●オーディションで黒木華に感じた「何か違う」才能
日本映画専門チャンネルでは、22日(21:30~)に、岩井俊二監督・黒木華主演の映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』<4Kアップグレード版>をテレビ初放送する。

2016年の劇場公開から10年。
SNSで知り合った男性との結婚をきっかけに“普通の人生”から外れていく派遣教員・皆川七海(黒木)が、なんでも屋の安室(綾野剛)、自由奔放な真白(Cocco)らとの出会いを通して新たな居場所を見つけていく物語は、今も多くのファンに愛されている。

今回の放送を前に岩井監督がインタビューに応じ、作品誕生の経緯や、主演の黒木をイメージした創作、10年を経ても古びないSNS社会の描写、そして“現在の七海”を描く可能性について語った――。

○黒木華をイメージして生まれた七海「当て書きに近かった」

公開後も、主人公・七海の誕生日を祝う「七海誕生祭」などを通じ、ファンとの交流を続けてきた同作。岩井監督は「出来上がった映画にずっと寄り添い、10周年を迎えられました。このようなことは稀で、非常に幸せな作品だなと思います」としみじみ。毎年のように作品を見守ってきたファンに対し、「本当にありがたいです」と感謝する。

企画の始まりは、日本映画専門チャンネルで放送された岩井監督主宰の番組『岩井俊二映画祭 presents マイリトル映画祭』だった。

番組のアシスタントを選ぶオーディションで黒木ら2人が選ばれ、岩井監督とゲストのマニアックな映画談議を、2人が戸惑いながら聞くという構成で進行。やがて「この番組発の映画があってもいいよね」という話が持ち上がり、黒木を中心に企画が進められていった。

七海という人物について、岩井監督は「黒木さんをイメージしながら書きました。当て書きに近かった気がします」と明かす。前述の番組では、2人のアシスタントに「できるだけ小さい声で、気まずくお願いします」と演出しており、黒木のか細い語り口も、七海のキャラクター作りの一つになった。


○本番まで役者同士を会わせない「生の反応」の引き出し方

黒木を初めて見たのは、2011年、寺山修司原作・蜷川幸雄演出の舞台『あゝ、荒野』。その数ヶ月後に黒木が番組のオーディションへ現れ、「ああ、あの子だ」とすぐに気づいたという。

「その頃から何か違う感じはありました」と、才能の片りんを感じていた岩井監督。撮影現場でも、涙を流す場面を自然に演じる力量を感じていたが、芝居の中で重視したのは、「その瞬間瞬間、刹那刹那の真実味」だった。

役者同士を本番まで会わせず、ドアを開けた瞬間に初めて相手役を目にするような撮影も実施。和田聰宏演じる高嶋が黒木演じる七海のいる部屋へ突然現れる場面についても、事前に顔を合わせない状況をつくり、生の反応と臨場感を引き出していた。

岩井監督は普段から、事前に役者と演技について話し込みすぎないという。衣装合わせなどを通じ、それぞれの役者が自分なりに役を考え、組み立てたものを、まずはカメラの前で見せてもらうことを大切にしている。

「こういう芝居でいきましょうという話をしたところで、結局はカメラの前で実現される姿が全てです。事前に芝居の方針の約束をして、それが違っていた場合、次にどうやってリセットしたらいいのだろうとなってしまう。何も約束していなければ、そこから作っていけるので、僕としては楽なんです」

●Coccoが生んだ“想定外”の真白「この人で良かった」
本作で真白を演じたCoccoをはじめ、岩井作品にはミュージシャンが俳優として出演することも多い。

ただし、ミュージシャンに共通する何かを基準に起用しているわけではなく、それぞれの人物が持つしぐさや声色、人柄といった「役者以前の人としての情報」を見ながら、役やセリフを合わせていくという。


「そこにうまくピタッとはまってくれれば、それほどトラブルなく終わる。あとは、こんなこともできるんだというプラスアルファを、どんどんもらっていけばいいと考えています。Coccoさんも本業は役者さんではありませんが、本当に素晴らしく演じてくれました」

自らが思い描いた通りの芝居よりも、役者から少し違ったものが出てきた時のほうが、かえってその人にしか演じられない人物になっていくことがあるという。

「微妙に想定していないものが出続けると、すごく新鮮で、“この人で良かった”という感じになります。意外と、少し違っているほうが、演じてもらっているこちらとしては楽しいです」

Coccoが生み出した真白も、岩井監督の想定を超えながら、ほかの誰にも代えられない存在になっていった。

○スマホが映像制作に与える影響「なかなか厄介」

本作には、SNSでの出会いやオンライン家庭教師、結婚式の代理出席、レンタルファミリーなど、当時はまだ目新しさのあったサービスが次々と登場する。10年後の現在では身近になったものも多いが、決して未来を予測して描いたわけではなかったという。

そうした中で岩井監督が映像作品を手がける中で感じたのは、スマートフォンが人々の生活を急激に変えていくことへの戸惑いだった。

「電話をするにしても、天気予報を見るにしても、ニュースを見るにしても、それまであったいろいろな人の行動様式や雰囲気が全部スマホに収れんされていきました」

画面を見つめるだけで多くの行動が完結するスマホは、映像を撮る側にとって画変わりしにくく「なかなか厄介なもの」だった。それでも、「そのような状況を飲み込んで、さらに面白くしていく。ちょうどその入り口にあった作品だったような気がします」と前向きに捉えているそうだ。

●「随分遠くまで来たな」と思わせたい 岩井作品に通じる“旅”
七海は実の家族とのつながりが薄い一方で、仕事として家族を演じる人々や、旅の途中で出会った真白と新たな関係を築いていく。
血縁を超えたつながりを描く背景には、「自分の根っこのところにあるもの」が反映されていると岩井監督は話す。

「子どもの頃から、家出や冒険、ロードムービー的な物語に惹かれてきたので、物語の、スタート地点から孤立して、旅に出るということをさせたかったんです。家族と仲が良いと、それが始まらず、あまり遠くに飛べないんですよね」

物語を作り始める際は、要所となる場面を頭の中に思い描きながらも、実際に作り進める中で展開を考えていくことが多いという岩井監督。その中で常に意識しているのが、作品を見始めた時とは“異なる場所”へ観客を連れていくことだ。

「実際に旅をしなくてもいいし、同じ場所で展開してもいいんです。でも、見始めた時とあまり変わらない印象で終わっていくより、“随分遠くまで来たな”という気持ちにさせたい。それは、作っている時のベクトルとしては常にあります」

綾野剛演じる安室も、物語の展開に必要だから先に生み出したのではなく、「こういう人がいたら面白いだろう」と七海と組み合わせたことで、次第に大きな役割を担っていった。

七海をだまして金銭を得ているはずの安室だが、彼が七海を“カモ”にしていくほど、七海の笑顔は増えていく。そんな関係を描いた「コメディーというか、アイロニックな物語にしたかった」と振り返った。

○作品づくりは「まず自分をどこまで楽しませてくれるか」

改めてなぜ、この作品は公開から10年を経ても愛され続けているのか。

岩井監督が作品を作る際、最初に考えるのは「自分が飽きないものにする」ことだという。企画から完成まで数年にわたり、毎日のように作品と付き合うだけに、創作活動は自分自身を楽しませ続けることを前提に行っている。


「自分が3年飽きていないわけだから、観客は2~3時間ぐらいは全然大丈夫だと思うんです。それを10年、ずっと好きでいてくれる人がいるというのは、自分が作った時間をさらに超えている話なので、改めてありがたいです」

キャラクターや物語だけでなく、映像、ウェディングドレス、メイド服、演劇のような結婚式の余興など、「見ていて楽しむことができる要素」が随所に織り込まれたことも、繰り返し見たくなる作品につながったのではないかと分析。「自分がとことん向き合って、まず自分をどこまで楽しませてくれるかということをずっと考えているのが、大きいかもしれないです」

●10年後の七海は「それなりしっかりした大人に」
公開から10年がたった現在、七海はどのように暮らしているのか。岩井監督は「若干、頼りないところはありつつ、さすがに、それなりにしっかりした立派な大人になっているのではないかと思います」と想像する。

公開当時、七海は何もできず周囲に流されてしまう人物として描かれているため、観客から「見ていてイライラする」という感想が寄せられることもあった。そこからさまざまな出会いや喪失を経験した七海の“現在”を描く続編の可能性を尋ねると、岩井監督は少し考えた後、こう答えた。

「可能性はなくはないと思います。花とアリス(2004年公開『花とアリス』)も、今何をやっているんだろうと時々思ったりするので」

現在では映画やドラマで次々に主演を張る黒木。岩井監督は「長く活躍してくれるだろうと、あの時から思っていました」と受け止める。現在も黒木の舞台を見に行くことがあり、幅広い役に取り組む姿を見守っているという。

自身の作品では、アニメ映画『花とアリス殺人事件』(2015年)や映画『キリエのうた』(2023年)を含め、黒木を教師役に起用することが多いことから、彼女との再タッグについても、「次は全然違う役を演じてもらいたい」と期待を寄せた。
○過去作がよみがえる時代「人生における、いいご褒美」

『リップヴァンウィンクルの花嫁』は今回、4Kアップグレード版としてテレビ初放送される。


岩井監督は、AIを含む技術の進歩によって、従来は高精細化が難しかった過去作品も、新たな形でよみがえる可能性があると期待するが、それによって劇場が旧作の上映ばかりになり、新作の居場所が減る可能性もあると指摘。

それでも、公開から数年で忘れられていくことも珍しくない映画の世界で、自身の作品が再び上映・放送されることに、格別の喜びを語った。

「こうやって覚えていてもらったり、もう一回再上映してほしいという声が上がったりするのは、本当に人生における、いいご褒美です」

日本映画専門チャンネルでは、『リップヴァンウィンクルの花嫁』<4Kアップグレード版>のほか、劇場公開10周年を記念して6月13日に開催されたイベント【『リップヴァンウィンクルの花嫁』10th Anniversary Special Screening】舞台挨拶の模様もあわせて放送。
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