アルゼンチンで金魚が「感覚を持つ存在」として法的に権利が認められる
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 アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの、おしゃれな地区にある寿司レストラン。この店の外にはガラスの水槽が設置され、中には2匹の金魚が泳いでいた。

 だがその飼育環境は決して理想的なものとは言えず、現地の保護団体が同国の動物虐待防止法に抵触するとした申し立てを行った。

 その結果、裁判所は2匹を虐待的な環境から救出するよう命じるとともに、「権利の主体」と認定。店の責任者には動物法に関する講習の受講などが命じられた。

 今回の判断は、金魚に人間と同じ権利を与えるものではないが、魚も苦痛やストレスを感じる生き物であるとし、法的保護の対象となることを司法が明確に認めた事例として、国内外で大きな注目を集めている。

寿司レストランの水槽で飼われていた金魚を保護

 ブエノスアイレス市北部のレコレータ地区にある寿司レストランで飼育されていた、「フェデ」と「マギ」という名の2匹の金魚2匹は、店の外壁に設置された容量約40リットルのガラス製の水槽の中で飼われていた。

 水槽は屋外から見える場所にあって、金魚たちは直射日光や気温の変化、車の騒音や振動などの影響を受ける場所に置かれていた。

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 動物保護団体「Jaulas Vacías(ハウラス・バシアス、空っぽの檻)[https://jaulasvacias.org/]」は、この環境が金魚にとって著しく不適切であり、アルゼンチンの動物虐待防止法に抵触するとして司法機関へ申し立てを行った。

 同団体によると、水槽はあまりにも狭く、2匹は十分に泳ぎ回ることすらできていなかったという。

 金魚たちの「救出」後に公開された声明の中で、同団体は当時の状態について次のように説明している。

彼らはひれを動かすたびにガラスにぶつかってしまうほど、狭苦しい場所で暮らしていました。そのため、この種にふさわしい成長もできませんでした。

さらに常に降り注ぐ日差しにさらされ、本来は冷たい水域で暮らす種でありながら、身を隠す場所もありませんでした

 また、通りすがりにガラスを叩いて行く通行人が後を絶たず、金魚たちは慢性的なストレスにさらされていたという。

ストレスによって鱗が失われ、人々がガラスをたたく音から逃げようとしても逃げることができませんでした。

互いにぶつからないよう、上下方向に移動することを強いられていました

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魚を「権利の主体」と認めるよう裁判所に申し立て

 同団体が求めたのは、2匹を別の水槽へ移すことだけではない。魚も苦痛やストレスを感じる「感覚を持つ存在」であり、虐待から守られる権利をもつ生き物として扱うよう求めたのである。

 団体側の弁護士マティアス・トルフェロ氏は、水槽の前で立ち止まって見れば、金魚に適した環境ではないことは明らかだったと説明している。

 金魚を水槽で飼育すること自体は違法ではないが、「狭すぎる水槽や餌不足、不適切な温度や水質など、金魚に苦痛を与える状態に置くことは、動物虐待に当たり得る」というのが、申し立ての中心となった主張である。

 この申し立てを受け、2026年4月24日、裁判所は家宅捜索と保護措置を命じた。この命令によって2匹の運命は大きく変わることになった。

金魚の権利が法的に認められ、店に手放すよう命じる

 水生動物の専門家や獣医師らによる調査が行われ、水槽の大きさや設置場所、周囲の環境などを総合的に検討した結果、2匹が適切な環境で飼育されているとは言えないという判断がなされた。

 裁判所は店の責任者に対し、動物法に関する講習を受講すること、飲食店で動物を飼育しないこと、フェデとマギに対する権利を放棄することを命じた。

 その結果、フェデとマギは寿司レストランの水槽へ戻ることなく、Jaulas Vacíasの管理下で飼育されることになった。

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 2匹の保護と移送に協力した水生動物の専門家、カルロス・ホセ・アガさんは、魚の移送には細心の注意が必要だと指摘する。

 アガさんは、魚が水とともに移動する様子を、生命維持環境を携えて移動する宇宙飛行士に例えて説明した。

魚は宇宙飛行士のようなもので、生命維持に必要なあらゆる指標を注意深く監視しながら、自分たちの環境の中で旅をします。

そして目的地に到着したら、免疫力の低下につながるような不均衡を避けるために、その環境を極めて正確に再現しなければなりません

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魚を「感覚を持つ存在」と認め、法的措置の行使が可能に

 今回の判断で最も大きな意味を持つのは、裁判所がフェデとマギを単なる所有物ではなく、「感覚を持つ存在」であり、「権利の主体」であると認めた点にある。

 ここでいう「権利の主体」とは、金魚に人間と同じ権利や法的能力を与えるという意味ではない。

 認められたのは、魚も苦痛やストレスを経験する生き物であり、不適切な飼育や虐待から保護される権利を持つという「立場」だと言えるかもしれない。

 今後は自ら訴えることのできない動物に代わり、動物保護団体や専門家などが裁判所に救済を求め、その生命や健康を守るための措置を取れることになる。

 アガさんは、法的権利を認めるだけでは、動物を実際に救うことはできないと指摘する。その「権利」を行使するためには、声を上げることのできない動物に代わって行動する人間が、どうしても必要だからだ。

権利の主体と認められても、自分ではほとんど何もできません。声を上げられない者に代わって話し、法律を実行させる人が必要なのです

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 実は今回の裁判所の判断が、アルゼンチンで初めて動物の法的地位が認められた例というわけではない。

 2014年には、ブエノスアイレス動物園で飼育されていたオランウータンのサンドラに対し、「人間ではない人格」と認める司法判断が示されたことがある。

 たとえ十分な餌を与えられていたとしても、動物園で拘束されている限り、それはサンドラの「権利の侵害」にあたるというわけだ。

 サンドラはその後、2019年にアメリカ・フロリダ州の大型類人猿の保護施設へ移され、現在もそこで暮らしている。

 今回のフェデとマギの事例は、そうした動物の権利を求める流れが、魚類にも及んだ例として注目されたのだ。

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金魚の飼育そのものが禁止されたわけではない

 近年になって、ヨーロッパを中心に「魚にも苦痛を感じる感覚があるのだから、その福祉を守るべきだ」という議論が広がっているそうだ。

 とはいえ、アルゼンチンで金魚を水槽で飼育すること自体が禁止されたわけではない。

 問題とされたのは、その生き物の種や数に合わない環境に置いて、苦痛やストレスを与えることだ。

 これは金魚に限らず、どんなペットに対しても同じことだし、そもそもペットを飼う上での大前提だと言えるだろう。

 特に魚の場合、苦痛やストレスが人間にわかりやすい形で表れるとは限らず、不適切な飼育環境が見過ごされやすいのも事実である。

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 アガさんの話にもあるように、水の中の生き物を飼うためには、生きるための環境そのものを準備し、整えてやらなければならない。

 ほんの少しの油断で水温や水質が変わってしまい、水槽の魚が死んでしまう…という失敗は、アクアリストなら一度は経験したことがあるんじゃないだろうか。

 宇宙飛行士の話は良い例えだと思う。人間が宇宙空間で生きていくためには、空気や温度、気圧など周りの環境をそのまま持って行かなければならないのだから。

(今回の寿司レストランでの飼育環境は)2頭のホッキョクグマを、サウナの中の檻に入れるようなものだったんです

 今回、寿司レストランの水槽で暮らしていた金魚たちの状況について、アガさんはこのように説明していた。

 なお、フェデとマギは、アガさんの管理する約2500リットルの大型水槽へ移された。以前の水槽が約40リットルだったため、水量はおよそ62.5倍になった計算だ。

 移送作業は専門家の監督のもとで行われ、2匹は徐々に新しい環境へ順応していった。現在は新しい水槽に落ち着き、良好な状態で暮らしているそうだ。

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References: Argentina court recognizes two goldfish as sentient after Empty Cages complaint[https://www.kbtx.com/2026/07/14/court-recognizes-2-goldfish-sushi-restaurant-are-sentient-beings-with-rights-orders-their-removal/]

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