■自民党を圧勝させた「推し活選挙」
2月の総選挙で高市早苗総裁率いる自民党が圧勝したのは、無名の若手アイドルを一気にスターダムに押し上げるような「推し活選挙」を展開できたからだった。
日本経済が長期的な不振にあえぐなかで、最も「割を食った」と感じる40代から50代の「就職氷河期世代」や、物心ついた時からスマホやSNSを使いこなして来た20代・30代の「Z世代」が、「日本列島を強く豊かに」と踊るように叫ぶ高市氏に熱く反応し、社会全体のうねりを引き起こした。
SNSのショート動画を巧みに使い高市ファンを動員したその空気が若者だけでなく、幅広い世代を惹きつけた。
立ち居振る舞いや持ち物にも気を配り、サナ活という言葉まで生まれた。歯切れよく力強い発言で、各国の首脳とも臆することなく渡り合い、X(旧ツイッター)やユーチューブといったSNSで自己アピールを怠らない。
アメリカのトランプ大統領や欧州の極右政党のリーダーのように、アイドルやスポーツ選手をファンが熱く応援するのにも似た政治的現象を「ファンダム政治」と呼ぶが、それを典型的に見せてくれているのが高市首相なのである。
しかし、そうした「ファンダム政治」「推し活選挙」によって頂点に上り詰めた高市首相の弱点は、国家の最高指導者としての経験や見識が不足していることだ。一夜漬けの受験勉強のように、目の前の課題には徹底した研究と徹夜の準備で臨んでいくが、腰を落ち着けて、現象の根底にある問題点を分析し、過去の経験を基に対処方針を考える能力は決定的に欠けている。
■移り気なファンダムに担がれた「孤独な女王」
いや、30年以上自民党の中心で活動してきたのだから、それなりの経験は積んでいるのだが、首相ともなると、個人的な経験や知識ではとても的確な判断をするのは難しい。
首相を支える与党の国会議員と官僚組織、さらには学者や知識人などの個人的なブレーンが必要だ。ところが高市氏には、そうした側近やプレーンの影は薄い。何でも自分で判断し、自分一人で解決しようとするからだ。結局、高市氏は、移り気なファンダムのあやうい神輿に乗る孤独な女王なのである。
当然のことながら、神輿を担ぐファンたちが関心を失ったり、担ぐのを止めたりすれば、政権の推進力はたちまち失われる。

その総選挙から半年になろうとする7月、高市氏を大勝利に導いた原動力であるネット世論に変化の兆しが見え始めていた。それをいち早く感じたのは、ネット上の高市ファンから激しい攻撃を受けてきた野党議員だった。
厳しい高市批判を続けてきたある野党議員は、6月下旬、国会が最終盤に差しかかった頃から、ネット上に飛び交う言説に微妙な変化が起きていることに気づいたという。
それまでは高市首相に批判的な言動をすれば、たちまち、雲霞のごとく誹謗中傷がやってきた。
■野党議員「ネット上の高市応援団がおとなしくなった」
「高市の足を引っ張るパヨク(左翼を表すネットスラング)」「日本を貶める反日・媚中議員」「財務真理教の手先」「クズ議員」「無能」……。「高市の敵」なら何でもいいのだ。ありとあらゆる誹謗中傷、罵詈雑言が溢れ、似たような文面の大量のメールが送りつけられてパソコンのサーバーがダウンしたこともあるという。
特に、週刊誌報道が発端になった「サナエトークン」や他候補の中傷動画作成と高市事務所との関係を追及すると、「週刊誌ネタで首相の邪魔をするのか」と凄まじい非難が押し寄せ、殺害予告まで届いていた。ところが、それに変化が見え始めたというのである。
「国会終盤あたりからですかね。私たちに向かってくる空気が少しずつ変わってきた。相変わらず根拠のない誹謗中傷はあるが、その数はひと頃より減っています。
それに明らかに政治的な背景はない、いたずら半分のものが増えてきました。ネット上の高市応援団がおとなしくなったような気がします」
激しい攻撃にさらされてきた側だからこそ、ネット空間の微妙な変化にも敏感なのかもしれない。その野党議員だけではない。同様にSNS上で「高市の足を引っ張っている」「反対するなら離党しろ」と非難され続けている自民党議員のなかにも、似たような感想を漏らす議員がいる。
■若者と無党派層の“高市離れ”
マスコミ各社の世論調査を見ると、2月の総選挙後をピークに、徐々に低下していた内閣支持率が、7月に入って軒並み急落した。
朝日新聞は、前月より7ポイント下がって53%、読売新聞も同様に12ポイント下がって57%。毎日新聞は、41%と前月より10ポイント下がり、不支持は44%で、ついに支持と不支持が逆転した。調査手法が違うので一概には言えないが、世論が高市政権に厳しい目を向け始めていることは間違いない。
各社の分析で共通しているのは、年代別では20代、30代の若い層と支持政党を持たない無党派層での落ち込みが大きいことだ。いずれもSNSを巧みに使いこなし、高市内閣を支えてきたいわばコアの支持層である。
SNSでの支持構造の変化を追うポジ・ネガ分析(SNSへの投稿をポジティブ=肯定的、ネガティブ=批判的と色分けして対比する分析手法)でも、その傾向ははっきり出ている。
■7月第2週に「ネガ」が「ポジ」を逆転
選挙・政治情報サイト「選挙ドットコム」では、高市首相や各政党をめぐる大量の動画をポジ・ネガ・中立に色分けし週ごとに分析してきたが、一貫して圧倒的に「ポジ」が多かった高市首相をめぐる動画が、国会終盤に入ってから「ポジ」が急落。
これまで横ばい傾向だった「ネガ」は増加し、7月の第2週には逆転した。朝日新聞のポジ・ネガ分析でも似たような傾向が出ている。
ただ、ネガ=批判的と言っても、内容は「外国人政策が手ぬるい」とか「消費減税が遅い」という右派的な立場からの批判が目立つ。
選挙ドットコムの鈴木邦和編集長は、筆者も出演した7月21日のBS番組で、「若い世代の最大の関心は経済・物価高対策にある。高市政権への支持は経済政策への期待に支えられていたが、暮らしが良くなった実感が乏しく、その期待が剝がれている」と指摘した。さらに、23日に配信された「選挙ドットコムちゃんねる」のYouTube動画で、「高市政権へのネガティブ動画の一番の材料は消費税、二番目は国会運営で、皇室典範も相当な材料になっている。国民民主党、参政党、日本保守党など保守系野党の支持層による内閣支持は、発足当初の8~9割から3~4割に落ちた」と分析している。実際、高市首相が与党の反対を押し切って消費税の減税を決めた後の7月の最終週では、一転してポジの件数が反転して「ネガ」を上回っている。
この動きがどこまで支持率と連動するかは分からないが、少なくとも高市人気の中心になってきた高市ファン層(高市氏にポジティブな投稿をする層)が、揺れ動き始めたことだけは確かだ。
■「国会運営は落第点」党内から漏れる不満
潮目が変わった大きな要因は、皇室典範と消費税減税をめぐる高市首相の政権運営だ。
6月、まだ高支持率に支えられていた高市政権は、衆院で4分の3という圧倒的な数の力で、皇室典範改正や国家情報室設置、国旗棄損罪と「国論を二分する政策」を次々に実現させた。しかし、与党が過半数を持たない参院では、強引な国会運営に野党側が反発、会期延長の末、全ての法案を成立させたが、その一方で、物価対策や消費税減税問題は、各党の協議が難航したこともあって手を付けられないままだった。

数の力で押し切ればいいという高市首相のあまりに稚拙な国会運営が裏目に出たのだ。
国対経験が長い自民党議員はこう指摘している。
「ひとことで言って、国会運営は落第点だ。参院側だけでなく衆院の国対とも全く連携がとれていない。高市さんは、一匹オオカミで何でも自分一人でやってきたからチームプレーができない。努力家で勉強熱心なのは認めるが、首相ともなれば全て自分で考えていては身が持たない。しかし、信頼できる側近や官僚もいないのか、いつも公邸に引きこもっていますよね。執行部の議員たちも、これでは首相のために全力で頑張ろうという気にはならないと言っています」
高市首相を支える立場の議員からも、先行きを心配する声が出始めた。
「高市さんはフレンドリーな方じゃないから。我々は、憲法改正や積極財政など安倍晋三さんの遺志を引き継ぐために集まっているのであって、高市さん個人を命懸けで支えようという者は少ないんです。耳の痛い話を入れる人間もいないので、『こんなに数があるのに、どうして言うとおりにできないの』と苛立っていますが、周りが見えていないのは高市さんの方なんです」
■女性天皇「賛成8割」でも男系男子を優先
そんな状態で突き進んだ皇室典範の改正問題が世論の支持を得られないのは明らかだ。「立法府の総意」にこだわりながら、審議の時間は衆参合わせてもたったの6時間半。
しかも、ほとんどの答弁は木原稔官房長官に任せきりで、高市首相はまるで関心がないかのような態度だった。この問題に熱心だった麻生太郎副総裁の顔を立てさえすれば良い、ということだったのだろうか。
「戦後の皇室は、国民の支持に支えられて来ました。だから天皇陛下も『国民の理解が十分得られることを望む』とあえて発言されたのです。政府が決めたことなので粛々と進めるしかありませんが、女性天皇を認めるかどうかという本質的な問題を先送りして、国民に理解されていない方策を準備しろと言われても、戸惑いの方が大きいのです」
宮内庁幹部は、困惑の色を隠さず、そう話した。
高市首相としては岩盤保守層が望む「男系男子による皇位継承」を実現したのだから、その支持は固いと期待していたのだろうが、ネット世論も含めて世間の支持は広がっていない。それどころか、男系男子養子案を強く推してきた産経新聞とFNNの合同調査でさえ、女性天皇に賛成する声が8割近くに上っている。
高市政権を支持してきた「氷河期世代」や「Z世代」は、ジェンダー平等や人権尊重を当然だと意識する世代でもあると言われている。男女平等など当たり前のことなのだ。「2600年続く皇統」だとか「Y染色体の継承」だとか言われてもピンと来ないのも無理はない。
国民世論の支持が高い女性天皇論に強引に蓋をして、古色蒼然たる「男系男子養子案」を推し進めてきたこと、それ自体が世論の反撥を招いている。8月に入ってからもJNN59.2%(-6.7)・NHK54%(-5)と内閣支持率は下落し続けている。

■消費税減税で「トランプとの蜜月」に異変
消費税減税もやっかいなことになってきた。
いま最も深刻なのは、石油やナフサの価格上昇をはじめとする物価高騰であり、歴史的な円安がそれに拍車をかけていることだ。しかし、高市首相は円安是正に慎重で、日銀にも利上げしないよう圧力をかけ続けてきた。
アメリカのベッセント財務長官が、異例の日米協調介入に踏み切ったことが話題になったが、高市首相の思惑と、日米の財政当局の意向にズレが生じ始めている。それだけではない。アメリカ政府は消費減税にも否定的な見方を示している。高市首相にとって蜜月のはずの日米関係が次第に微妙なものになりつつあるのだ。
高市首相が8月15日に靖国神社参拝を見送ったのも、米政府の意向に配慮したものだという見方が与党内では有力だ。秋の中間選挙を前にトランプ政権は中国との関係を悪化させたくない。首相が靖国神社を参拝すれば、日中関係が緊張するだけでなく、日韓関係にも悪影響を与える。
官邸は事前に米側と調整できないか模索したが結局できなかったというのである。
トランプ大統領もアメリカ国内の自分のファンを失望させるわけにはいかない。人気に支えられた指導者の弱点なのである。
■“寝ずに働く”自己アピールが空回り
それでも人気にすがる以外に方策はないのだろうか。
「0~3時間睡眠で頑張っている」と投稿したり、熊本地震での視察の様子をBGM付きの動画にしてみたり。首相が一方的にしゃべるばかりで記者の質問もロクにない「会見」を開いたかと思うと、個人のXで事務方の説明のような長い長い文章の謎の投稿をしてみたり。……相変わらず自己アピールに余念がない高市氏だが、上滑り感は拭いようもない。
かつての小泉純一郎政権や安倍晋三政権も、大衆の人気を基盤にしたポピュリズム的な政治手法だと批判されたが、一方で、側近やブレーンを使って、現実的で柔軟な判断で政策を実行して長期政権を実現した。減税であっても消費税の扱いは政権にとって「鬼門」であることには変わりない。ネットを中心とする「世論」に頼るだけでは、この難所を越えることは難しい。
SNS世代に担がれた高市政権という神輿だが、その担ぎ手たちは、統制がとれず、付いては離れる危なっかしい状況で、むしろ神輿の方が、担ぎ手に振り回され始めている。そんな不安定な状態で、世界的な経済危機を乗り切れるのだろうか。
この夏は高市政権にとって、本当の正念場になりそうだ。

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城本 勝(しろもと・まさる)

ジャーナリスト、元NHK解説委員

1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。

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(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)
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