「行って馳せる」読書的散歩術シリーズ、『三島由紀夫 街歩き手帖』につづく第二弾は、昭和を代表するミステリ作家・松本清張を歩きます。ノンフィクション作家としても名を馳せた松本清張の歴史への想像力と、全国各地に残る清張の膨大な作品の痕跡を追体験する一冊です。
OHTABOOKSTANDでは、2026年7月15日刊行『松本清張 推理旅の手帖』から、冒頭の「ご案内(まえがき)」と東京編の一部を掲載いたします。
ご案内(まえがき)
松本清張の作品舞台をたどる旅に出ましょう。そこには読書をした記憶とともに、作家がみた風景に出会うよろこびがある。食の愉しみも、待っていることだろう。
「文学には住所がある」というのが、このシリーズに編集者からいただいたキャッチです。松本清張は旅が好きで、全国を縦横無尽にえがいた。トリックやアリバイを、時刻表や交通事情をもとにつくるのが作家の身上でした。日本じゅうを駆けめぐる作品世界。本書のタイトルは、したがって「推理旅の手帖」となった。
仕事の時間を惜しんだ清張は、文壇の交際や飲み歩きをしない人だった。それでも往々にして、独りランチや一人旅をする人のほうが、飲食店や宿滞在に率直な感想を残しているものだ。その率直で気取らない仕草が、店の人々や宿のスタッフの印象にのこる、清張はそんなタイプの作家だった。
作家から見た店や宿の印象もまた、作品のなかに滲むようにのこっている。
同書 第一章「東京編」より
カフェ・ド・ランブル
東京都中央区銀座8-10-15
コーヒー通がつどう、西銀座にある老舗珈琲店である。
松本清張は自宅でも出先でも、よく珈琲を飲んだ。この店には、松本清張の他にも、永井荷風や十七代中村勘三郎も訪れていた。お酒を飲まない松本は大の甘党だった。コーヒーにも砂糖をスプーン三杯もいれていたという。
創業者の関口一郎は戦後、映画の機材を扱う会社を経営していたが、その頃から応接室でコーヒーを出していた。会社をたたんだ残務処理をしていたところ、かれのコーヒーのファンだった人たちから「銀座でも美味しいコーヒーを飲ませてくれる店がほとんどないので、君が長年研究してきたコーヒーを店で出したら、われわれが客を連れてくる」との提案があり、一杯百円でスタートしたという。美味いコーヒーが魅了する文化、粋人たちの気風がのこる店だ。
※コーヒー豆の販売は、ブレンドが100g1,000円から。
同書 第一章「東京編」より
資生堂パーラー銀座本店
東京都中央区銀座8-8-3
『黒革の手帖』には、「……元子は銀座のS堂に行った。二階の喫茶部は広くて、化粧品のように灑落しゃれていて、舶来品のように高尚な雰ふん囲い気きだった」と描写されている。まだ「舶来品」が高尚に感じられていた時代である。
「客は上品な人が多かった。若い同伴者もきちんとした身なりで、静かな話しぶりだった。向う側には婦人四人が茶をのんでいる。富裕な家庭の奥さんといったところだ」
午後が深まる銀座の、ショッピングあとのティータイムのひととき。ここが銀座の昼の顔である。やがて宵闇とともにネオンの看板が灯り、銀座はカネと欲望をベースにした、夜の大人たちの時間へと変わる。元子はこの店で架空名義の裏金をネタに、楢林謙治から百万円の束五十個を奪うのだ。
この店を使うのは、お洒落な婦人やホステスばかりではない。『砂の器』の今西栄太郎刑事が俳優の宮田邦郎と待ち合わせたのも「銀座のS堂」である。しかし宮田は現れず、世田谷区の路上で殺されてしまう──。
※3階のサロン・ド・カフェは、エスプレッソが1,100円(税込)、オリジナルブレンドコーヒーが1,300円(税込)、自家製ケーキセットが2,000円(税込)。
同書 第一章「東京編」より
コロンバン
東京都中央区銀座8-17-5
昭和二九年二月十七日に、和光社の編集長らと著書の出版の打ち合わせで会合。清張四十五歳のとき、打ち合わせの内容は処女短編集『西郷札』である。
洋菓子がお好きな向きにはご存じの、デパートやスーパーでも販売されているクッキーやショートケーキの製菓会社の店舗である。本社は渋谷区神宮前、本店が銀座店ということになる。宮内省大膳寮員の門倉国輝が渡仏後、日本初のフランス菓子店として大森で創業した。まもなくショートケーキが考案された。銀座店の開店は昭和六年、六丁目にオープンテラス喫茶の草分け、テラスコロンバンとして出店された。現在は東京駅地下一階のグランスタ、コロンバン原宿サロン、京王新宿サロンほかで販売。
同書 第一章「東京編」より
『黒革の手帖』のロケ地
夜の銀座の人気小説にして、何度もテレビドラマとなった『黒革の手帖』の舞台は、どこだったのだろうか。お酒が飲めなかった清張も、銀座のクラブやバーには取材をかねて通っていたようだ。「おそめ」から分立した「眉」、「ラモール」、「花ねずみ」といった店があげられる(「週刊松本清張」第4号 ディアゴスティーニ・ジャパン)。
昭和三九年には、銀座のマダムたちが清張のためにパーティーをひらいて、感謝状を贈っている。ここではテレビドラマとなった『黒革の手帖』のロケ地を紹介しておこう。
武井咲主演の最新版(二〇一七・二〇二一年)では、作中のロダン(燭台のバリエーション)が六本木ミトス(六本木3丁目)、カルネの入口(外観ロケ地)がコルティーレ銀座Ⅳビル(銀座8丁目)である。米倉涼子がヒロインを演じた二〇〇五年版のロダンは、恵比寿ロビンズクラブ(閉店)、カルネの入り口はウォータータワービル(銀座8丁目)だった。
同書 第一章「東京編」より
八二三号室は、どこにあったのか?
作品(『けものみち』)にもどろう。ヒロインの民子はニュー・ローヤル・ホテルの八二三号室に何かあるのではないかと、嗅覚を研ぎすます。どうやら政財界の要人たちが、この部屋に愛人を呼び寄せているらしい。あるいは小滝の愛人がいるのか──。
緊張した民子がドアを開けてみると、そこにあるのは頸にストッキングを巻きつけられた女の死体だった。物語はここから、生々しく展開する。
小滝が支配人をつとめるニュー・ローヤル・ホテルは、ホテルニュージャパン(永田町・一九八二年に火災焼失)ではないかと推測されている(「週刊松本清張」第7号 ディアゴスティーニ・ジャパン)。赤坂のNホテル・都心のNホテルという仮名は、『溺れ谷』や『風の視線』にも登場する。おそらくニュージャパンを頭に浮かべての仮名であろう。コスタリカというレストランがある『黒革の手帖』のRホテルも、ホテルニュージャパンをイメージしたものではないか。
そのホテルニュージャパンは、二・二六事件の舞台になった日本料亭幸楽の跡地である。
のちに横井英樹(東洋郵船)が買収し、ホテルの経営をひきついだ。ホテルの経歴だけでも、いかにも政財界の闇に近い、うさん臭い雰囲気が感じられるではないか。それにやあらむ。ホテルは未曽有の大火災に見舞われる(八二年)。この火災はスプリンクラーの不備や疲弊した従業員の対応不全で、死者三十三人を出す大惨事となった。おなじく政財界御用達のホテルオークラやキャピトル東急(旧東京ヒルトン)などと比べると、その末期も生臭い感じがあり、災禍に遭った方々には痛ましいかぎりだ。合掌──。
火災後は千代田生命保険が敷地を保有していたが、同社の経営破綻をうけてプルデンシャル生命が買い取り、現在はプルデンシャルタワー(地上三十八階・地下三階)となっている。
一階のエントランスホールにはスタバやコンビニ、飲食店など気軽に入れるスペースもあるので、この地がたどった激動の歴史、二・二六事件や政財界の暗闘に想いを馳せながら、鎮魂と懐旧のひとときを過ごしてはいかがだろう。
書誌情報
『松本清張 推理旅の手帖』
著=横山茂彦
価格:2400円+税
仕様:四六判/272ページ
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書籍情報(太田出版Web)AmazonCredit: 文=横山茂彦
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