博物館の収蔵庫の奥深くに眠る標本たち。長い年月を経た後で、採集当時は存在しなかった技術により、重要な発見につながることがある。
今回、そんなドラマの主役となったのは、1836年にネパールで採集され、約190年にわたってロンドン自然史博物館に収蔵されてきたセンザンコウの標本だ。
この標本に残されたDNAを最新の技術で解析し、現代の個体群と徹底的に比較した結果、驚くべき事実が明らかになった。
ヒマラヤ南部に生息するセンザンコウは、これまで考えられていたミミセンザンコウの地域個体群ではなく、約180万年も前に分岐した独立した種だったのである。
この研究成果は学術誌『Communications Biology[https://www.nature.com/articles/s42003-026-10314-9]』(2026年7月1日付)に掲載された。
世界で最も密売されている哺乳類
センザンコウはアフリカとアジアに生息する中型の哺乳類で、細長い顔と大きな爪を持ち、硬い角質のウロコで全身を覆われているのが特徴だ。
外敵に襲われると、彼らは体をボールのように丸め、その硬いウロコで柔らかい腹部を守るのである。
ところが、この身を守るためのウロコが、皮肉にも人間による乱獲を招く原因となってしまった。
センザンコウのウロコは漢方薬などに利用され、精力剤などの原料になると信じられているほか、肉も食用として高値で取引されているのだという。
その結果センザンコウは、「世界で最も大量に違法取引されている哺乳類」となってしまい、すべての種が絶滅の危機に直面している。
これまでアジアには、ミミセンザンコウ(学名:Manis pentadactyla)、インドセンザンコウ(Manis crassicaudata)、マレーセンザンコウ(Manis javanica)、パラワンセンザンコウ(Manis culionensis)の4種が生息しているとされてきた。
それが今回の発見により、ヒマラヤ山麓に「第5の種」が存在することが確定したのである。
190年前の標本が解き明かした「分類学上の謎」
今回の研究は、中国・ネパール・米国・英国など、複数の研究機関から集まった国際共同研究チームによって行われた。
このチームはセンザンコウの系統樹の解析を独自に進めており、世界各地のセンザンコウのDNAや身体的特徴を比較しながら、10年にわたって種の分類や進化の過程を調べ続けていた。
そんな中、2025年に別の科学者グループが、これまで「ミミセンザンコウ」としてひとまとめにされてきた動物が、実際には2つの種であることを明らかにした。
1種は主に中国に、もう1種はヒマラヤ山脈の麓に生息しているとし、後者の個体群を新種に分類。「マニス・インドブルマニカ(Manis indoburmanica)」という新しい学名を与えていた。
動物の学名の命名には「先取権」という原則があり、同じ種に複数の学名が付けられていた場合、最初に正式発表された名前が優先される。
センザンコウの種がいくつ存在し、それぞれどのように関連しているのかを解明しようとしていた研究チームは、その過程で「マニス・アウリタ(Manis aurita)」という種に着目した。
マニス・アウリタは1836年に発見されていたが、その後はミミセンザンコウの亜種に「格下げ」されていた。
2025年に新種とされたマニス・インドブルマニカと、このマニス・アウリタは、同じ種である可能性はないのだろうか。
ここから、分類学上の大きな「謎解き」が始まった。この疑問を解き、正当な学名を確定させようとしたことが、今回の調査の重要なきっかけとなったのである
論文の共同責任著者で、広州大学華南生物多様性センターの何鍇(Kai He)博士[https://lifesciences.gzhu.edu.cn/info/2369/26711.htm]は、当時の状況を次のように語っている。
私たちの前には、分類学上の中心的な謎が残されていました。「indoburmanica」と「aurita」の間には、どのような関係があるのか。同じ種なのか、それとも異なる種なのか、という問題です
その謎を解く決定的な鍵となったのが、ロンドン自然史博物館に保管されていた、1836年のマニス・アウリタのタイプ標本だった。
パズルを完成させる、最後にして最も胸が躍る手がかりは、ロンドン自然史博物館からもたらされました。
同館の研究チームは、その優れた専門知識と協力によって、約190年前の基準標本から直接DNAを解読することに成功したのです
解析の結果、1836年のマニス・アウリタの標本は、2025年にマニス・インドブルマニカと命名された系統と同じ動物であることが判明した。
1836年の標本と現代のヒマラヤの個体、そして2025年に新種とされた個体は、すべて同じ遺伝的系統であることが証明された。
そして学名の先取権に基づき、2025年の「マニス・インドブルマニカ」は「新参異名(シノニム)」となり、1836年の「マニス・アウリタ」の名称が復活を遂げたのである。
氷河期から続く孤独な進化
今回行われた遺伝子解析によれば、マニス・アウリタとミミセンザンコウは、更新世初期にあたる約180万年前に、共通の祖先から分かれたと推定されている。
ヒマラヤの険しい山岳地帯や河川といった過酷な地理的条件が壁となり、両種の間での遺伝的な交流が、ほぼ完全に遮断されてきた結果だろう。
外見にも明確な違いがある。マニス・アウリタはミミセンザンコウに比べて全体に体が大きく、尾と後ろ脚が長い。
平均全長を比較すると、ミミセンザンコウの約71.2cmに対し、マニス・アウリタは約95.2cmと一回り大きく、後ろ脚の長さも2倍以上の差がある。
一方で、「aurita=耳を持つ」という学名の由来とは裏腹に、耳(外耳介)はミミセンザンコウよりも小さく、控えめな形状をしているという。
正確な分類が密猟対策の武器になる
それぞれのセンザンコウを独立した種として正しく認識することは、学術的な分類にとどまらず、密猟対策の最前線において極めて実用的な意味を持つ。
センザンコウの闇取引では、薬効があるとされるウロコだけが取引されることが多く、これまでは「どの種がどこで」密猟されたのかを判別するのが困難だった。
今回の論文の共同責任著者で、中国広東省の林業科学院の華彦(Yan Hua)博士は、次のように強調している。
今回、分類が明確になったことは、違法な密猟に対抗するための重要な科学的基盤となり、存在が見過ごされてきたこの絶滅危惧種を保護するための土台になります
また、フィールド自然史博物館[https://www.fieldmuseum.org/]のアンダーソン・フェイジョ博士[https://www.fieldmuseum.org/about/staff/profile/anderson-feijo]は、種の存在を知ることが保全の出発点になると語る。
私たちは、知らないものを守ることはできません。
今回、もう1種のセンザンコウが存在することを確認できたので、その情報を活用し、絶滅の危機にある動物たちを守るためのより良い決定を下すことができます
博物館標本が未来の命を救うタイムマシンに
今回の発見は、ネパールから始まった5年以上の研究の集大成である。筆頭著者でポカラ大学ネパール工科大学のナラヤン・コジュ博士は、国際協力と博物館標本の重要性をこう語る。
マニス・アウリタが有効な種であると確認されたことは、長期的な研究、国際協力、そして博物館収蔵品の重要性を示しています。
何よりも、世界で最も多く違法取引される哺乳類を絶滅から守る取り組みに、確かな科学的基盤を与えるものです
博物館の収蔵品は「過去を振り返り、そこから学び続けることができる資料の宝庫」であり、野生で見つけることが難しい希少動物の真実を教えてくれるタイムマシンのような存在だ。
新たにわかった情報は、さまざまな地域での密猟者の取り締まりに役立つだけでなく、センザンコウをかつての生息地に再導入する取り組みにも活用できる。
以前は、違いがわからなかったために、ネパールに(中国の)ミミセンザンコウを導入してしまったかもしれません。種間の違いとそれぞれの種の生息域の限界を明確にすることで、より良い保全策を講じることができるのです
フェイジョ博士はさらにこう付け加える。
博物館の収蔵品を利用することで、種の生息域全体にわたる、より多くの個体にアクセスできるようになります。
この資源を資料の保管庫として利用できることは大きな利点であり、そこから学び続けられるのです
今回、約190年もの時を経た標本が導き出した答えは、分類学の歴史を塗り替えただけでなく、「世界で最も違法取引される哺乳類」の未来を守るための新たな一歩にもなりそうだ。
References: This pinecone-looking animal is the world’s most-trafficked mammal. New analysis of its DNA and a rebuilt family tree could help save it from poaching.[https://www.fieldmuseum.org/about/press/this-pinecone-looking-animal-is-the-worlds-most-trafficked-mammal-new-analysis] / DOI.s42003-026-10314-9[https://www.nature.com/articles/s42003-026-10314-9]











