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1989年12月に日経平均株価が3万8915円を記録し、バブルが崩壊。その後、日経平均株価が最高値を更新するまでに、約34年の月日がかかった。

前編では、この“失われた30年”を、『山一前後 日本証券市場の敗戦と復興』(日本経済新聞出版)の著者である日本経済新聞社編集委員・小平龍四郎さんと振り返った。

後編では、株価が高騰している現状に対する思いや、今後の日本に期待していることを伺う。

現在の日本市場は“過熱”であって“バブル”ではない

日経編集委員が考える“失われた30年”を抜け出した日本の行く先


――2024年に日経平均株価が最高値を更新してから上昇を続け、現在は6万円台で推移しています。この状況を、小平さんはどう見ていますか?

小平 最高値を更新したとき、「自分が生きている間にこんな日が来るとは思わなかった」というコメントをよく見かけましたが、私も同じ気持ちでしたね。

ただ、市場の様相は、バブル期とは全然違うと感じています。よく「株価が高騰しているいまもバブルなのか?」といった質問をいただくんですが、私は過熱ではあってもバブルではないと思うんです。「株価が高騰=バブル」ということではなく、損失補填などの不正が横行したり、無茶苦茶な株価理論が流行したり、証券会社が回転売買をしたりするといったデタラメな状況のなかで株価が高騰していくことをバブルと捉えています。

――小平さんのお話や『山一前後』から、バブル期がいかにデタラメだったかということがわかります。不正で成り立っていたから、一気に弾けたということですよね。

小平 そうだといえますね。バブル期って、法律的にも倫理的にもデタラメだったんですよ。同じようにバブルと表現されるものでいえば、1990年代後半にアメリカで発生したネットバブルがありましたが、あれも会計でインチキがあったことが後々判明しています。リーマン・ショックを引き起こしたクレジットバブルも、ほとんど収入がない人に対して営業マンが「収入がある」というニセの契約書を書いてローンを出すといったことが行われていました。

そういうデタラメが行われていると、後から「バブルだったね」と言われてしまう。

その点、現在は見ている限り、デタラメはないと感じています。インサイダー取引も、かなりの確率で摘発されるようになりましたしね。相場の過熱感はあるものの、バブル期のように何かが発覚して、連鎖的にいろいろな会社で不正が見つかったり破綻したりといったことにはならないでしょうね。

熱心な個人投資家にこそ伝えたいこと

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――前編で「同じことを繰り返さないために」という思いで『山一前後』を書かれたとお聞きしましたが、バブル期を知らない世代にとって、当時の不祥事の内容は衝撃的です。

小平 若い方々と話すと、「バブル期は景気がよくてキラキラしている」「私もバブルを経験したい」とおっしゃる方がいて、憧れみたいなものを抱いているのかなと感じます。しかし、実際は先ほども話したようにデタラメだらけの社会だったわけなので、あまり美化しちゃいけないなと。だから、当時の状況を正しく知っていてほしいと思います。

一方で、非常にリテラシーの高い個人投資家が増えたなという印象も受けています。投資をしっかり勉強している方が多いのか、SNSで市場の見方などを解説している投稿のなかには、的確なものも少なくないんですよね。

――個人投資家のリテラシーの向上は、NISAやiDeCoなどの制度ができて、投資の間口が広がったことも関係しているのでしょうか?

小平 大いにあると思います。それに加えて、東京証券取引所の企業に対する「資本コストや株価を意識した経営」の要請などが非常に効いていて、企業側がIRに力を入れるようになってきたことも、個人投資家が増えている理由のひとつではないでしょうか。株主総会も昔と比べると非常に開かれていて、個人投資家の参加も増えていますよね。



最近は、アクティビストが手間ひまかけて作成した資料も公開されています。その資料には企業の問題点などが提示されていて、個人投資家の気付きや学びにもなっているでしょう。バブル期はそういうものがまったくなくて、企業の情報は閉じようと思えばいくらでも閉じられた。情報へのアクセスの仕方や接点の数が大きく変わってきているという点も、個人投資家増加につながるところですよね。

――環境も整ってきているということですよね。そのような状況のなかで、個人投資家に伝えたいことはありますか?

小平 最近気になるのが「NISA貧乏」です。将来への不安からNISAの積立額を大きくしすぎてしまい、日々の生活にお金が回らなくなってしまう状態を指す言葉です。将来に向けて備えることは決して悪いことではありませんが、いまの自分や家族に投資することも大切なので、もう少し肩の力を抜いてもいいのかなと思います。

我々メディアが「年金は出ない」と言いすぎてしまったので、反省すべき点ではあるのですが、すべて自己責任でやらないと老後の生活は成り立たないと思ってしまっている人が多いんですよね。そんなことはなくて、公的な制度や会社の制度などがあることも知っておいてほしいですね。

投資に関しては、言うまでもないことかもしれませんが、手っ取り早く儲けようと思わないこと。焦ると、妙な金融商品に誘導されてしまうかもしれません。

目先の利益だけではなく、企業が発行している統合報告書や有価証券報告書などを読み、中長期の計画や目指している方向、経営者のビジョンなどを丁寧に把握することで、自分の感性と合う投資先が見つかると思います。

改めて世界に“日本的経営”をアピールするとき

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――『山一前後』の最後で、「グローバル化を進めながら、日本の伝統的な強みを世界に訴えるタイミングだ」という思いを書かれていますが、日本の伝統的な強みとはどこにあるのでしょう?

小平 世界では「シェアホルダー(株主)主義」対「ステークホルダー(利害関係者)主義」の論争が絶えず、欧米ではシェアホルダーを重視してきたことで、格差と分断が進んでいるといえます。

その点、日本企業はステークホルダーを大切にする調和やコミュニティが重視されてきました。それがよくない方向に働いてしまったのがバブル前後。前編で触れた山一証券の「お友達クラブ」はその象徴ですし、バブル崩壊後、多くの企業は社員や支店などを切れずに苦労しました。

しかし、グローバル化が進んだいま、シェアホルダーの存在も大切にしているからこそわかることは、片方だけを重視すればいいわけではないということでしょう。ステークホルダーを大切にすることで企業価値向上につながるし、シェアホルダーもステークホルダーに含めた新しい経営思想を形成して実践している企業もあります。日経平均株価の調子がいいいま、グローバル化と伝統的な経営の両方のよさを日本から発信できるタイミングにあるといえます。

――いい塩梅を見つけていけると、社会や市場が極端に傾くこともないということですよね。

小平 そうはいっても、日本も極端になりがちなんですけどね。1990年代から2000年初頭の日本は「雇用」「設備」「債務」が過剰だといわれていました。そこからグローバル化が進んだ日本企業を、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は「オーバー・プランニング(計画過剰)」「オーバー・アナリシス(分析過剰)」「オーバー・コンプライアンス(統制過剰)」と表現したんです。

反動で、正反対の3つが過剰になってしまったと。

日本の真面目さによるものではあるのですが、グローバル化にあたって、数値基準を掲げて頑張りすぎてしまったんでしょうね。「計画」「分析」「統制」の過剰から、抜け出すときに来ているのだと思います。

――日本の証券業界だけでなく社会全体が、新たなフェーズに入ってきているということですね。

小平 そうですね。日本株が見直されてきているので、新たな経営に乗り出し、世界に発信できるタイミングでもあるといえます。いまでもアメリカが依然として世界中のお金を引き付けており、世界一の株式市場であることは変わらないのですが、アメリカに集中しすぎているから見直そうという気運も高まっているので、日本が再び注目を集める可能性はあるでしょう。

株価が高騰している日本で何が起きているのか、日本企業の経営はどうなっているのか、海外で興味を持っている人は多いと思います。日本の伝統的な強みをアピールするチャンスですよね。

“失われた30年”を経て、新たな過渡期を迎えようとしている日本。ここからの社会がどう変わっていくのか、いち労働者としてもいち投資家としても見逃せない。

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(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)

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