36歳の時に糖尿病と診断

 7日午後、自宅マンションの階段で倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された「たけし軍団」のグレート義太夫さん(享年67)。


 死因については公表されていないが、義太夫さんは長年、糖尿病性腎症による人工透析を続け、心筋梗塞や不整脈など、さまざまな病気と闘い、満身創痍の状態だった。

そのつらさをたびたび日刊ゲンダイで語っていた。


 義太夫さんが、そもそも糖尿病と診断されたのは95年、36歳の時。この時の血糖値は630に達していたという。2007年、48歳の時に、イベントのMC中に意識を失い、病院に搬送されると、糖尿病性腎症による末期腎不全を発症しており、即座に人工透析が始まったという。自分は典型的な“糖尿病ダメ患者”だったとして、こう振り返っている。


《糖尿病ってのは、「痛い」とか「つらい」とかがない。最初は真面目に病院に通って、インスリン打って、食事制限とかしていたけど、それも3カ月ほどでしたね。面倒で行かなくなった。


 人工透析になる2007年までの12年間、まともに病院通ったのはどれくらいだろ。ほとんどないな。12年間、“病院行くのが面倒→血糖値の数値が悪くて医者に怒られる→余計に行きたくない”ばかり。結果、人工透析ですよ》(2011年7月6日付)


 そもそも自身が糖尿病と診断される1年前に父親を糖尿病の合併症で亡くしていた義太夫さん。

「糖尿病はネタになるけど、人工透析はネタにならない」と嘆いていた。


 そして、糖尿病患者にこう忠告していた。


《人工透析は一生続く。糖尿病も治る病気ではないけれど、せめて糖尿病のときにちゃんとやっていたら、人工透析を10年でも15年でも遅らせることができたのに。


 ゲンダイの読者で糖尿病や予備軍って診断された人は、その段階で踏みとどまる努力を絶対にすべきですよ。でないと、必ず後悔する。適当にやっていたら、確実に人工透析や、そのほかの合併症に至りますから。でも、やれば、少なくとも「痛い」とか「つらい」とかを実感しないでいられる“まだ糖尿病”の段階でいられるんです》(同前)



2024年には10時間の大手術

 その後も、週3日×1回5時間の透析治療を続けながら、浅草「東洋館」などの舞台に立ち続け、得意の「ギター漫談」で沸かせ続けた。同時に生きがいだと語る糖尿病の講演も継続していた。


 しかし、2024年、透析中に心筋梗塞となり、7秒間、心臓が停止。そのまま緊急搬送となり、10時間の大手術となる。


 それ以前、2015年ごろから、糖尿病が原因の神経障害で心臓の左右のポンプのタイミングが合わなくなり、脈拍が1分に49回まで落ち、ペースメーカーを入れていたという。

昨年1月には日刊ゲンダイにこう語っていた。


《先生には「自宅か外にいる時に心筋梗塞の症状が出ていたら危なかった」と言われましたね。クリニックでわかったのは不幸中の幸いでした。》(2025年1月6日付「生きるクスリ」)


 しかし、その後はさらに、不整脈や肺に水がたまるなどの症状に見舞われ、まさに体はボロボロの状態に…。


《昨年は入院が多くて激動の年でした。ダンカンさんには「しぶといね」と言われました(笑)。ブログの更新が遅れるとマネジャーから生存確認の連絡がきます。一年の目標はいつも同じで「今年も死なない」です。こんな僕ですが、今年もよろしくです。》(同前)


 今年に入ってからは、7月に「鎖骨下静脈拡張」の手術を受けたこともブログで公表していた。


 もともとは、ギターもドラムも堪能で、ビートたけしの音楽活動のバックバンドとして業界入りしたミュージシャンの義太夫さん。


 日刊ゲンダイのシリーズ連載「死ぬまでにやりたいこれだけのこと」(2023年2月22日付)では、《死ぬまでに有名なシンガーかミュージシャンのライブのバックを務めるとしたら、ギターで参加したい。

》として、チャーやaikoなど、憧れのミュージシャンのバックでギターを弾きたいと熱く語っていた。その夢もかなわぬまま、旅立っていってしまった。


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