【芸能界クロスロード】


 お盆の季節の週刊誌は合併号となり、「あの人は今」という企画があった。「最近、テレビで見なくなった」タレントの現在を追う記事だが、やっかいな取材だった。

最終的に所属事務所に聞くと、「どういう意図の話ですか」と聞いてくる。「あの人は──」と言えば、「テレビだけが仕事じゃない。忙しくしている」と怒鳴られたことも度々。「新たな仕事をしている」と快く応じてくれる場合もあったが、読者にとっては関心の高い企画だった。


 しかし、昭和の名物企画もすでに絶滅。テレビに出ることだけが仕事ではない時代に変わった。俳優はネットフリックスなど配信の世界が確立されている。だが、タレントはそうはいかない。テレビに出ていなければ忘れられてしまう。今も主戦場はテレビである。


 不祥事ですべての番組を失った中居正広国分太一も配信に進出する術もなく、復活の時を待っているが、時が経つほど復帰へのハードルは上がる。


 生存競争の激しいテレビ界でタレントは生き残りをかけシノギを削る。


 バラエティー、情報番組など活躍の場は広いが、芸人からアイドルまで参戦してくる世界。まさに荒波を泳がなければならない。


 そんな荒波を横目に穏やかな海をひとり、泳いでいるかのように見えるのが、タレントのタモリだ。


 80歳の今も司会を務めるレギュラー番組は「ミュージックステーション」(Mステ=テレビ朝日系)と「ブラタモリ」(NHK)の2本の他に「知的探求フロンティア」(同)など複数の不定期番組にも出演。いずれも安定感のある司会ぶりは昔も今も変わらず、タモリ節は健在。


明石家さんま笑福亭鶴瓶のような芸人の司会は“俺が主役”と前面に出がち。タモリは番組がメインで自身は黒子に徹している」(テレビ関係者)


 今年4月、ユーチューバーのヒカルが「タモリは面白くない」と発言。物議をかもしたが、タモリを芸人枠で比べれば面白くないが、タモリは芸人ではない。師匠もいなければ、お笑い専門学校に通ったわけでもない。自ら作り出した素人芸を見た漫画家・赤塚不二夫らが担ぎ出し30歳でデビューした。4カ国語麻雀などの密室芸は唯一無二と言われたが、「キワモノ」扱いで当初、深夜番組でしか需要はなかった。


 1982年、フジテレビの横沢彪の好アシストで「笑っていいとも!」の司会に抜擢。

夜から昼の顔になった。二枚目俳優が一転、悪役に転じて受けるように昼タモリも人気になった。


 番組は31年半の長寿番組となり、単独司会のギネス記録まで作った。タレントの生命線とも言われる好感度もタモリにはあまり関係ない。


 街で声をかけられても鶴瓶のように満面の笑みで応じることもなく会釈するだけの自然体。それでも、「老若男女問わず幅広い層から支持されている」(前出のテレビ関係者)という。


 テレビ界だけでなく共演者からの信頼も厚いタモリ。


「高視聴率は取れなくとも常に安定した数字を取れる」ことから長寿番組も多い。「タモリ倶楽部」は約41年。「Mステ」は39年目に突入し、「ブラタモリ」は現在シリーズ5に入った。


 最近は造詣のある歴史や文化、自然などを扱う番組に積極的に取り組んでいる。


 8日放送の不定期番組「タモリステーション」(テレ朝系)では原油をテーマにタモリ自ら巨大製油所のロケ取材に参加するなど新たな一面を見せている。

他のタレントとは一線を画すサングラスの男。本名・森田一義、職業「タモリ」という方が適切だろう。


(二田一比古/ジャーナリスト)


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