肌の色も、最後の食事も、体じゅうのタトゥーも、これまで何度も調べ尽くされてきた5,300年前のミイラ、アイスマンことエッツィ。
今度は彼の体から、今度はパンを焼ける酵母が見つかった。
イタリアの研究機関ユーラック・リサーチのチームが、エッツィの皮膚や体内から4種類の酵母を取り出し、培養してサワードウと呼ばれる発酵パンの生地を作ることに成功した。
ただしこの酵母、エッツィ本人のものなのかどうかは、研究者の間でも意見が分かれている。
この研究成果は『Microbiome[https://link.springer.com/article/10.1186/s40168-026-02417-6]』誌(2026年6月3日付)に掲載された。
アイスマンの体から微生物を発見
5,300年前のアルプスで命を落とし、氷河の中で凍りついたまま見つかったミイラ、アイスマンことエッツィ。日本では縄文時代の中期にあたる。
1991年にイタリアとオーストリアの国境付近で発見されて以来、この男性は世界でもっとも詳しく調べられた古代人になった。
背中に受けた矢で亡くなったこと、最後に食べたのは脂の多い肉と穀物だったこと、体には61か所のタトゥーがあること、肌は思っていたより浅黒く頭は薄毛だったこと。カラパイアでもそのたびに新しい発見を伝えてきた。
アイスマンは現在、イタリア北部の都市、ボルツァーノにある南チロル考古学博物館に冷凍保管されている。
今回、ボルツァーノ市の研究機関「ユーラック・リサーチのミイラ研究所」が、彼の体に今も生きた微生物が存在することを発見し、取り出すことに成功した。
アイスマンの体から見つかった4種類の酵母
研究チームは、アイスマンの体を一度ゆっくり解凍し、表面の氷や溶け出した水、皮膚や組織のかけら、体内の水などを慎重に採取した。
発見現場で1991年に集められた土も一緒に調べることで、どの微生物がアイスマンの生前から体内にいたのか、どれが死んだあとに入り込んだのかを見分けようとした。
採取したサンプルから4種類の酵母が発見された。
酵母は、糖分を食べてアルコールと炭酸ガスに分解(発酵)する微生物(真菌類)の一種で、パンを膨らませたり、お酒を造ったりするのに使用される。
グラシオザイマ・ワトソニー(Glaciozyma watsonii)、ムラキア・ロベルティー(Mrakia robertii)、フェノリフェリア・グラシアリス(Phenoliferia glacialis)、そしてゴフィオザイマ属(Goffeauzyma)だ。
どれも低温でよく育つ性質を持っていて、遺伝子を詳しく調べると、南極や北極の氷河、アルプスの高い場所など、極端に寒い環境にすむ酵母の仲間に近かった。
研究チームのモハメド・S・サルハン氏も、酵母が見つかったこと自体が予想外だったと語っている。
培養した酵母でサワードウ作りに挑戦
酵母が見つかったと話せば、誰もがパンに使えるのかと聞いてくるという。
サルハン氏はそう語りながら、実際にパン作りを試してみた。
作ろうとしたのは、酵母と乳酸菌の力でゆっくり発酵させるサワードウという種類のパンの生地になる。
最初はアイスマンから取り出した酵母が、小麦粉になじまなかったため、研究チームは2週間ごとに種を新しく入れ替えながら、酵母を少しずつ小麦粉になじませていった。
3か月ほど続けたところ、ついに24時間でふくらむごく普通の生地ができあがった。
ただしサルハン氏はこれまでパンを焼いたことがなく、上手に焼くことはできなかったという。
今後は食品分野の専門チームと協力してパン作りを進める予定だ。
そして次の計画はアイスマンの酵母を利用したビールだ。
ドイツのビール醸造で名高い研究機関ヴァイエンシュテファンの専門家と相談を始めたという。
マイナス6℃でも微生物は生きていた
パン作りは楽しい話題だが、研究チームが本当に確かめたかったのは別のことだ。
アイスマンはマイナス6℃、湿度99%という、発見現場の氷河とほぼ同じ環境で冷凍保存されている。
この氷点下の環境の中で微生物は活動を本当に止められているのかどうかを知るのが研究の真の目的である。
調べてわかったのは、低温を好む微生物にとっては、マイナス6度の保存室ですら活動しているという事実だった。
研究チームが2010年と2019年に採取した皮膚のサンプルを比べたところ、グラシオザイマという酵母の割合が、2010年の85%から2019年には98%にまで増えていた。
しかも2019年のサンプルでは、酵母のDNAが新しく長い状態を保っていた。
古いDNAほど短く切れて傷が増えるので、新しく長いということは、この酵母が最近も活動して増えていた可能性が高いことを示している。
アイスマンは静かに眠る標本ではなく、今も微生物が生きて動く生態系だった。
アイスマンの体から腸内細菌も発見
酵母とは別に、アイスマンの体の奥深くからは、現代人の腸ではほとんど見られなくなった種類の腸内細菌も見つかった。
アフリカや南米の一部の人々の腸には今も残っているもので、5,000年以上前の人間の腸内環境をそのまま伝える貴重な手がかりになる。
こうした古い腸内細菌のDNAには年月を経た傷がはっきり残っていて、現代の微生物が後から紛れ込んだものではないと確かめられた。
さらに、過去の保存処理が、特定の微生物を有利にしていた可能性も見えてきた。
アイスマンが見つかった当初、カビの発生を防ぐためにフェノールという薬品が体に使われた。
ところが見つかった酵母4種のうち3種は、このフェノールを分解できる遺伝子を持っていた。
カビ取りに使った薬品が、それを栄養にできる酵母にとっては好都合な環境を作っていたことになる。
研究チームが気にかけているのは、こうした微生物がミイラを傷める恐れだ。
酵母や細菌の中には、皮膚や組織の主成分であるコラーゲンやたんぱく質、脂肪を分解する酵素を持つものがいた。
冷たく乾いたミイラの体から栄養を得ようとする働きが少しずつ進めば、長い目で見てアイスマンの体そのものを損なうことにつながりかねない。
この酵母はアイスマン本人のものなのか
最後に、研究者の間でも答えの出ていない疑問が残っている。
見つかった酵母は5,300年前のアイスマンの時代から彼とともにあったものなのか、それとも比較的最近すみついたものなのか、という点だ。
研究チームのフランク・マイクスナー氏は、これらの酵母は何千年もの旅をアイスマンとともに歩んできたと考えている。
一方で、論文に加わっていないラトビア有機合成研究所のニコライ・オスコルコフ氏は、慎重な見方を示す。
酵母のサンプルが採られたのは2010年と2019年の2回だけで、何千年も増え続けてきたという証拠はほとんどなく、むしろ比較的最近すみついた可能性が高いというのだ。
研究チーム自身も、この点を未解決の疑問として正直に書いている。
これらの酵母が古代から増殖を続けてきた子孫なのか、休眠していた酵母が解凍によって目を覚ましたものなのか、今はまだ判断できる証拠がそろっていない。
低温を好むこの酵母は、もともとアイスマンが見つかった氷河の近くにもすんでいるため、彼が亡くなったあとに体の自然な開口部から入り込んだとも見られている。
見つかった酵母が今も生きていて、培養すればパンを焼けることははっきりしている。5
5,300年という時間をどう旅してきたのかは、これからの研究が明らかにしていく。
まとめ
この研究でわかったこと
- 5,300年前のミイラ、アイスマンの体から4種類の酵母が見つかり、培養してパンの生地が作れた
- マイナス6度で保存されているのに、低温を好む酵母が今も増えていた
- かつて保存に使った薬品フェノールを栄養にできる酵母がいた
まだわかっていないこと・今後の課題
- 見つかった酵母がアイスマン本人の時代からのものか、最近すみついたものかは不明
- 増え続ける微生物がミイラの体を傷めないか、長期的な監視が必要
References: Springer.com[https://link.springer.com/article/10.1186/s40168-026-02417-6] / Scientists Find Signs of Active Life in Ötzi The Iceman[https://www.sciencealert.com/scientists-find-signs-of-active-life-in-tzi-the-iceman] / Scientists make sourdough bread using yeast found in 5,000-year-old mummy[https://www.theguardian.com/science/2026/jun/05/scientists-sourdough-bread-yeast-strains-mummy] / Eurac[https://www.eurac.edu/en/magazine/otzi-and-his-microbiome-a-detailed-picture-of-the-microbial-community-associated-with-otzi]











