ヒト細胞に回路を組み込み生物学的コンピューターを開発、病気の患部に治療薬を放出
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 人間の細胞に回路を組み込んだ生物学的コンピューターが開発された。

 イスラエルにあるエルサレム・ヘブライ大学の研究チームが構築したこの技術は、がんなど複雑な病気のサインを細胞自身に計算させるものだ。

 病気の患部であると判断した時にだけ、正確に治療薬を放出する。正常な組織を傷つけず必要な場所だけを治す、高度な医療への応用が期待されている。

 この研究成果は『Nature Communications[https://www.nature.com/articles/s41467-026-74408-y]』誌(2026年6月16日付)に掲載された。

必要な場所だけ治療する細胞を作る難しさ

 医療の世界では、病気を見つけて自動で治療してくれる賢い細胞を作ることが長年の目標であった。

 しかし、人間の体内にある病気の組織は、たった1つの目印だけで見分けることが非常に難しい。

 例えば、がん細胞を攻撃する治療細胞を作る場合、がん特有の物質を1つ見つけただけで攻撃を開始してしまうと、それと同じ物質をわずかに持つ正常な組織まで誤って傷つける危険がある。

  安全に治療を行うためには、複数のサインが完全に揃っていることを細胞自身が確認してから作動しなければならない。

 従来の技術でも複数のスイッチを次々とつなぎ合わせることでこのような判断を行わせることは可能だったが、命令を増やすたびに計算の工程が積み重なって複雑になり、細胞の処理能力が追いつかずに誤作動を起こしやすくなる問題があった。

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RNAを切り貼りして細胞内にコンピューター回路を構築

 イスラエル、エルサレムにあるヘブライ大学のリオール・ニッシム博士とケレン・ロアス博士課程学生らの研究チームは、新しいアプローチを開発した。

 研究チームは、「RNAトランススプライシング」と呼ばれる、別々の遺伝情報のコピーを細胞内でつなぎ合わせる自然なプロセスを利用した。

 RNA(リボ核酸)とは、細胞の設計図であるDNAから必要な命令だけを書き写した作業用の指示書のことである。

 この指示書を細胞内で切り貼りして結合させる仕組みに人工的な調整部品を組み合わせることで、細胞に与える命令の数や計算の工程を大幅に減らすことに成功した。

 ニッシム博士は、この新しい方法によって細胞の機能を落とすことなく、はるかに高度なプログラムを細胞内に構築できるようになったと説明する。

 研究チームは細胞の中に、まるでコンピューターの電子チップ(半導体)のような効率的な計算回路を直接組み立てたのだ。

電子部品と同じ働きをする全加算器やスイッチの再現

 研究チームは、この技術を証明するために、コンピューターのプロセッサーに使われるパーツと同じ働きをする分子ツールを細胞内に作った。

 その1つが、2進法の足し算を行う「全加算器」と呼ばれる計算回路である。

 全加算器は、コンピューターがデータを処理する上で欠かせない最も基本的な計算部品だ。

 さらに、複数の信号の中から必要な信号を1つだけ選んで次に伝える「マルチプレクサー(Multiplexer)」という電子部品の役割も細胞内で再現した。

 これらの細胞内の信号の動きは、様々な色に光る蛍光タンパク質を使って正常に作動しているか確認されている。

 また、このシステムには安全装置も組み込まれている。

 細胞が処理できないような矛盾した命令を同時に受け取った場合、そのまま暴走するのではなく、異常を知らせる特別な警告信号を出して停止する仕組みだ。

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がん治療への応用とソフトウェアのように設計される未来の医療

 この技術が実際の医療でどのように役立つかを示すため、研究チームは細胞をプログラミングする実験を行った。

  開発された回路を持つ細胞は、がんと戦う免疫細胞を元気にするインターロイキン-15受容体というタンパク質を自ら作り出し、必要なタイミングで分泌することに成功している。

 今回の新しい回路は、細胞が判断を行うために使う遺伝物質やエネルギーの量を最小限に抑えることができる。

 現在はまだ研究室の中の実験段階である。

 今後は遺伝子スイッチの細かい誤作動をなくすことや、より大きな回路を安全に細胞へ組み込む方法を見つける必要がある。

 将来的には、まるでパソコンのソフトウェアを書き換えるように、生物学的なコードを使って病気の診断と治療を完璧に行う新しい医療を実現させることが目標だ。

まとめ

この研究でわかったこと

  • 人間の細胞内にコンピューターチップと同じように計算や信号の選択ができる回路を構築した。
  • 新技術により、細胞に負担をかけず少ない部品で複雑な命令を同時に処理できるようになった。
  • 細胞自身に病気の複数のサインを計算させ、正しい条件の時だけ治療薬を放出させる実験に成功した。

身近な例に例えるなら?

  • これまでの治療薬が「怪しい場所に片っ端から突撃する兵士」だとすれば、今回の技術は「複数の証拠をじっくり計算し、犯人を完全に特定してから作動するスマートな探偵型ロボット」を細胞の中に直接組み立てるようなものである。

まだわかっていないこと(今後の課題)

  • 細胞内にある遺伝子スイッチの細かい誤作動や予期しない反応を完全に無くす方法はまだ確立していない。
  • より複雑で大きな計算回路を、人間の細胞の遺伝情報全体に安全かつ確実に組み込む技術の開発が必要である。

References: DOI.10.1038/s41467-026-74408-y[https://www.nature.com/articles/s41467-026-74408-y] / Scientists teach human cells to compute like tiny computers | EurekAlert![https://www.eurekalert.org/news-releases/1134211] / Scientists Turned Human Cells into Tiny Biological Computers[https://www.zmescience.com/science/biology/scientists-turned-human-cells-into-tiny-biological-computers/]

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