「親から受け継いだ土地だから、できれば売りたくありません」

相続不動産のご相談を受けていると、こうした言葉をよく耳にします。

長年家族が暮らした実家、親が苦労して取得したアパート、先祖代々受け継いできた土地――。
そこには金銭的な価値だけでは測れない“思い”があります。その気持ちは大切にすべきでしょう。

しかし一方で、相続した不動産をすべて持ち続けることが、本当に次の世代のためになるのでしょうか。

前回、不動産は単に「保有するもの」ではなく「経営するもの」として捉える必要があるとお伝えしました。その考え方を一歩進めれば、「何を遺し、何を手放すのか」を選ぶこと自体が、不動産経営における重要な意思決定になります。結論から言えば、相続した不動産は「守るもの」ではなく「経営判断の対象」として、一つひとつ棚卸しすべきなのです。

「親が遺した財産だから」で判断しない

例えば、親から3つの不動産を相続したとします。

一つ目は、駅から近く、安定して入居者がいる賃貸アパート。二つ目は、築40年を超え、空室が増え、大規模修繕が必要になっている賃貸住宅。三つ目は、地方にある利用予定のない土地です。

すべて親から受け継いだ大切な財産であることに違いはありません。しかし、資産としての性格はまったく異なります。


一つ目は、適切に管理すれば今後も収益を生む可能性があります。二つ目は、修繕して保有を続けるのか、建て替えるのか、あるいは売却するのかを検討する必要があります。三つ目は、利用予定も市場性も乏しければ、維持費や管理負担だけを次世代へ遺す可能性があります。

つまり、「相続した」という事実と、「これからも保有すべき」という判断は、まったく別の問題なのです。
遺すかどうかを決める5つの視点

では、何を基準に判断すればよいのでしょうか。私は少なくとも、次の5つの視点から総合的に検討する必要があると考えています。
○現在の収益性

家賃などの収入から、税金・管理費・修繕費、そして借入があればその返済額を差し引いても、適正なキャッシュフローを生んでいるか。
○将来性

現在は収益が出ていても、人口減少や建物の老朽化、周辺環境の変化によって、将来の賃貸需要や資産価値が低下する可能性はないか。
○追加投資と資金調達の見通し

大規模修繕や設備更新、建て替えなど、今後どの程度の資金が必要になるのか。また、その資金を金融機関からの融資でまかなえる見込みがあるのか。銀行は物件の収益力だけでなく、所有者全体の返済能力や担保余力も見ています。この視点を欠くと、「直したくても直せない」不動産を抱え込むことになりかねません。

○市場性・換金性

売却しようとしたときに、実際に買い手が現れるのか。時間が経つほど売りにくくなる不動産ではないか。いわゆる「出口戦略」を描けるかどうかという視点です。
○次世代との適合性

ここは特に重要です。収益性の高い不動産であっても、子どもが遠方に住んでいたり、不動産経営に関心がなかったりすれば、親にとっての優良資産が、そのまま子どもにとっての優良資産になるとは限りません。「良い不動産だから遺す」のではなく、「次の所有者にとっても持つ意味があるのか」まで考える必要があります。

「売る=資産を失う」ではない

不動産を売却することに抵抗を感じる方は少なくありません。しかし、売却とは資産をなくすことではなく、不動産という資産を、現金という別の資産に組み替えることです。

例えば、管理負担の大きい築古アパートを売却し、その資金をより管理しやすい不動産や金融資産に振り替えるという選択肢もあります。反対に、将来性のある不動産であれば、必要な修繕や設備投資を行い、資産価値を維持・向上させたうえで次世代へ遺すという判断もあります。

大切なのは、「売るか、持つか」という二者択一ではありません。家族全体の資産を、どのような組み合わせで次世代へ引き継ぐのが最も合理的なのかという視点です。
融資条件の見直しや資産の組み換えを含め、財務・法務・不動産実務の三方向から一貫して検討することが欠かせません。
判断を先送りすると「選べなくなる」

もう一つ注意したいのが、判断のタイミングです。

「今すぐ困っていないから」と先送りしている間にも、建物は老朽化します。相続が繰り返されれば共有者が増え、意思決定そのものが難しくなることもあります。市場性の低い土地であれば、将来さらに買い手を見つけにくくなる可能性もあります。

つまり、現在は「遺す」「売る」「活用する」という複数の選択肢があっても、時間の経過によって、その選択肢自体が失われることがあるのです。だからこそ、問題が起きてから考えるのではなく、選べるうちに考えることが重要です。
相続とは「資産を受け継ぐこと」だけではない

ここまで相続不動産について、収益性、将来性、追加投資と資金調達の見通し、市場性・換金性、そして次世代との適合性という5つの視点から考えてきました。

最終的に重要なのは、「親から何を受け継いだか」ではなく、「次の世代へ何を遺すか」という視点ではないでしょうか。

遺す価値のある不動産には、必要な投資を行い、その資産価値を維持・向上させる。一方、将来負担になる可能性が高い不動産については、売却や資産の組み換えも検討する。相続した不動産をすべて守ることが、必ずしも資産を守ることにはなりません。


遺すものを選び、手放すものを選ぶ。

その選択を、感情論ではなく財務・法務・不動産実務の裏付けをもって総合的に行うこと。それこそが、資産を次の世代へ引き継ぐための重要な「経営判断」なのです。

次回からは視点を少し変え、相続が発生してからではなく、生前にできる不動産対策について考えます。「相続税対策としての不動産活用、本当に正解ですか?」をテーマに、節税だけを目的とした不動産活用の注意点と、本来考えるべき相続対策について解説します。

佐嘉田 英樹 さかた ひでき アテナ・パートナーズ株式会社 代表取締役。1991年に東京大学卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行、主に融資営業・マーケティング戦略企画に携わる。その後不動産・建設業界に身を転じ、建売分譲、賃貸アパート、介護福祉施設等の企画開発・売買などに従事し、2023年8月に独立。地主・不動産投資家・中小企業の不動産活用コンサルティングやプロジェクト・マネジメント、テナント企業の開業支援を行う。宅地建物取引士、不動産コンサルティングマスター、2級建築士、FP2級など幅広い専門知識を駆使し、総合的な視点からクライアントの課題解決にあたる。
アテナ・パートナーズ株式会社:https://athena-ptr.co.jp/
アテナ・パートナーズ株式会社は、お客様のニーズや目的を詳細にヒアリングして、物件や市場の調査を行った上で、所有不動産の有効活用、開発、建て替え、リノベーション・用途変更、売却、交換など、多角的・戦略的な企画提案・マネジメントを行う。企画計画から資金調達、テナント誘致、設計、工事、引き渡しまで一貫してプロジェクトをマネジメントすることで、独自のビジネスモデルを展開する。
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