先日、Xで「いらすとやを見なくなった」というポストがバズっており、共感の声が相次いだ。「いらすとや」とは、フリーの画像サイトのこと。
掲載されている画像は、ふんわりとした輪郭と、ゆるやかな表情が特徴的だ。なにより、シチュエーションが細かく、広告やポスター、プレゼン資料など、あらゆる用途で活用されていた。

 とりわけ、コロナ禍でいらすとやに助けられた人は多いだろう。コロナ禍では、飲食店をはじめ、さまざまな場面で不特定多数の人たちに「お願い」をしなければいけない事態が発生した。

「最近、いらすとやを見なくなった」噂は本当? 私たちが“AI...の画像はこちら >>
 バラエティの豊かに加え、“命令されている感”を覚えさせない優しい絵柄も相まって、コロナ禍ではいたるところでいらすとやのイラストを目にした。コロナ禍の感染対策啓発を支えた存在と言っても過言ではないだろう。

「いらすとや」を前ほど見なくなった理由

 コロナ禍での活躍を経て、私たちの“日常”になったかに思われたいらすとやを、なぜ以前ほど見かけなくなったのか。その一因として考えられるのが、生成AIの台頭だ。

 実際、ここ1~2年で「これは生成AIで作ったんだろうな」と感じさせるイラストを見かける機会が一気に増えた。広告のバナー、街中のポスター、SNSのアイコンまで、生成AIっぽいタッチの画像はもう珍しいものではなくなっている。

「最近、いらすとやを見なくなった」噂は本当? 私たちが“AI画像”にゾワッとする理由
この画像は生成AIで作成しています
 以前までは、“AIによる画像生成”は専用サイトへの登録や操作の煩雑さなど、利用のハードルが高かった。しかし、ChatGPTなど、気軽に利用できる生成AIが普及したことで状況は一変。オンラインでもオフラインでも、AIが生成した画像を目にする機会は急増している。
そして、生成AIの台頭に押し出されるように、いらすとやの存在感は以前よりも薄くなっているのかもしれない。

生成AIのほうが「タイパがいい」

 生成AIは、友達に話しかけるように文章を打ち込む、あるいは音声入力するだけで、望んでいる画像をすぐに生成してくれる。一発で理想の画像ができるわけではなく、何度か微調整が必要になるが、それでも求めるものに近い画像を短時間で作り出してくれる。

 一応、「お金がかからない」というコスパ面ではいらすとやと生成AIは同じだ。しかし、いらすとやは「探す手間」が発生するため、タイパ面では生成AIに分がある。生成AIは欲しいシチュエーションをそのまま画像化できるため、目的の素材を探したり組み合わせたりする手間が省けるのだ。効率面でも利便性の面でも、生成AIが好まれるのはある意味必然と言っていい。

生成AIの最大の弱点

 とはいえ、生成AIには重大な欠点がある。生成AIが出力した画像には、なんとも言えない違和感を覚えることが多い。のっぺりとした色使いや、違う顔ではあるもののどこか同じ人間に感じる表情など、生成AI特有の作画にゾワッとしたことのある人は少なくないのではないか。

「最近、いらすとやを見なくなった」噂は本当? 私たちが“AI画像”にゾワッとする理由
この画像は生成AIで作成しています
 AIが生成した画像は、意識・無意識にかかわらず目を背けたくなることがあり、広告やポスターに使用された際、その独特の質感に違和感を覚える人も少なくない。

 AIによる画像生成をめぐっては、クリエイターの権利や学習データの扱いについて議論が続いている。AIはこれまでのクリエイターの積み重ねを“便利に利用”しているだけであり、クリエイターの思いや努力を踏みにじっているという見方をする人も少なくない。

 AI生成画像に否定的な立場の人も一定数おり、企業による活用が議論を呼ぶケースもある。
便利だからといって、誰もが歓迎しているわけではないのだ。

改めて気づかされる、いらすとやの安心感

 同じ「無料で使えるイラスト素材」であるにもかかわらず、いらすとやに対しては違和感どころか、むしろ親しみすら覚える点は興味深い。

「最近、いらすとやを見なくなった」噂は本当? 私たちが“AI画像”にゾワッとする理由
いらすとや 楽しい飲み会のイラスト
 その理由の一つは、人間らしさを感じられることにあるのではないか。いらすとやの作品にはユニークなものが多い。そのユニークさの奥に、作り手である「みふねたかし」氏の存在を感じ取れる。また、色覚特性を持つ人でも見やすいように配慮されたカラーユニバーサルデザインになっており、人間が持つ面白さや優しさを感じられるからこそ、安心感をもたらすのではないだろうか。AIが普及したからこそ、改めていらすとやの価値が見えた気がする。

 一方、生成AIの画像は、学習データの集合から導き出された、いわば“誰でもない誰か”の絵だ。その“人間の気配のなさ”こそが、いらすとやとは真逆で、不気味さを抱かせている。スーパーの野菜売り場ではないが、“生産者の顔”が見えることがいかに安心感につながるのかを、生成AIの台頭が示したように思う。

 とはいえ、今後生成AIの精度は向上し、“AIっぽさ”は解消されることが予想され、生成AIの利用が見直されることはないだろう。数年後、広告やポスターの世界がどう変化しているのか、楽しみではある。


<文/浅村サルディ>

【浅村サルディ】
芸能ネタ、炎上ネタが主食。好きなホルモンはマキシマム ザ ホルモン。
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