■ピーク時は約2000店…サラリーマンの晩酌を象徴する“大衆酒”
1946年、“うまい、やすい”をキャッチコピーに誕生した『トリス』は、終戦直後の混乱期であった当時、「安価でも品質の良いウイスキーを大衆に」という願いから生まれた。
「終戦直後で日本全体が失意の中にあり、いろんなものが足りていなかった時代に、安価ながらに品質のしっかりしたものをお客様に飲んでほしいという思いから生まれたのがこのトリスというブランドです。ウイスキーがそれまで上層階級の方々の飲み物だったところを、この時代だからこそ大衆の皆様のものにという思いで生まれたブランドです」(サントリー株式会社マーケティング本部 ウイスキー部の堀田和里さん/取材当時の担当者・9月より担当変更)
1950年代には、東京・大阪を中心にトリスバーが続々と誕生し、その数はピーク時で約2000店にも上った。「サラリーマンの方々が猛烈に働いていた時代に、お仕事で疲れた心と身体を潤す場所としてトリスバーが存在した」という。そしてブランドを象徴する存在“アンクルトリス”が誕生したのが、1958年。35~40歳の独身サラリーマンをモデルに、親しみやすいキャラクターとして描かれたという。
「『人間』らしくやりたいナ」という名言は、今なお印象的だろう。「効率化がどんどん進んでいく時代へのアンチテーゼとして、『人間らしくやりたいナ、人間なんだからナ』、というコピーとこのキャラクターがほぼ同時期に生まれてきました」と堀田さんは説明する。
一方で、親しみやすさとは裏腹に、「『角』の代替としてトリスで我慢するか」「いい歳してトリスを飲むのは少し恥ずかしい」と一部のお客様調査では馬鹿にされることもあった。
「50代くらいの方に調査をすると、周りにトリスを飲んでいると話すと『トリスなんて飲んでるのか』と言われることがあるそうなんです。それでも『いやいや、なめるな、トリスうまいんだぞ。飲んでみてくれよ』と言って、逆に周りにおすすめしてくださる方もいらっしゃるんです(笑)」
キャラクターを含め、“大衆の味方”として定着したトリスは、いい意味でも、悪い意味でも、「安価」であることがお酒のイメージに作用してきた。裏を返せば、大衆向けの親しみやすいウイスキーだからこそ、他のブランドではなかなか踏み込めない大胆な打ち手も許されてきた側面がある。代表的なものとしては、海外渡航が一般的ではなかった時代に「トリスを飲んでハワイへ行こう」と銘打ち、トリス1本に、2枚の抽選券が付いてきて、1等は当時の金額で39万6455円のハワイ旅行積立預金証書が100名にあたるという大特価キャンペーンを実施した。「そういう面白い広告やプロモーションが許されていたのも、トリスだからこそだったのかなと思っています」。
■若年層・女性への波及のきっかけは『ハイボール』ブーム
順調のように思えたウイスキー市場に暗雲が垂れ込めたのは、1980年代のこと。1983年をピークに急激に縮小し、2007年には販売量ベースで6分の1まで落ち込んだそう。その原因として挙げられたのが、“若者のウイスキー離れ”だった。他のアルコール飲料に比べたときの価格の高さや、中高年がグラスを片手に飲む古臭いイメージが、若者を遠ざけたという。また、これと同時に叫ばれていたのが、ビール離れである。
2008年に「角ハイボール」マーケティングを仕掛けたサントリーは「閉塞感が広がる日本社会において、現代の若者は昔の元気だった時代にある種の憧れを持っている。そこにハイボールが登場し、若者の嗜好をとらえた」と見ている。同時期に、「角ハイボール」復活プロジェクトを始動し、その後トリスハイボールの提案も行われた。「角はもともとしっとりとした癒し感を持つブランドで、ターゲットも30代の働く男性に置いていました。トリスは明るく陽気に、気軽に若い方にも女性にもアプローチしたことが、角とは違うお客様の拡大につながったのではないかと思います」と堀田さんは分析する。
こうした流れが、2010年代のハイボールブームでの再拡大にもつながっていく。さらに、糖質制限・低糖質ブームの本格化や、ものまねとして「ハイボール飲んでウィー!」などと、いまだに再現されるほど強烈な印象を残した吉高由里子のCMも後押しし、ハイボール人気を下支えする形に。徐々にトリスハイボールは、角ハイボールとの差別化が明確になり、明るく陽気な訴求で若年層・女性にも親しまれるようになった。
■「昔ながら」と「ニューレトロな新鮮さ」の二極化
時代をたどると、トリスを飲むターゲット層が広がってきたことが見えてくる。しかし、長く愛されたブランドだからこそ、過去のイメージとの向き合い方が課題になることもある。
「新橋のトリスバーには昔のノベルティやグッズを置いているのですが、若い方がそれをおしゃれだと感じてインスタに投稿してくださったり、『この看板をカプセルトイにしてほしい』といった声をいただくこともあります。ある意味新しく見えると言ってくださるお客さんもいるんです」
ハイボールブームを経て、若年層・女性にもトリスが普及しつつある今、古めかしさの払拭に向けたさらなる取り組みが、「くだものトリス」シリーズだ。SNSを活用した投票をフレーバー決定の参考にするなど、現代のニーズに合わせた展開をしている。
「フレーバー選定のポイントとしては、トリスウイスキーとマッチするかどうか、味わいのバランスをすごく大事にしています。開発にあたっては、中味チームとともにフルーツカクテルを提供する専門バーに足を運び、実際に果物を持ち込んで議論を重ねました」
実際、普段はハイボールをあまり手に取らず、チューハイなどを主に飲んでいた層からの支持が広がっているのも、「くだものトリス」の特徴だ。
「果物のしっかりとした美味しさと、トリス本来のまろやかでやさしい余韻とのバランスを追い求めたことで、チューハイを飲まれる方にとっても、果物の味わいが安心感につながっているようです。実際、過去に発売した限定品よりも多くのユーザーを獲得できています。こういった新しい飲用シーンの広がり方も、チャンスとして認識しています」
■「“飲み飽きしないやわらかさ”という強みが、今の時代にもフィットしている」
昨年、トリスは過去最高の売上を記録したという。ウイスキーの重厚な味わいをじっくり楽しみたい層には角やシングルモルトを勧める一方、トリスが担ってきたのは「気軽にウイスキーを飲みたい」という層への入り口だ。
「もともとトリスがやさしく甘い香りと丸みのある味わいは、ウイスキーの味にまだ慣れていない若い世代の飲用者にとって入り口になっている一方、“角より少しやさしいものが恋しくなった”という年配のファンも少なくないんです。『トリスハイボール』や『くだものトリス』をはじめ、ウイスキーそのものにまだ慣れていない人が「自分でもウイスキーが飲めるんだな」と思えるきっかけになればうれしいです。トリスが元来もっている“やさしく甘い香りと、丸みのあるなめらかさ”という強みが、今の時代にもフィットしているのだと思います」
誕生から80年、「いつまでも皆さんの味方であるブランドでありたい」と堀田さん。「時代はどんどん変化していくので、その変化をしっかりと捉えながら、その時々の大衆の皆さんを見つめて、味方だなと思ってもらえるようなご提案をし続けていきたいと思っています」。“大衆のためのウイスキー”として生まれたトリスは、時代の価値観が変化するたびに、その姿を少しずつ変えながら存続してきた。洋酒が高嶺の花だった時代も、国産にプレミアがつく今も、変わらず大衆に寄り添い続けてきたその一貫性こそが、80年という歳月を支えてきたのだろう。“おじさんの酒”という呼び名の奥には、時代ごとに違う誰かの“味方”であり続けてきた歴史が積み重なっている。次の80年、トリスがどんな人の隣にいるのか、見届けたい。
文/黒川すい

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