記念すべき連載第50回。今回はいつもと違う雰囲気で始まります。
母方の親戚に、僕より4つ年上のたかしくんといういとこがいる。たかしくんは3人兄弟で、妹で僕と同い年のゆきちゃん、その3つ下に弟のゆうくんがいて、子どものころはみんなでよく遊んだ。
当時たかしくん一家が住んでいたのは、僕の実家のある西武池袋線大泉学園のお隣、石神井公園。けれども、家に遊びに行くときは決まって、父親の運転で車で連れていってもらっていたので、まだ幼かった僕にとってはご近所という感じではなく、自分の街とはどこか別のものすごく楽しい場所というイメージだった。大人になって家を出た僕が今、石神井公園に住んでいるのは、その楽園感がいまだに忘れられないからという点が大きい。
ひとりっ子だった僕にとって、たかしくんはかっこいいお兄ちゃん的な存在だった。自分にはちょっと大人っぽい洋服のお下がりをもらったり、いろいろと知らないカルチャーについても教えてもらった。ザ・ブルーハーツやチェッカーズといった流行の音楽はもちろん、筋肉少女帯やたまなど、ナゴム系のレコードをたくさん持っていたことも、その後サブカル街道を進むことになった僕に多大な影響を与えていることは間違いない。
冬はスキーに、夏は海水浴にと、旅行にもたくさん一緒に行った。古くはもう40年以上も前のことだけど、いくつかのシーンは強烈に記憶に残っていて、僕にとってのキラキラとした宝物だ。
ところが祖父母が亡くなり、親戚が集まる機会が減ってゆくと、たかしくん一家とは自然に疎遠になってしまった。20年前に僕の父が亡くなり、そのときにかなり久しぶりに会えたのが最後のことで、もしかしたらもう、たかしくんたちと遊ぶことはないのかなと思ったりもしていた。
急展開があったのは1年ほど前のこと。たかしくんの現在についての噂は母親からほんのりと聞いていた。若かりしころ、今も石神井にある町中華「中華風ファミリーレストラン太陽」でアルバイトをしていたたかしくんは、そのラーメンと餃子の美味しさに感動し、料理人の道へと進んだそうだ。そして現在は、東武東上線のどこかの駅で、自分の居酒屋を経営しているらしい。気にはなっていたものの、それ以上の情報はなかった。
そこである日、僕は初めて太陽に行ってみた。家族経営の温かい店で、魚介だしベースのものすごく上品なラーメンが、確かに驚くほどうまい。帰り際、勇気を出して店主さんに聞いてみた。
「この店でだいぶ昔、たかしくんっていういとこがアルバイトしてたらしいんですけど」
すると店員さんたちはいっせいに笑顔になり、口々に「いたよ!」「今は確か、下赤塚でお店をやってるんだよね」と教えてくれた。その表情を見ただけで、たかしくんがみんなから愛されていたことが伝わってきて、なんだか嬉しかった。
それからしばらくして、なんとFacebook経由でたかしくんからメッセージが届いた。というのもその後、僕は太陽に通うようになり、取材などでも何度かお世話になって、パリッコという名前を認識してもらっていたのだった。で、たかしくんが久しぶりに太陽を訪れた際、そのことが伝わって、僕のことを見つけてくれたという経緯だ。
店名が「串揚げ れん」だということもわかり、「こんど行くね!」と返事したものの、それからしばらく時間が空いてしまった。だって、いつがその“こんど”なのかがわからない。ひとりでどんなテンションで行っていいかもわからない。
きっかけは、古くからの飲み友達の漫画家、清野とおるさんからの「パリッコさん、こんど東武東上線あたりで飲みません?」というお誘いだった。清野さんのこういうエリア選びは、特に深い意味がないことが多い。なんとなくそんな気分だから、というだけのことで、そうしてふたりで知らない街をあてもなく徘徊し、飲み歩くのがいつもの遊びかただ。そこで僕は思いついた。たかしくんとの再会の場に、清野さんに立ち会ってもらおう、と。まずは串揚げれんで一杯やって、それから未知の街、下赤塚を飲み歩く。
夕方、下赤塚駅北口で清野さんと待ち合わせる。東武東上線沿線の駅はどこも個性的な雰囲気があり、ここものんびりとした生活感にあふれていて良い街だ。
ふたりで駅から5分ほどの道のりを歩いていると、突然ほんのりとした緊張を感じだす。そもそも20年も会っていない僕のことに、たかしくんはすぐ気づくだろうか? 久々の再会の第一声にどんな言葉を選んだらいいのだろうか? 感動的な涙の再会になるのか? それともなんだか距離感が生まれていて、微妙な空気になってしまうのか? なんだか無粋な気がして、事前に連絡や予約をしなかったことを少し後悔した。
やがて店の前に着き、たかしくんの風貌の特徴を伝えた清野さんに店内を確認してもらうと、カウンターのなかにそれらしき人がいるとのこと。僕は意を決し、ゆっくりと引き戸を開けた。
「こんにちは」
すぐに目があった。するとたかしくんはにやりと笑って、また手元に視線を落としながら言った。
「やっと来たか」
その顔はまるで、子どものころに遊ぶ約束をしていて、僕が待ち合わせ場所に到着したときのまんまだ。時間は一瞬で圧縮され、そこにいたのはまぎれもなく、あのたかしくんだった。
串揚げれんは、数席のL字カウンターのなかに厨房、4人がけのテーブル席が3つという小さな店だった。看板には串揚げの他に「塩もつ煮」の文字があり、それが二大名物。ただ、他にも日替わりを含めた手書きメニューが膨大にある。アルバイトの女性がひとりいるが、料理を作るのは基本たかしくん。それだけでかなりの達人であることがわかる。
その日は清野さんにも聞いてもらいながら、積もる話をたくさんさせてもらった。たかしくんは太陽のアルバイトを辞めたあと、一度は運送業に就いたが、やはり料理の道をあきらめられず、いくつかの店で10年ほど修行をしたあと、この店をオープンさせたのだそう。店にはいとこのゆきちゃんやゆうくんもたまにやって来るそうで、こんど久しぶりにここで集まろうという話もできた。そこに清野さんにも来てもらう流れになったのには笑ったし、実際どうなるかが楽しみだ。
お世辞抜きに料理がどれも美味しく、居心地が良く、その日はけっきょく3時間くらい飲んで、れん1軒で終わってしまった。清野さんと飲んで街探検やハシゴ酒をしなかったことなんて、初めてのことじゃないだろうか。帰り道に、清野さんに、なんだか個人的な話に付き合ってもらってすみませんでしたと伝えると、「いやいや、最高の店でしたよ。
さて、ここまで思い出話ばかりをしてしまったので、先日また別の友人たちと飲みに行った日のことを書いておこう。
開店の午後5時に店を訪れる。入り口の扉は空いていて、そこに開閉式の網戸が取り付けてあり、奥の窓へと吹き抜ける初夏の風が心地いい。そんなシチュエーションで飲む「生ビール」(税込550円)は最高に決まっているが、厨房にたかしくんがいるという不思議さには、まだちょっとだけ慣れない。
料理メニューが膨大すぎるが、見上げた場所にあった2枚の日替わりホワイトボードの内容を列挙するだけで、酒場好きな方には良さが伝わると思う。「あさりと野菜のセイロ蒸し」「イカと木の子のホイル焼き」「エビとアボカドのタルタルピザ」「レバーの甘辛炒め」「ナポリタンうどん」「チーズ詰め合わせ」「エビチリ or エビマヨ」「にんにくの芽と青唐豚炒め」「アメリカンドック」「春菊の天ぷら」「マグロの竜田揚げ」「泥らっきょう豚味噌炒め」「冷しとまと」「揚げパスタ」「にんにく丸揚げ」「砂肝ポン酢」。あらためて見ると、幅広さと酒飲みのツボを心得た感が半端じゃない。
僕が決まって頼むのが「みょうがの浅漬け」(380円)で、少し濃いめの塩気とみょうがの香りがどんな酒にも合う。今日もこれでスタートしよう。
串揚げのバリエーションも多く、数えてみたら31種類もある。人気第1位は「ヤングコーン」(130円)で、ひとりで10本も食べてしまう常連さんもいるらしい。
酒を早々に「ホッピーセット 白」(520円)に切り替え、串揚げを二度漬け禁止のソースにどぼんと浸し、いざ食らいつく。衣がきめ細かく、食感がどこまでも軽いのがれんの串揚げの特徴で、ヤングコーンの香ばしい甘さや、細切りを丸く成形した紅しょうがの不思議な優しさが、湯気とともにさくほわっと口のなかに広がる。とろかつを初めて食べたときは驚いた。大ぶりの豚肉を一度圧力鍋で柔らかく下ごしらえし、それを揚げたものだそう。さくさくの衣ととろける豚肉の食感がたまらないし、膨大にある料理のなかの、さらにたくさんある串揚げのなかの、たった1種類にそこまでの手間をかけていることがすごい。
「塩もつ煮」(580円)は、牛もつ、牛すじ、豚なんこつなどをあっさりと塩味で煮こみ、ほんのりゆずが利かせてある爽やかな逸品。コリコリとろとろの食感と、シンプルながら深い味わいがたまらない。合わせて「ゆずコショーバケット」(180円)を頼み、この汁に浸して食べるのも忘れてはならない。
この日、迷いに迷ってボードメニューから選んでみたのは「泥らっきょう豚味噌炒め」(630円)。漬けたものではなく、泥つきで売っている生のらっきょうを細切りにし、たっぷりの豚肉とともにみそ炒めにした料理で、しゃきしゃき感が酒を呼ぶし、ごはんにも合いそうだ。
ごはんといえば、お腹を空かせつつあとから合流した若い友達が「カツカレー」(880円)を頼んだので味見をさせてもらったところ、ごろごろと入ったカツがまず絶品なのだから、当然うまい。盛りも豪快でお得すぎる一品だった。ちなみに食事系メニューも「チキンカツサンド」「ハンバーガーポテトつき」「なっとくごはん」「パスタもできるかも!!」など、充実している。
まだ数度訪れただけだけど、店は夜7時にもなればいつでも常連さんたちで超満員。だけど僕らのような新規客にも親切で、誰かが「席空いてますか?」とやってくれば「そこ詰めればひとり入れるよ!」などと連携が始まる。なかには店に入るでもなく入り口から顔を覗かせ、「カップ麺にお湯入れてくれない?」なんていう信じがたい人(きっとふだんは常連さんなのだろう)を見たこともあるが、ものすごく忙しいにもかかわらずたかしくんは「沸かすの待っててくれればやるよ」と対応していた。
そんな心地よい喧騒のなかにいる全員がまるで家族のようで、「たかしくん、さっきの注文覚えてる?」「今やってるよ!」なんて、笑顔でかわされている会話を聞いていたら、ふと気づいた。そうか、たかしくんは今もあのころと変わらず、みんなのお兄ちゃんなんだ、と。
僕はまだこの店では新参者だけど、みんなは知らないだろう。たかしくんをお兄ちゃんと慕ってきた歴は、このなかできっと誰よりも、僕がいちばん長いということを。そんな誇らしさを肴にぐいっとやるホッピーが、なんともうまい。
* * *
『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第51回は2026年7月2日(木)17時公開予定です。
Credit: 文・イラスト=パリッコ
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