イタリアから海を渡り、"ちょいワルおやじ"の代名詞として活躍を続けるパンツェッタ・ジローラモさん(64歳)。だが実は、世間一般の解釈には「誤解がある」と言う。


 初主演映画『TAVERNA DE GAGA ー人生はまだまだ面白いー』で自身に重なる役を演じたジローラモさんに、“ちょいワルおやじ”の本当の意味や、95歳で恋人ができた母のエピソード、セカンドライフへの自論を聞いた。


 ──今回、演じたジーロは、イタリアから日本へ渡り活躍している人物です。ジローラモさんも、日本で活躍を続けられてきました。日本に根を張ることに決めた理由を教えてください。


「自分の生まれたところにいては、ハングリーな気持ちにならないんです。自国を出たら何かやらないといけないし、活躍できなかったら帰ったときに弱虫と思われる。だから僕はすごく頑張ったんです。あとはやっぱり日本人の奥さんの存在が大きい。彼女の両親も年を取っていくから、守りたかった。僕のお母さんには家族がいるので、僕は日本にいた方がいいかなと」


 ──ジローラモさんといえば「ちょいワルおやじ」として一躍有名になりました。当時、ご自身はそのイメージをどう感じていましたか?


「ちょいワルというのは、年を取っても好奇心を忘れずにチャレンジするという意味なんです。例えば、年を取ってもたまに緑のジャケットを着てみたり、髪の色を変えてみたり、そういう感じの言葉。

でもみんなどうしても女性のことしか考えない。誤解されているんですよ」



95歳の母が恋!“愛のパワー”で変化したこと

 ──確かにモテ男のイメージがあります。


「日本のサラリーマンは、頑張って働いて家族のことをハッピーにしていたけど、自分のことは忘れてしまっているところがあったでしょ。そういう人たちへ向けた『自分自身の人生を豊かにしよう、楽しもう』というメッセージだったんです」


 ──「年を重ねても」といえば、Instagramで、100歳になられたお母さまのお写真を拝見しました。


「今101歳に向かってる。元気ですよ」


 ──95歳のときに恋をされたとか。


「僕もびっくりしたんです。そういうことが起こるのは信じられなかったけど、あの年で恋することは素晴らしいことだなと思いました。お母さんの友達が同年齢の人と一緒に住み始めて、結婚はしてないけど、ハッピーだと言ってたんです。その人に刺激されたのかなと」


 ──なるほど。


「知り合ったきっかけは教えてくれないですけどね。イタリアでは、主人が亡くなったらずっと黒い服を着る文化があるんです。

死ぬまで愛する人は一人しかいないから」


 ──ずっとですか? お父さまは、ジローラモさんが14歳のときに亡くなられたそうですが。


「そう。あの時代の人はね。だからずっと黒い洋服を着ていたんです。でも、その人と出会って、お母さんが急に明るい洋服を着るようになった。愛のパワーですね。まあ、二人は1年間だけ付き合って別れてしまいましたが。でも彼のおかげでめちゃくちゃ変わったと思います」



「セカンドライフ」を考えない生き方

 ──いわゆる「セカンドライフ」という考え方については、どう捉えていますか?


「僕は、逆に“ちょっと終わったな”と感じてしまうんです」


 ──セカンドではないと?


「ライフを続ける。目的は変わるけど、前向きに行くことです。セカンドライフというと、何か終わりを意識して待つみたいな感じがして……。セカンドライフを意識するより、今の自分のケアです。だから健康は大事。

僕も走ったり、犬と長い散歩をしたり、ジムで有酸素運動をするようにしています。日本の場合はまだ年を取っても旅したり、アルバイトをする人もいるしいいと思いますよ。イタリアの場合はボケてしまうパターンが多いからね(笑)」


 ──さて、今回、映画に主演されました。建築プロデューサー役でしたが、ジローラモさんも建築を学ばれていたんですよね。


「そうなんです。撮影が淡路島から始まったんですが、僕は淡路島で米作りもしているんです。福島の会津若松と両方でやっています。イタリアの撮影地だったトロペアという町も、子供の頃に夏休みを過ごした場所で、不思議な縁がつながっているなと感じました。ストーリーもすてきで、監督も僕と同じような“ちょいワルおやじ”だと思いました」


 ──母国語であるイタリア語でのお芝居は珍しかったかと。挑戦していかがでしたか?


「日本語だと役の中に入るのに、トレーニングが必要なんです。でもイタリア語は自分の言葉ですから、もっと近く感じました。チャンスがあればもう一回やりたいですね」


▽映画『TAVERNA DE GAGA ー人生はまだまだ面白いー』は池袋シネマ・ロサほかで全国公開中。


(聞き手・写真=望月ふみ)


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 本人にとって日本との出会いは運命の出会いだったようだ。関連記事【もっと読む】ジローラモさんが語る人生のターニングポイント「日本でのすべての人との出会い」…では、ジローラモさんの人生を変えた出会いについて伝えている。


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