元ボクサーのガッツ石松さんが、肺炎のため亡くなった。76歳だった。

ガッツさんは1974年4月、WBC世界ライト級13代目チャンピオンに輝き、その後も5度の防衛に成功。同階級の防衛回数記録(当時)を塗り替える名ボクサーだった。


 引退後、タレントに転身すると、クイズ番組での天然ボケ回答が人気を集めた。なかでも、NHKの『連想ゲーム』で真骨頂を見せていた。「どじょう」という答えを導くため、男性軍キャプテンの加藤芳郎が「うなぎ」 というヒントを出すと、ガッツは「うまい!」 と大声で感想を言った。「亭主関白」という答えを引き出すため、加藤が「お茶!」と叫ぶと、ガッツは「飲みねえ!」と合いの手を入れた。


「当時のクイズ番組はお笑い芸人が狙ってボケることも少なく、出演者は基本的に真面目に答えていました。その中で、ガッツさんは真剣な顔で突拍子もない回答をするため、爆笑を呼んでいました」(テレビ局関係者)


 ガッツの珍言は本やCDにもなった。2004年には書籍「ガッツ伝説」が大ヒット。芸人のはなわが「伝説の男 ~ビバ・ガッツ~」を発売し、オリコン9位を獲得した。一方で、ガッツは徐々にテレビに出演しなくなっていく。


■実は天然ボケぶりをイジられるのがイヤだった?


「人気が下降したのではなく、自ら断っていたそうです。

天然ボケぶりをネタにされ、イジられるのを嫌がっていたと聞いています。04年に大ブームになり過ぎて、思うところがあったのでしょう」(芸能記者=以下同)


 ガッツは90年に映画『カンバック』を製作するもヒットせず。96年には自民党の公認で衆議院議員選挙に立候補するも落選。これらによって、約4億円の借金を抱えたが、芸能活動を軸に返済していた。名誉や名声を得たいという、いかにも人間らしい一面も持ち合わせていたと言える。


「借金がなくなったので、無理にテレビ出演する必要がなくなった事情もあるでしょうね。バラエティー番組では天然回答で人気でしたが、ボクシングの話題になると、真剣な語り口で視聴者を納得させていました」


 06年7月、亀田興毅がランダエタを2対1の判定で下し、WBA世界ライトフライ級王座に輝く。しかし、ランダエタ優勢に思えたため、八百長疑惑が噴出した。その渦中、テレビ朝日系の『モーニングショー』に父親の亀田史郎、疑惑の目を注ぐやくみつるが出演。2人が公開生喧嘩を繰り広げる中、ガッツはお互いをたしなめ、冷静な口調で語り続けた。


「ガッツさんは、ボクシングに関する頭脳は切れ者でした。だから、クイズ番組のボケもどこまで天然で、どこまで本気かわかりません。

計算もあったのでしょう。でも、狙って言うダジャレがつまらないので、天然ボケが信憑性を増していた。昨今はお笑い芸人がテレビ界を席巻していますけど、彼らは計算して笑いを取っている。ガッツさんのような、思わぬ角度から出てくるボケのパンチは繰り出せない。今のバラエティにこそ、出てほしい人でした」


 もう、ガッツ石松の珍言が聞けないと思うと、寂しく思う人が多そうだ。


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 本人らしさがにじみ出た愉快なエピソードだ。関連記事【もっと読む】亡くなったガッツ石松さんの“OK牧場”伝説 防衛戦前夜ウイスキーを一気飲み「一瞬で天国に駆け上がった」…では、防衛線前夜の豪快エピソードについて伝えている。


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