と言われたこともありません。放任というわけではなく、自立を促すことに徹した家庭だったのです。
――そうした家庭で育ったことが、18歳の決断につながるわけですね。
大学合格後、入学式の3週間前に、知り合いから紹介されたアルバイトで葬儀社と出会いました。そこで、ご遺族が涙ながらに先輩に感謝している光景を目にしたのです。「自分のときも、ぜひお願いしたい」と話すご遺族もいたほどです。先輩に聞いたら、「あのご家族は、俺のことを一生忘れないと思うよ」と言うんです。こんなに人から感謝され、ご家族の記憶に一生残る仕事があるのかと、衝撃を受けました。
店長からは「大学を出てからあらためて考えればいいじゃないか」と言われました。だけど私は「そうすると、アルバイトのうちはご遺族と話せないんですよね。ご遺族に感謝されることもないんですよね」と返したんです。
親には言わないまま、大学を辞退しました。あとから、葬儀社に就職したことは伏せたまま、「いいアルバイトが見つかったから、仕送りは大丈夫」と電話でごまかしました(笑)。
○消費者に向き合う葬儀社をつくりたかった
――最初の葬儀社には3年半ほどいて、その後、地元の愛知に戻られています。
父ががんになり、そばにいたいと思って戻りました。同業の葬儀社に転職したのですが、そこは効率が優先される環境でした。ご遺族に寄り添っていると「早く次の仏様を迎えに行け」と言われるような会社でした。
決定的だったのは、生活保護を受けている方の葬儀は受け付けない、という方針が示されたことでした。最初の葬儀社で教わった「仏様の前ではみな平等だ」という考えとは、あまりにもかけ離れていると思いました。他の葬儀社にも何社か問い合わせてみたのですが、似たような対応でした。これは一社だけの問題ではなく、業界全体の課題なのだと感じて、それならもう自分で会社をつくるしかないと決めました。
――創業にあたっては、資金面での苦労もあったと聞いています。
銀行は14行に断られました。葬儀の事業計画は、確かな受注の見込みを示しにくいからでしょう。「結婚式と違って、お葬式を事前に考えている人はいないでしょう」と言われました。ただ1行だけ、無担保で貸してくれた支店長がいました。
その支店長自身も、かつて高額な葬儀費用に疑問を抱いた経験をお持ちでした。その経験があったからこそ、適正な料金でご遺族に尽くす葬儀社をつくりたいという私の構想に、共感してくれたのだと思います。
――1997年7月に創業されて、翌年に1号店をオープン。当時は業界からの反発もあったそうですね。
ありました。業界団体に呼び出されて組合に入るようにと言われましたが、「組合に入るメリットは何ですか」と聞きました。返ってきたのは、「値崩れさせずに済む」「エリアを保証する」といった話でした。消費者を第一に考えたい私とは、考え方が根本的に違ったのだと思います。
創業後には、深夜の無言電話が数カ月続きました。ほかにも、立てた看板がなくなっていたり、案内の矢印を逆向きにされたりということもありました。ドラマに登場する創業期の苦難には、こうした実体験も反映されています。
○葬儀に対する社会の意識が変わったきっかけ
――苦しい船出でしたが、そこから事業は少しずつ広がっていきます。葬儀に対する人々の意識は、この間に変わってきましたか。
私がどれだけ「事前に葬儀について考えることが大事だ」と言い続けても、世間では長らく「そんなのは不謹慎だ」という空気がありました。
消費者の意識がはっきり変わったと数字で実感できたのは、映画『おくりびと』がヒットし、米アカデミー賞を受賞した頃です。自分たちの死について、事前に考えてもいいのだという空気をつくってくれたのだと思います。多くの人が映画を観たことで、死と向き合うことへの抵抗が社会の中で薄まったと感じます。実際に、映画がヒットした後から、生前の見積もり相談がはっきりと増えました。
――同じ時期に、『カンブリア宮殿』にも出演されていますね。
あの番組に葬儀社が出ること自体、当時は考えられないことでした。
○「葬儀の『葬』は使いたくなかった」
――ティアが提案している「感謝想」についてお聞かせください。
この仕事を長く続けていると、葬儀の場でご遺族の方が「元気なうちにもっと想いを伝えておけばよかった」と後悔される場面に何度も立ち会います。急に亡くなった方のご葬儀で、「お世話になったのに挨拶もできなかった」という声も聞いてきました。
それであれば、元気なうちに感謝を伝える場をつくれないだろうかと考えました。退職や古希、事業承継といった人生の節目に、お世話になった方々を招いて、本人の言葉で直接「ありがとう」を伝えるのです。喪主の挨拶ではなく、本人からの感謝の言葉で始まり、弔辞の代わりに友人や仕事仲間からのメッセージが読まれる。そういう場を提案したいと思いました。
――従来の「生前葬」とは違うものとして打ち出されていますね。
生前葬という言葉には、どうしても暗いイメージがつきまといます。私はそうしたくなかったので、葬儀の「葬」ではなく、「想い」の「想」を使い、「感謝想」と名づけました。
余命宣告を受けてから感謝想を開いた方もいらっしゃいます。その方はその後、亡くなられましたが、ご家族から「やっておいてよかった」と言っていただけました。ご本人が自分の言葉で感謝を伝える、大切な機会になったわけです。
人生100年時代と言いますが、100歳まで生きると、葬儀に来てくれる人がどれだけいるでしょうか。兄弟も同級生も、施設に入っているかもしれません。だからこそ、元気なうちに自分の言葉で感謝を伝えて、この世でのけじめをつけよう。そういう選択肢を広げていきたいと思います。
――消費者の側からは、なかなか出てこない発想です。
「生前に感謝の場を設けたい」とは、自分からは言い出しにくいです。でも、多くの人がその想いを持っています。だからこそ、私たちが新しい選択肢を示す必要があると考えました。
○「人生のそばに、ティアがいます」
――2027年に、ティアは創業30周年を迎えます。
30周年には、強くこだわっています。創業した1997年当時、「企業30年説」という言葉を聞きました。独立創業した会社が30年続くのは、ごくわずかだという話を聞き、それを知ったときに、絶対に30年は成長し続けようと決めました。
最初の10年は「上場、20店舗、シェア10%」を目標に掲げました。上場は、1年前倒しで実現できました。20周年は、支えてくれたパートナー企業や社員の家族に還元する年にしました。そして30周年は、もう一歩先へ進む年にしたいと考えています。
――その「一歩先」とは、どのような姿でしょうか。
これまでティアは「悲しみの涙に寄り添う」会社でした。これからは違います。人生にはいろいろな涙があります。そのすべてに寄り添う、「人生のそばにティアがいます」という姿を目指したいのです。
感謝想もそうですし、会員の方々への生活関連のサービスもそうです。樹木葬や不動産の相談もあります。多くの会員の方がいてくださるからこそ、葬儀以外の場面でもお役に立てることはたくさんあると考えています。
――社名の「ティア」には、そもそもどんな意味を込めたのでしょうか。
社名を決める時、葬儀社だとわかる名前にした方がいいとアドバイスを受けました。「◯◯セレモニー」のような名前にしたらどうかと。でも私の頭の中には、いつか葬儀だけでなく、幅広く事業を展開する時代が来るかもしれないという思いがありました。
だから「ティア」、涙という言葉を選びました。涙には、悲しみの涙だけじゃなく、感動の涙もあります。あらゆる場面で感動を届ける会社にしたいという思いは、創業時からありました。
――規模が大きくなるほど、経営者としての難しさも増していくのではないでしょうか。
会社は、社長の器以上には大きくならないと思っています。だから自分自身の学びは、絶対に怠らないようにしてきました。会社の規模は大きくなりましたが、大切にしていることは創業時から変えていません。
――18歳で葬儀の道を選んだ時から、変わらず持ち続けているものは何でしょうか。
あの時、ご遺族が涙ながらに感謝していた光景と、今私たちが目指しているものの根っこは同じです。「人のお役に立つ仕事に就きなさい」と言われて育ち、先輩の姿を見て、この世界に飛び込みました。それからずっと、「ありがとう」をどう届けるかを考えてきたのだと思います。
亡くなった後だけではなく、生きているうちにも想いを届けられるようにしたい。その想いが「感謝想」につながっています。葬儀社に勤めていた頃から、私が言ってきたことは何一つ変わっていません。会社の規模や事業の形が変わっても、そこだけは、これからも変わらないと思います。
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