アドリア海に浮かぶクロアチア諸島の一つ、ブラチ島。その町に「家の中の家」と呼ばれる、奇妙で古びた観光スポットがある。
19世紀に建設されたこの建物の背景には、興味深い物語がある。
地元の有力者の一族に、先祖代々の土地を売ることを拒み続けて投獄されても屈しなかった農民の話だ。
入れ子人形マトリョーシカを連想させるユニークな構造で、観光客を惹きつける「家の中の家」の物語にせまっていこう。
屋根なしの家の中にもう一軒家が
クロアチアのブラチ島南岸にある小さな港町、ボルの市街地を歩いていると、古びた石造りの建物に行き当たる。
パッと見はただの廃墟だ。家のようだが屋根はなく、壁のほとんどが積み上げた石でできている。
ところが中をのぞくと、なぜか小さな家があるのがわかる。大きな壁の内側に、小さな家がすっぽりと収まってるのだ。
ロシアの木製人形マトリョーシカのように、家が家を丸ごと包み込んだ構造。上から見ると、小さな家が大きな邸宅の壁に囲まれてる様子が見て取れる。
奇妙な「家の中の家」にまつわる物語
この建物は地元では「クチャ・ウ・クチ(Kuća u kući)」と呼ばれている。クロアチア語で「家の中の家」を意味する言葉だ。
外側の壁はモルタルなしの石積みで、ボルを含む地域に古くから伝わる建築技法が使われている。
なにより気になる「内側の小さな家」は、主に正面の門から眺められる。かつては全面的に立ち入り禁止だったが、近ごろは門から入って家の内部を見て回ることもできるそう。
ブラチ島はアドリア海東岸のダルマチア地方に位置し、白い石灰岩の産地として知られる。ウィーンの国会議事堂やワシントンのホワイトハウスにもブラチ島の石が使われたと伝えられるほどだ。
歴史ある島の小さな町に、なぜこれほど奇妙な建物ができたのか。
答えは19世紀のボルで起きたある争いにさかのぼる。ただしこれから紹介する物語は地元に伝わるものであり、すべての詳細が史実として確認されているわけではない。
先祖代々の土地の売却を拒否したマルコ
19世紀のボルに、「シラ(Sila)」というあだ名で呼ばれる農民が暮らしていた。本名はマルコという。
「シラ」とはクロアチア語で「力」や「たくましさ」を意味する。マルコはそのあだ名のとおり、一度決めたことは何があっても曲げない人物で有名だった。
そんなマルコの土地に、ヴコヴィッチ家の船長3兄弟が目をつけた。
ボルでも指折りの名家であるヴコヴィッチ家は、財力と権力に恵まれており、そこの6人兄弟のうち、3人が大型船を所有する船長で、他の3人は神父という顔ぶれだった。
船長3兄弟はそれぞれにスペイン人女性と結婚したばかりで、家族をボルに呼び寄せるため、宮殿のように豪華な邸宅を建てようとしていた。
そこでヴコヴィッチ家は、周辺の土地を高額で次々買い取っていった。近隣住民のほとんどはその申し出をチャンスと考え、すんなり土地を売り渡して立ち退いた。
しかしマルコだけは、いくら大金を積まれても首を縦に振らなかった。
先祖代々受け継いだ土地と家は、マルコにとってかけがえがなく、金額に換算できるものではなかった。
マルコは投獄されて脱走、2度も故郷を追われる身に
マルコとの交渉が行き詰まったヴコヴィッチ家は、町長のヴジッチに仲裁を求めた。ヴジッチはヴコヴィッチ家の立場に同情的で、マルコを説得しようと働きかけた。
土地を売るよう迫ってきた町長に対し、諦められないマルコは命を奪うと脅した。
身の危険を感じたヴジッチは、マルコを投獄したが、マルコは脱獄し、当時独立した国家だったドゥブロヴニク(現在はクロアチア南部の都市)へと逃れた。
マルコが姿を消すと、ヴコヴィッチ家はさっそく邸宅作りに着手した。
ただそのやり方はおかしなもので、マルコの家を取り壊すのではなく、家からわずか数メートル外側に壁を建て始めたのだ。
その裏には、「こうやって家をまるごと壁で囲っておけば、いずれ戻ってくるマルコもきっと閉塞感に音を上げて立ち退きを決め、今度は自ら頭を下げて土地を売りに来るだろう」という目論見があった。
一方、ドゥブロヴニクでその知らせを聞いたマルコは、居ても立っても居られなくなった。
ならば建設中の邸宅を爆破しようと、火薬を4樽手に入れると、仲間とともにボルへ舞い戻った。
ところが情報が漏れたのか、夜陰に紛れて邸宅のそばで作業してるところを阻止されて、マルコはまたしてもボルを離れることになる。
3兄弟の乗った船が嵐で沈没、マルコは家へ
ヴコヴィッチ家の建設作業は順調に進み、残るは屋根の材料の調達のみとなった。3人の船長兄弟は、材料があるイタリアのヴェネツィアに船を出した。
材料を積んだ船は帰路に向かったが、アドリア海で激しい嵐に遭遇して沈没。3兄弟は全員、海の底に消えた。
完成まであと一歩だった邸宅はそのまま放置された。3兄弟には子どもがおらず、ヴコヴィッチ家の血筋もここで途絶えた。
ヴコヴィッチ家の全滅を知ったマルコは再びボルへ戻った。壁に囲まれていたものの、我が家は変わらず立っていた。
その後マルコは、大きな壁に囲まれた小さな家で、残りの生涯を静かに過ごした。マルコの死後は甥が家を引き継ぎ、一族とともに土地を守っていった。
大切な土地の売却を拒否したことをきっかけに、2度も故郷を追われた農民マルコは、最後に自分の家へ帰り着いた。
一方、権力と財力でマルコを排除しようとしたヴコヴィッチ家は、豪華な邸宅の完成を見ることもなく、一族まで絶えてしまった。
決着をつけたのは、人間でもお金でもなく、アドリア海の嵐だった。誰もが予想しなかった幕切れだ。
クチャ・ウ・クチは文化遺産に指定され観光名所に
現在「クチャ・ウ・クチ」はクロアチアの法律によって保護された文化遺産に指定されており、世界中から観光客が訪れる名所となっている。
ボル市はこの建物に夜間照明を設置しており、日没後もそのユニークな姿を見ることができる。
安全上の理由から立ち入れない部分もあるが、見学や説明板、ガイドツアーを通じて歴史を学べる。
屋根のない外側の壁は未完成のまま、今も風雨にさらされ、内側の小さな家だけがちゃんとした姿で立っている。
名家の野望が途絶えた日から、どれだけ時間が流れても、マルコの家はそこにあり続けるのだろう。
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References: Bolcroatia[https://www.bolcroatia.com/all-about-bol/the-kuca-u-kuci-house-in-a-house-in-bol-on-the-croatian-island-of-brac/?srsltid=AfmBOopFMQ3YDUklYTY79ZOmHoUT6t3tZ1Mc7KW23TLK_TpEkMnVNGFP] / Odditycentral[https://www.odditycentral.com/architecture/the-house-in-a-house-croatias-intriguing-architectural-oddity.html] / Samaa[https://www.samaa.tv/2087352645-croatia-s-house-inside-a-house-continues-to-fascinate-visitors]











